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星の下で
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魔王の婚儀を祝う大宴会は三カ月間続けられた、それが可能だったのは国力の大きさにある。
陽が届かずとも魔樹族の緑の手で作物はすくすくと育つし、兵が酔い潰れていても疲れを知らないガーディアンゴーレムが国中を護るからだ。それもこれも、全ては現魔王の根源力のお陰なのだがヴァリオーテは驕ることはない。
魔族たちはそれを良く理解しているからこそ心から仕えている。
祝宴最後の夜、新婚の二人は満天の空の下で睦み合う。
花嫁は見上げて溜息をつく、ゆっくりと星空を見たのはいつぶりだろうと呟く。瘴気溜まりにして魔王の魔力の塊の上にはちゃんと空が存在したのだ。
「私はずっと寝たきりでしたから余計に感動が大きいですわ」
「そうか、それは良かった。時々連れて来よう」
黒曜のドラゴンの背に座るふたりの間には、契りを結ぶための美酒が鎮座している。
蜂蜜色をした酒を魔王が注いでファニーに手渡した、後悔はないかと問いかけるように黒い瞳が揺れている。
ファニーは赤い瞳でそれを捉えると微笑み返した。
「リオ様に永遠の愛と忠誠を誓います」
「ファニー、其方を我の全身全霊でもって守ろう。この身が朽ちようとこの愛は永久に続く」
「私のリオ様」
前夫フェデリからは一度足りと聞いたことのない真の愛の言葉に、ファニーは涙を流した。今更ながら何もかもが嘘で固められていた結婚生活だったのだと改めて思い知る。あの男から貰ったのは甘美にして絶望の毒だけだった。
ただ、彼女の純潔が穢されていなかった事は僥倖である。
「リオ様、ずっと傍にいてください。それ以上私は望まないわ」
「あぁ、心配はない。ずっと一緒だ」
二人は見つめ合って銀の星が映る酒を同時に飲み干した。
愛の加護を受け取ったファニーは魔王の伴侶に相応しい魔力と生命力を得た。
***
初婚でないことをファニーは気にしていたが、魔王は上機嫌で朝を迎えていた。
それは初夜が素晴らしいものだったからだ。絹のシーツに赤い花が散っていたことが一番大きい。
「浮かれすぎですよ、気持ちが悪いなぁ」
幸せいっぱいと見られる魔王の顔はフニャフニャに蕩けていた。回廊でたまたま遭遇した側近のひとり赤のトピアが魔王に向かって諌言する。山のような資料をジアノーチェに届ける途中だったようだ。
「おまえ……仮にも魔王に対してそれは酷いと思うぞ?」
「はいはい、ボクは公務が押してるから……じゃーね魔王様」
毒舌なトピアはそのまま通り過ぎてしまおうと歩を進めたのだが、魔王が後ろから付いてきた。
トピアは頭上に大きな疑問符を浮かべたが、面倒なので放っておいた。
「ジアー、資料持ってきたよ。こういうのはデカブツのレリオの仕事でしょ~、あーぁ資料室の埃を浴びちゃって最悪だよ」
「あぁ、トピアにはご苦労をかけたね。レリオは別件で動いていたから……魔王様いたんですか」
執務机で作業していた緑の側近が、トピアの後ろにいた魔王の姿を見て心から嫌そうに顔を顰めた。
それを見咎めて魔王が言う。
「緑の!貴様までなんだその不敬な態度は!」
「いやいや……ついさっきまでこの部屋で惚気話を聞かされていた身としては当然の反応かと存じます。朝から5時間も聞かされたんですからね!」
「げっ!!!なにそれ、ボクの背後に付いてきたのはそれが目的だったの?きもーい!うざーい!」
トピアは無遠慮に毒を吐いたが、魔王は聞こえないふりでソファへ腰を下ろした。
