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「そこの旦那、寄ってかない?」「いい子いますよー」「絶対損はさせませんから!」
平民街の場末で次々と声がかかる、集る虫を掃うように男は避けて歩く。
大通りから逸れて辿り着いたのは薄汚い平屋アパートだった。
目深に被った帽子を脱ぐと精悍な顔が現れた。
男は髪を少し撫でつけると意を決して、いくつか並ぶドアの一つを叩いた。
くぐもった声が奥から聞こえた、”勝手に入れ”と聞こえたのでその通りにした。
玄関からすぐに小さな居室だ、いかにも安部屋という感じた。
その壁際に薄汚れた何かが蠢いた。
「些か不用心じゃないか」
「へ、誰が来たって盗られるもんわねぇからな」
ガラの悪い返答をする男には、かつての貴族子息の面影はない。
数歩ほど彼に近づくと空の酒瓶が靴先に当たる。
「それ以上は来るな、その辺に昨夜零したスープがある高価な靴が汚れるぞ」
「……キミって人は、まぁ良い本題に入るこれを返しに来た」
訪問者は一通の分厚い手紙を男の方へ投げた。
それを一瞥した家の主は、「開けてすらいないのか」と苦悶の表情になった。
「懲りないなグラン、私の妻へラブレターを寄越すとはな、自殺願望でもあるのか?」
「……ふん、どうとでも、不摂生のせいで内臓はボロボロだ、ほっといても朽ちるぜ」
「そうか、ならば愛刀に血を吸わせるのは無駄だな」
「ケッ!」
薄暗がりで分かりにくいが、土気色の身体は彼に死期が近いことが窺えた。
まだ40手前というのに、窪んだ眼とこけた頬のせいで老人のようだった。
「未練がましいと笑い飛ばせよ、へへ……惨めなもんさ。若くて元気な日々を牢獄で過ごした果てがこれさ」
ほぼ皮だけの細い腕を伸ばして客人に見せつけた、自虐的な彼には生きる光はない。
「自業自得だろう、私に恨みをぶつけるのは構わんが我が妻に向けるならば容赦しない。簡単には地獄に行かせないからなジワジワと1ミリづつ肉を削ぎ落して殺してやる」
ナリレットの夫、アリスターは射殺さんばかりにグランを睨んだ。
グランは濁った目でそれを見返す、抵抗する気概はない。
「最後の忠告だ、私達に関わるな平民グラン」
「……」
アリスターが去って再び音を失った部屋はさらに陰鬱さが増した。
グランは這うようにして酒は残っていないかと転がる酒瓶を探した、僅かに残った酒をみつけると一気に飲み干す。
「ゲフッ……ナーナきっと美しい女性になったのだろうな。子供はいるのだろうか……」
成長した彼女をグランは想像してみたが、瞼の裏に浮かぶのは10代の顔ばかりだ。
先日、出獄したばかりのグランはナリレットへ手紙をしたためた。
なんでもいいから繋がりが欲しかった、たとえ叶わなくても自分の存在を忘れぬようにと。
喉を通った安い酒は爛れた内腑に染みて、熱く焦がしていった。
平民街の場末で次々と声がかかる、集る虫を掃うように男は避けて歩く。
大通りから逸れて辿り着いたのは薄汚い平屋アパートだった。
目深に被った帽子を脱ぐと精悍な顔が現れた。
男は髪を少し撫でつけると意を決して、いくつか並ぶドアの一つを叩いた。
くぐもった声が奥から聞こえた、”勝手に入れ”と聞こえたのでその通りにした。
玄関からすぐに小さな居室だ、いかにも安部屋という感じた。
その壁際に薄汚れた何かが蠢いた。
「些か不用心じゃないか」
「へ、誰が来たって盗られるもんわねぇからな」
ガラの悪い返答をする男には、かつての貴族子息の面影はない。
数歩ほど彼に近づくと空の酒瓶が靴先に当たる。
「それ以上は来るな、その辺に昨夜零したスープがある高価な靴が汚れるぞ」
「……キミって人は、まぁ良い本題に入るこれを返しに来た」
訪問者は一通の分厚い手紙を男の方へ投げた。
それを一瞥した家の主は、「開けてすらいないのか」と苦悶の表情になった。
「懲りないなグラン、私の妻へラブレターを寄越すとはな、自殺願望でもあるのか?」
「……ふん、どうとでも、不摂生のせいで内臓はボロボロだ、ほっといても朽ちるぜ」
「そうか、ならば愛刀に血を吸わせるのは無駄だな」
「ケッ!」
薄暗がりで分かりにくいが、土気色の身体は彼に死期が近いことが窺えた。
まだ40手前というのに、窪んだ眼とこけた頬のせいで老人のようだった。
「未練がましいと笑い飛ばせよ、へへ……惨めなもんさ。若くて元気な日々を牢獄で過ごした果てがこれさ」
ほぼ皮だけの細い腕を伸ばして客人に見せつけた、自虐的な彼には生きる光はない。
「自業自得だろう、私に恨みをぶつけるのは構わんが我が妻に向けるならば容赦しない。簡単には地獄に行かせないからなジワジワと1ミリづつ肉を削ぎ落して殺してやる」
ナリレットの夫、アリスターは射殺さんばかりにグランを睨んだ。
グランは濁った目でそれを見返す、抵抗する気概はない。
「最後の忠告だ、私達に関わるな平民グラン」
「……」
アリスターが去って再び音を失った部屋はさらに陰鬱さが増した。
グランは這うようにして酒は残っていないかと転がる酒瓶を探した、僅かに残った酒をみつけると一気に飲み干す。
「ゲフッ……ナーナきっと美しい女性になったのだろうな。子供はいるのだろうか……」
成長した彼女をグランは想像してみたが、瞼の裏に浮かぶのは10代の顔ばかりだ。
先日、出獄したばかりのグランはナリレットへ手紙をしたためた。
なんでもいいから繋がりが欲しかった、たとえ叶わなくても自分の存在を忘れぬようにと。
喉を通った安い酒は爛れた内腑に染みて、熱く焦がしていった。
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