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誘惑と嵐と
しおりを挟む「こんな所に呼び出して、ふふっ、いけない人だ」
アレキオ第一王子はその整った相貌から浮名を流して来た、美しい金髪を靡かせて物見塔に悠然と立っていた。普段は誰も近寄らない為こうして逢瀬に使われる。
いま、公爵夫人に呼び出されて、彼女から漂う甘い香りに酔っている。彼女は目深にフードを被っているが見事な赤毛を零らせて微笑んでいる。
彼女に手をやるとツイッと躱された、躊躇っているのだろう。
「あぁ、じらさないでおくれ。わかっているんだ、いけない事とは、だがこの心に燻ぶる恋心はどうしようもない」
すると彼女は覚悟したのかアレキオに向かって突進した、それを両腕で出迎える彼はだらしなく笑みを浮かべていた。
ドスンと音が出るほど勢いよく彼の身体に寄りかかる。彼女の口は弧を描いていた。
「おや、随分と積極的だ……え?……そんな……ぐはっ!」
「愚かな人、待ち人は来ませんよ」
腹に広がる熱い痛みを感じ取るアレキオは「まさか……」と短く呻いた。力が抜けてその場にしゃがみ込む。
するとナイフを抜き去られ血がドバッと滴った。
「あ……まさか、お前……なんてことだ……」
「貴方方の所業は許されない」
ボタボタと垂れる血液量から失血死は免れない、霞む目で下手人を睨みつけていたがやがて失神してそのままこと切れた。
「愚かで穢れた血……」
赤い鬘を脱ぎ去りその人物は闇夜に消えていった。
***
翌朝、風雨にさらされた彼の身体が物見塔の上でぶら下がっているのが発見された。朝から雷鳴が鳴り響く中、騎士達はガヤガヤと忙しく動く。その下にはルナの花が落ちていた。
「ああ……何という事だ、余の後を継ぐ者が皆いなくなってしまった。……いいや、あの子が残っている」
王の昏い目はとある人物を思い浮かべていた、側室の子アルド王子のことだ。彼には王位継承権を与えていなかったが、こうなるとそうも言ってられない。
「すぐにアルドを呼び寄せろ!余の最後の息子を!」
こうして王太子に任命されてしまったアルド王子は不貞腐れていた。
「都合の良いことだな……今までは見向きもしていなかった癖に」
「まぁまぁ、そうおっしゃらず。言ってはなんですが……棚ボタですよ」
城に呼ばれたルチアナはたまにこうして王子の相手をしている。行儀見習いの延長のようなものだ。
「ふん、兄上たちが死んで継承権を貰っても嬉しくないがな」
「そんなに親しかったのですか?」
「いいや、ちっとも。側室の息子など相手にもされなかったさ。年も離れていたし」
「な、なるほど」
言葉に詰まるルチアナを見て悪戯な笑みを浮かべる、そして事件の事を聞きたいかと言って来た。
「え、それはその……知りたいです」
「良かろう教えてやるよ、例のルナの花が落ちていたぞ。造花だったがな」
「まあ、犯人は余程ルナの花に固辞するのですね。何故かしら」
ルナの花言葉は復讐と憎悪だ、かの花は季節外れで咲いていない、ワザワザ造花を作ってまで用意した周到さに呆れる。腹部を一突きしていたことも同じだ。先に死んだベルトルト王子も腹部をやられたのが死因である。
「なあ、ルチャ。犯人はボクのようだと思わないか?結果的に王太子にまでなれたのだから」
子供らしくない笑顔を作って彼は詰問する。
「いいえ、思いませんね。貴方は冷遇されていた、幼いというのもあるでしょうが、自由に出来る予算は少ないはずです。人を雇ってまで犯行に及んだとは思えない」
「ならば側近を使ってはどうだい?」
「それこそあり得ません、彼らは王が用意した腰巾着です。協力するとは思えない」
「なるほどな、いやズケズケと言ってくれるな流石に傷つくぞアハハハッ」
「それは申し訳ございません。ウフフ」
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