惚気て彷徨う暇があるならばファニーとむつみ合っていれば良いのにと側近たちは言ったのだが、魔王は第三者に幸せのお裾分けをして歩かないと気が済まないのだという。
「げげーっ!すんごい迷惑なんだけど、耄碌した閑職文官にでも聞いて貰ってよ。アイツら一番暇でしょう?椅子を温めているだけの税金泥棒なんだから!」
シッシッと手を掃う仕草でもって抵抗する失礼千万なトピアだが、魔王はどこふく風である。
「耳が遠いジジィ共が相手では話が通じないんだ。しかもすっかり枯れているからな反応もなんか薄いし……と、くれば独り身のお前らしかいないんだよ、嫌味返しをしても良いから聞いてくれる醍醐味が欲しいんだ!」
迷惑千万な魔王の言い草に、トピアは爆発魔法を発動させて逃亡したくなった。
***
「魔王様、きょうのオヤツはアフォガードとシフォンです」
人間から魔人になったファニーは銀盆を持ちながら、左上の宙に口直し用のレモン水の瓶を浮かべていた。
早くも自在に魔法を使いこなしているようだ。そして、見た目もだいぶ変わった。耳は尖り淡い金髪は銀髪に変化した。顔の造形もさらに美しさに磨きがかかって肌艶も良くなった。
「うむ、さっそく戴こう。おぉ~シフォンとやらがキメ細かくて素晴らしいなまるで雲のようだ」
「はい、攪拌魔法を駆使して泡立てたからですわ。この力はとても便利ですね!」
些か魔法の使い方に違和感があるが、その辺りは華麗にスルーをした魔王である。
愛妻となったファニーが作った菓子であるからと余計に美味く感じるらしい。
「ファニー、我の膝が寂しい……」
オヤツを食べながら妻を呼ぶ魔王の声色は凄く甘かった。膝の上にきてほしいと強請って己の太腿をパシパシ叩いた。
「まぁ、行儀が悪いですよ?」
「良いじゃないか、居室には二人しかおらんのだ」
そういう事ではないとファニーは断ったが、魔王の我儘は止まりそうもない。
幸せいっぱいの新婚生活を過ごしていたが、そんな二人のもとに不穏な報せが翌日届くのである。
陽が届かずとも魔樹族の緑の手で作物はすくすくと育つし、兵が酔い潰れていても疲れを知らないガーディアンゴーレムが国中を護るからだ。それもこれも、全ては現魔王の根源力のお陰なのだがヴァリオーテは驕ることはない。
魔族たちはそれを良く理解しているからこそ心から仕えている。
祝宴最後の夜、新婚の二人は満天の空の下で睦み合う。
花嫁は見上げて溜息をつく、ゆっくりと星空を見たのはいつぶりだろうと呟く。瘴気溜まりにして魔王の魔力の塊の上にはちゃんと空が存在したのだ。
「私はずっと寝たきりでしたから余計に感動が大きいですわ」
「そうか、それは良かった。時々連れて来よう」
黒曜のドラゴンの背に座るふたりの間には、契りを結ぶための美酒が鎮座している。
蜂蜜色をした酒を魔王が注いでファニーに手渡した、後悔はないかと問いかけるように黒い瞳が揺れている。
ファニーは赤い瞳でそれを捉えると微笑み返した。
「リオ様に永遠の愛と忠誠を誓います」
「ファニー、其方を我の全身全霊でもって守ろう。この身が朽ちようとこの愛は永久に続く」
「私のリオ様」
前夫フェデリからは一度足りと聞いたことのない真の愛の言葉に、ファニーは涙を流した。今更ながら何もかもが嘘で固められていた結婚生活だったのだと改めて思い知る。あの男から貰ったのは甘美にして絶望の毒だけだった。
ただ、彼女の純潔が穢されていなかった事は僥倖である。
「リオ様、ずっと傍にいてください。それ以上私は望まないわ」
「あぁ、心配はない。ずっと一緒だ」
二人は見つめ合って銀の星が映る酒を同時に飲み干した。
愛の加護を受け取ったファニーは魔王の伴侶に相応しい魔力と生命力を得た。
