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急激に衰えたアロイスは塞ぎ込み居室に閉じ籠る日が増えて行った。あれほど夜遊びに興じていた彼の様子がガラリと変わって両親を驚かせる。
さすがに反省でもしたかと思ったがそうではない、油断を重ねた結果、呪術契約のことを今更に思い知った彼は右手の中指に填めていた指輪の石が赤黒く変色していたことに畏怖していた。

今更が過ぎる。

「あああ、バレていないと思っていたのに……なぜ!?どうしてだ?彼女とは一切接触がなかったじゃないか!」
ユリアネの術を甘く見ていた彼は日々枯れていく体を抱きしめてボロボロ泣いた。
恐怖と後悔で動けなくなったアロイスはどうにか光明が見いだせないかと模索するも何も浮かばない。
このままでは彼女の妹カリーナの二の舞だと嘆く。
頭を抱えて蹲る彼の元へ手紙が届いたと侍女が入室してきた、そんなものに目を通す余裕がない彼は捨て置けと言い掛けたが差出人の名を知って立ち上がった。

「ユリアネからだと!ま、まさか……要望書か!?」
内容まではわかりかねますと述べて侍女は下がる、彼は受け取った手紙をブルブル震えながら封を千切った。
そして、内容を読むや己の愚かさを痛感するのだった。

――――

拝啓

ご機嫌いかがでしょうか、近頃は随分ご活躍のご様子ですね。
私の元に届くのは貴方の醜聞ばかりです、背徳感のある夜遊びはさぞかし楽しいでしょう。
ですが、私は一向に気にしておりません、寧ろ喜ばしい限りです。
だって再婚約をしなくて済むのですから、再三に渡り要望書を送付しましたがなんの反応もありませんでした。
すでに呪いの兆候は出ているでしょう、今更ですがお気をつけください。
100日を待たずして契約は反故となりました、これで私と貴方の生きる道は完全に違えたのですよ。
とても喜ばしいことでございます。
                敬具

                 ユリアネ・コルメル
アロイス・ダユワード様


―――――

時候の挨拶を端折った彼女の手紙からは静かな怒りが見て取れた、アロイスは手紙をくしゃりと握りつぶすことでしか抵抗ができない。
「がぁああああ!ユリアネぇええ!これはやはり呪いだったのか!チクショー!」
散々叫び嘆き暴れたアロイスは、蹴り飛ばして倒れた文机に積まれていた手紙の山を今頃見つけて発狂した。
全てユリアネからの要望書だと気が付いた、遊び歩いていたことで文が届いていたことに気が付いていないかったのだ。
「そんな、そんな……あぁ、浮気だけでもどうしようもないのに。彼女の要望を悉く無視していたのか」
がくりと力なく床に頽れた彼は滂沱に涙を流したかと思えば、渇いた笑い声を上げる。
気が触れたと思われても仕方のない様子だ、廊下にいるだろう侍女と護衛はそんな部屋の主のことを畏怖し軽蔑していた。


ユリアネからの決別の手紙を受け取ってからすぐに、慰謝料請求と思われる内容証明が届いた。
金貨五千枚は屋敷を丸ごと売っても足りない額だ、子爵家は後継者選びどころの騒ぎではない。
「なんということ……我が家は御終いだ!なにもかも失った!お前などとっとの廃嫡しておけば良かった!」
子爵当主の怒りはすさまじく家を破壊するかのような暴れようだった。
被害を被るのを恐れた侍従達はさっさと逃げおおせ、後に残ったのは茫然自失となった夫人とボコボコに伸されたバカ息子に姿だけだ。

財の全てを失った子爵家は領地を返上し爵位を売り払い一家離散した。
父母の行方は知れず、取り残されたアロイスは厚顔無恥にもユリアネの元に縋りついた。
「助けてくれ……何もかも奪われてどうしようもないんだ。お願いだよ」
「あらまぁ、貴方には矜持はないのね。呆れた事」
「どうとでも言ってくれ、プライドなどで腹は膨れないよ」
下男の真似事でもするとまで言った彼は地べたに額をこすり付けて哀願したのである。

「そうね、まずは口の利き方がなってないわ。それはともかくとしてお前に仕事を与えます喜ぶが良いわ」
彼女はご褒美兼仕事だと言って昏い顔で嗤う。
「お前」と言われたアロイスはそれだけで心を抉られた、もう貴族ではないのだと知らしめられたからだ。
下男以下の身分となった彼は通いの下女にまでアゴでこき使われた。
仕事は溝攫いや草むしりなどの汚れ仕事ばかりで、極めつけは屋敷の外れに建てられた小屋の管理だ。

その小屋の中には寝たきりになった老女が住んでいる、元貴族子女カリーナである。
カリーナと無理矢理婚姻させられた彼はそこに住み彼女の世話をしなければならない。食事の世話からはじまり湯浴みと排泄物の処理はかなり堪える。
愛のある相手ならともかく憎いだけの女の世話は苦痛でしかない、それでも行き場が無いアロイスは逃げられないのだ。
彼の指に填まったままの指輪はどす黒いままそこにあった。
せめて反省でもすればその濁りは清浄され呪いから解放されるのだが、彼は生涯それに気が付かないまま終わる。



「収まる所に収まった、それだけよね」
積年の恨みごとから解放されたユリアネはやがて平民の夫を迎え入れて平凡に生きることを選んだ。
優しく穏やかな青年は彼女だけを愛しみ人生を共にした。
貴族社会を忌み嫌った彼女なりの抵抗だったのだ、二人は3人の子を成して5人の孫に恵まれた。
「今世は恵まれた人生だったわ、でも転生するのは懲り懲りよ」

彼女の最期の言葉の意味を知る者は誰一人いなかったが、二度目の人生は幸福だったのは間違いなかった。





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みんなの感想(5件)

BLACK無糖
2024.05.26 BLACK無糖

前世のクズ親が因果応報くらってると良いけどなー

解除
篠国 和拓
2023.05.20 篠国 和拓

正直、舞台装置だった部分をアレコレ気になっても意味ないのでしょうが前世の仕返しって出来ないのかなぁ。
今世が幸せなったから忘れるのが良いのは理解しているのですが、どうしても目についてしまうんですよね。この恨み晴らさずに置くべきものか!と。

音爽(ネソウ)
2023.05.20 音爽(ネソウ)

ご感想ありがとうございます。

ご指摘通り、転生後は前世での事を濁しがちな気がします。
違う視点があるべきだと目から鱗です、今後の作品に生かしたいと思います。
('◇')ゞ貴重なお言葉に感謝いたします。

解除
ぱら
2023.05.11 ぱら
ネタバレ含む
音爽(ネソウ)
2023.05.12 音爽(ネソウ)

お祝いの言葉ありがとうございます。

反省さえすれば違ったのですけどね('ω')
性格はそうそう直りませんよね(笑)

解除

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