拗れた恋の行方

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
6 / 15

6 アリーとナリー

しおりを挟む
とある教室でいつも空いている席を訝しむ声があがった。
主不在のその席、グランのものである。

一度も開かれた事のない教科書が、堅い四角のまま放置されていた。

「入学式から来ていないということか?」
「病欠なんだろ、どうでもいいさ」

教室は壇上に向かってすり鉢状になっていて、黒板を見下ろすように長机が並んでいる。
教壇から見上げて3段目の左端がグランの席である。

誰かがそこを座ったことはもちろんない。
夏季休暇もすぐだというのに流石に変だと思い始めた者がいたのだ。

けれども、見た事のない級友のことなどすぐに忘れる。


「そんなことよりさ、夏の親睦パーティのパートナー探しはどうよ?」
「ぜーんぜん、食堂や合同教習で声をかけたけど相手にされない」

「やっぱな~下位貴族の次男以下は辛いぜぇ」
「あー……せめて長男に生まれたい人生だった」

婚約者のいない貴族令息たちは自分の売り込みに余念がない。
在学中に開かれる年四回の親睦会が将来に関わるので必死なのだ。

貴族令嬢と縁が無ければ卒業後は市井に下ることになる。
貴族籍は残っても平民と同等に落ちるのは辛いことだった。


***

焦るそんな令息たちを余所に、学食の一角でハートを撒き散らす二人がいた。

ナリレットとアリスターだ。

「きょうも可愛いねナリー、親睦会のドレスは贈らせてくれるかな?」
「もう、アリーはお世辞ばかり言って、でもドレスは嬉しいわ。私からはカフスボタンとタイピンを贈るわね」

「それはもちろん?」
「う、私の瞳の色……タンザナイトを贈るわ」

ナリレットは顔を真っ赤に染めてそう告げた。
熟れたトマトのようだとアリスターは思ったが、己自信も同じになっていると気が付いて噤む。


それから、互いをウットリと眺めるバカップル。当てられた周囲は「辛いものまで甘くなる」と冷やかしと愚痴を飛ばすのだった。


もちろん二人以外にも婚約者カップルはいたが、それほどという感じで同席している。
家同士の結びに仕方なくというのが大半なのだ。

中には姿絵しか知らないまま結婚する者もいるくらいだ。


「幸せのお裾分けしてくれる、おふたりさん」
ナリレットの級友が声をかけてきてウィンクする。

「カレン!私の横へきて」
「ふふ、ありがとう」


「はぁー羨ましい、私も身を焦がすような恋がしたいわ」
アツアツドロドロのドリアをグニグニと混ぜて「私にはご飯しか熱いのがないわ」と言う。

「カレンには素敵な婚約者がいるじゃない」
「ちーがーうー!そういうんじゃないの!まったくもぅ愛称まで似たベッタリさんは嫌だわ」

カレンはそう不満を漏らし、フゥフゥとスプーンに向かって息を吹く。

「もぐもぐ、例えばナリーは夜寝静まる瞬間に誰の顔を浮かべる?」
「え、そうね……?――」

再び顔を赤くしたナリレットは小さい声で”アリーの顔”とボソリと言った。
それを聞いたアリスターは嬉しそうに破顔する。


「嬉しいよナリー、私も同じさ!」
「ま、まぁアリーったら!恥ずかしいわ」

またもハートを撒き散らし出したバカップルに「胸焼けが酷いわ」と言ってカレンは水をがぶ飲みする。
幸せのお裾分けは失敗したようだ。


「友人が幸せで良かった!でも気を付けなさい、アンタ達は目立ってるから」
「え?どういう意味?」

食べかけのサラダを置いてナリレットが怪訝な顔をした。
「人の僻みは怖いわよ、特に貴族社会わね。知ってるでしょ?」
「え、えぇ」


急に青褪めたナリレットにアリスターが肩を抱いて言う。
「私がキミを護る、護ってみせるさ!」
「ありがとう、アリー」

目の前でイチャつくふたりに苦笑いしつつ、カレンは咳払いして進言した。

「アリスター様、エント伯爵嬢には気を付けて」
「エント伯?……あぁ金物類を生業にしている家か」

何かを思い出しふと周囲を見まわしたアリスターは、一瞬目が合った人物に気が付いた。
緑がかった黒髪が怪しく揺れた。

「エント伯爵家、ブリトニー嬢」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。 婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。 5話で完結の短いお話です。 いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。 お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

歪んだ恋にさようなら

木蓮
恋愛
双子の姉妹のアリアとセレンと婚約者たちは仲の良い友人だった。しかし自分が信じる”恋人への愛”を叶えるために好き勝手に振るまうセレンにアリアは心がすり減っていく。そして、セレンがアリアの大切な物を奪っていった時、アリアはセレンが信じる愛を奪うことにした。 小説家になろう様にも投稿しています。

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

婚約破棄~さようなら、私の愛した旦那様~

星ふくろう
恋愛
 レオン・ウィンダミア子爵は若くして、友人であるイゼア・スローン卿と共に財産を築いた資産家だ。  そんな彼にまだ若い没落貴族、ギース侯爵令嬢マキナ嬢との婚約の話が持ち上がる。  しかし、新聞社を経営するイゼア・スローン卿はレオンに警告する。  彼女には秘密がある、気を付けろ、と。  小説家になろう、ノベリズムでも掲載しています。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

男爵令息と王子なら、どちらを選ぶ?

mios
恋愛
王家主催の夜会での王太子殿下の婚約破棄は、貴族だけでなく、平民からも注目を集めるものだった。 次期王妃と人気のあった公爵令嬢を差し置き、男爵令嬢がその地位に就くかもしれない。 周りは王太子殿下に次の相手と宣言された男爵令嬢が、本来の婚約者を選ぶか、王太子殿下の愛を受け入れるかに、興味津々だ。

あなたへの愛は枯れ果てました

しまうま弁当
恋愛
ルイホルム公爵家に嫁いだレイラは当初は幸せな結婚生活を夢見ていた。 だがレイラを待っていたのは理不尽な毎日だった。 結婚相手のルイホルム公爵であるユーゲルスは善良な人間などとはほど遠い性格で、事あるごとにレイラに魔道具で電撃を浴びせるようなひどい男であった。 次の日お茶会に参加したレイラは友人達からすぐにユーゲルスから逃げるように説得されたのだった。 ユーゲルスへの愛が枯れ果てている事に気がついたレイラはユーゲルスより逃げる事を決意した。 そしてレイラは置手紙を残しルイホルム公爵家から逃げたのだった。 次の日ルイホルム公爵邸ではレイラが屋敷から出ていった事で騒ぎとなっていた。 だが当のユーゲルスはレイラが自分の元から逃げ出した事を受け入れられるような素直な人間ではなかった。 彼はレイラが逃げ出した事を直視せずに、レイラが誘拐されたと騒ぎ出すのだった。

処理中です...