拗れた恋の行方

音爽(ネソウ)

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いつもは大人しい彼女が大きな声をあげて懇願する。
「返して!お願いそれは御婆様の形見なの!もし壊れてしまったら私……」


その困った様子を木の上に登ってヘラヘラと笑い、眺め下ろして楽しむのは隣の悪童だ。
男爵家次男のグランは初恋を拗らせている真っ最中である。


「欲しければ登ってこいよ、簡単なことだろうナーナ?」
「そ、そんなはしたないこと出来ないわ!お願い返して!私が何をしたというの?」

顔を真っ赤にして泣きじゃくる子爵令嬢ナリレットは、登りたくても出来ないと訴える。
ドレスでよじ登るなどあり得ない話だ。


「ほんとどん臭いヤツ!ビービーと泣いてるほうがはしたないだろう」
彼はそう言うと銀色の髪飾りを木の枝に隠して下りてきた。

「ひ、酷い!どうして!?」
「だから取って来いよ、馬鹿な女アッハッハ!」

グランは楽しそうに笑い、屋敷の中へ帰っていった。
泣いて縋れば返してやろうと思ってはいたが、それはたっぷりと楽しんでからだと意地悪く笑う。


泣きながら自宅に戻ったナリレットは家令に経緯を話す。
子細を聞いたスタンデ子爵は猛抗議したのは言うまでもない。

モーラ男爵がグランを伴って謝罪に訪れたが、戻って来た髪飾りは無惨に壊れていた。
枝に隠す際に無理矢理捩じ込んだせいだ。

「貴方なんて大嫌い!」
ナリレットは壊れた形見を抱きながら叫び、彼を許さなかった。


***

飴色の髪に青紫の瞳を持つナリレットはとても可憐な少女だ。
互いを認識したのは3歳の頃。


グランがナリレットを好きになるのに時間はかからなかった。
恋だと気が付いたのはナリレットの5歳の誕生会のことだった、招待されたその会は想像以上に賑わっていた。


いつも以上に着飾った彼女は天使のように輝いていた。
「なんて可愛いんだろう」

グランは頬が熱くなるのを自覚した、心臓がドキドキして彼女に触れたいと思った。
誰より先に「おめでとう」を伝えたかったが叶わなかった。


ナリレットの「ありがとう」の言葉と、最初の微笑みを受け取っていたのはデンクス侯爵家の長男アリスターという少年だった。招待客の中では一番身分が高いアリスターは序列から当然に挨拶をしただけだ。


下位貴族の誕生会に彼の家が招かれたのは親同士の商売が関係していた。
スタンデ子爵家は広大な森林を有し、インテリア製造事業をしている。それ故ナリレットの家は上位貴族達と親交が多い。
デンクス侯爵家は家具販売店を国中に展開している縁で強い結びを持っていた。

グランの訳のわからない感情が噴き出したのはその時だった。


アリスター少年に微笑みかけるナリレットは眩しく美しくとても遠く感じた。
彼女へ渡すつもりだった花束を、グランは強く握り過ぎて萎らせてしまう。


その感情が醜い嫉妬と焦燥だと自覚したグラン、初恋が拗れはじめた瞬間だった。
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