***
初婚でないことをファニーは気にしていたが、魔王は上機嫌で朝を迎えていた。
それは初夜が素晴らしいものだったからだ。絹のシーツに赤い花が散っていたことが一番大きい。
「浮かれすぎですよ、気持ちが悪いなぁ」
幸せいっぱいと見られる魔王の顔はフニャフニャに蕩けていた。回廊でたまたま遭遇した側近のひとり赤のトピアが魔王に向かって諌言する。山のような資料をジアノーチェに届ける途中だったようだ。
「おまえ……仮にも魔王に対してそれは酷いと思うぞ?」
「はいはい、ボクは公務が押してるから……じゃーね魔王様」
毒舌なトピアはそのまま通り過ぎてしまおうと歩を進めたのだが、魔王が後ろから付いてきた。
トピアは頭上に大きな疑問符を浮かべたが、面倒なので放っておいた。
「ジアー、資料持ってきたよ。こういうのはデカブツのレリオの仕事でしょ~、あーぁ資料室の埃を浴びちゃって最悪だよ」
「あぁ、トピアにはご苦労をかけたね。レリオは別件で動いていたから……魔王様いたんですか」
執務机で作業していた緑の側近が、トピアの後ろにいた魔王の姿を見て心から嫌そうに顔を顰めた。
それを見咎めて魔王が言う。
「緑の!貴様までなんだその不敬な態度は!」
「いやいや……ついさっきまでこの部屋で惚気話を聞かされていた身としては当然の反応かと存じます。朝から5時間も聞かされたんですからね!」
「げっ!!!なにそれ、ボクの背後に付いてきたのはそれが目的だったの?きもーい!うざーい!」
トピアは無遠慮に毒を吐いたが、魔王は聞こえないふりでソファへ腰を下ろした。
惚気て彷徨う暇があるならばファニーとむつみ合っていれば良いのにと側近たちは言ったのだが、魔王は第三者に幸せのお裾分けをして歩かないと気が済まないのだという。
「げげーっ!すんごい迷惑なんだけど、耄碌した閑職文官にでも聞いて貰ってよ。アイツら一番暇でしょう?椅子を温めているだけの税金泥棒なんだから!」
シッシッと手を掃う仕草でもって抵抗する失礼千万なトピアだが、魔王はどこふく風である。
「耳が遠いジジィ共が相手では話が通じないんだ。しかもすっかり枯れているからな反応もなんか薄いし……と、くれば独り身のお前らしかいないんだよ、嫌味返しをしても良いから聞いてくれる醍醐味が欲しいんだ!」
迷惑千万な魔王の言い草に、トピアは爆発魔法を発動させて逃亡したくなった。
***
「魔王様、きょうのオヤツはアフォガードとシフォンです」
人間から魔人になったファニーは銀盆を持ちながら、左上の宙に口直し用のレモン水の瓶を浮かべていた。
早くも自在に魔法を使いこなしているようだ。そして、見た目もだいぶ変わった。耳は尖り淡い金髪は銀髪に変化した。顔の造形もさらに美しさに磨きがかかって肌艶も良くなった。
「うむ、さっそく戴こう。おぉ~シフォンとやらがキメ細かくて素晴らしいなまるで雲のようだ」
「はい、攪拌魔法を駆使して泡立てたからですわ。この力はとても便利ですね!」
些か魔法の使い方に違和感があるが、その辺りは華麗にスルーをした魔王である。
愛妻となったファニーが作った菓子であるからと余計に美味く感じるらしい。
「ファニー、我の膝が寂しい……」
オヤツを食べながら妻を呼ぶ魔王の声色は凄く甘かった。膝の上にきてほしいと強請って己の太腿をパシパシ叩いた。
「まぁ、行儀が悪いですよ?」
「良いじゃないか、居室には二人しかおらんのだ」
そういう事ではないとファニーは断ったが、魔王の我儘は止まりそうもない。
幸せいっぱいの新婚生活を過ごしていたが、そんな二人のもとに不穏な報せが翌日届くのである。
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