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毒蛾たちの夜会
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豪奢な馬車が王城に続々と到着した。ここぞとばかりに着飾った貴族達は、おのれの財力を見せびらかす為に必死である。ヴィンチ伯爵家も例外ではなく、各国から集まる重鎮たちとパイプを持つためならば何でもしたいと手ぐすねを引いている。
グラヤノ国で社交界の艶花と名高いフェデリは祝賀会場に入るや注目を集める、容姿端麗の彼はどこでも目立った。病床の妻に代わってその腕に絡むアラベッラは鼻高々で歩いた。妻ステファニアが袖を通すはずだった青いドレスをさも当たり前に着て参加している。
体型がまったく違うのに、誂えたようにぴったりなのは最初から妻がエスコートされないと決められていたからだ。
「うふふふ、気分いいわー。誰も彼も貴方に夢中じゃない、流石よね!」
「何を言うんだ、アラベッラが美しいせいだろう?あの女が枯れた雑草ならキミは瑞々しい大輪の薔薇さ」
「んま、ダメよ。仮にも愛する妻を落とすような発言は良くないわ」
口先で諌言はしていても、比較されて持ち上げられたアラベッラは満足そうに笑っている。
いっそのこと今日の夜会で自分こそが正妻だと言ってしまおうかとさえ思ったが、そればかりは外聞が悪いので堪えた。
爵位順に王族へ挨拶を終えた二人は壁際へ引っ込み、ワイングラスを傾ける。上等のそれが内腑に染みて気分が高揚する。程よく距離を取って醜聞が出回らないように気を付けていた。
あくまで二人には特別な情が無いようなふりをするのは計画のためだ。
「痺れ毒のアレを毎日舐めてるというのに、存外丈夫よねぇ?」
「しっ、声を落として……子爵も顔をだしているからな。油断するな」
ならば隠語で話そうと悪戯な笑みを浮かべるアラベッラである。
早く妻として迎えられたいと腹黒の底で呟いた。
実はアラベッラとは血縁関係はない、とある侯爵の隠し子だ。困窮していたフェデリの叔父が融資を受ける条件で養女に迎え、一応貴族籍に置かれた。戸籍上だけの従姉になったのはつい最近のことだ。
彼女とフェデリが知り合ったのは3年前の紳士倶楽部でだった、平民として生きていた彼女はそこで女給をしていた。貴族の血を引くアラベッラは華やかな女で、フェデリはすぐに虜になり口説いた。つまりステファニアと結婚する前から恋人同士だったことになる。
『もっと早く貴族になっていれば』とアラベッラは歯噛みしたが、格下男爵の養女ではどちらにせよ結ばれたかわからない。しかも、叔父に続き傾きかけたヴィンチ家にはステファニアの家からの支援は必要だったからだ。
一時は、このまま秘密の恋人として生涯を終えるのは嫌だとアラベッラはフェデリから離れようとした。
しかし、別れたくないフェデリが黒い計画を持ち出し思い留めさせた。
子爵家から支援金を搾取し続け、妻を飼殺すことを提案したのだ。
「それで、哀れな樹木(子爵)から果実(金)は捥ぎ取れているの?」
「あぁ、鈍いのかな。まったく気が付かないよ、それから巣穴に籠った兎(妻)は益々弱っている。そのうち口もきけなくなるだろう」
それを聞いたアラベッラは口元を隠して「まだ仕留めちゃダメよ、果実がすべて腐り落ちるまで」と言って微笑んだ。
フェデリは頷いて同意すると残りのワインで舌を湿らせた。
2杯目のワインを手に取った時、ラパロ子爵ことステファニアの父親が声をかけてきた。漸く王族と挨拶が終わったらしい。
「こんばんは、お義父上。先週以来ですね」
「あぁ、……やはりファニーは臥せったままなのだね。新婚だというのに申し訳ない」
あくまで体の弱い娘のせいで気分を害してないかと低姿勢である。その様子にアラベッラは吹き出しそうになったが扇の奥で堪えた。
「彼女が娘の代役をしてくれたのだね?」
「えぇ、従姉のアラベッラです。つい最近叔父の養女になったので結婚式にはでていません」
そういうことだったかと、子爵は納得してアラベッラに挨拶をした。
彼女も付け焼刃のお辞儀を返す、事情を知る子爵は特に粗探しはしない。
距離を取り人前でベタベタすることはしていないので、子爵はふたりの関係を疑うことはなかった。
それから少しだけ世間話をして子爵は他の貴族に挨拶をしに離れていく。
「ふーん、一財産築いたのに。キレモノなのかアフォなのかわからない大木ね」
姿が見えなくなってから嫌味を言うアラベッラ。
「抜けているからこそ、私達は美味しい果実にありつけるのさ。感謝しなきゃね?」
「ふふふ、そうね。こちらは呑気に笑っていれば良いのだもの」
「おいおい、私は兎の世話があってそれなりにたいへんなんだぞ?」
「あら、うっかり!ホホホホホッお可哀そうな従弟殿!」
二人は腹黒な冗談を言い合い笑うのだった。
グラヤノ国で社交界の艶花と名高いフェデリは祝賀会場に入るや注目を集める、容姿端麗の彼はどこでも目立った。病床の妻に代わってその腕に絡むアラベッラは鼻高々で歩いた。妻ステファニアが袖を通すはずだった青いドレスをさも当たり前に着て参加している。
体型がまったく違うのに、誂えたようにぴったりなのは最初から妻がエスコートされないと決められていたからだ。
「うふふふ、気分いいわー。誰も彼も貴方に夢中じゃない、流石よね!」
「何を言うんだ、アラベッラが美しいせいだろう?あの女が枯れた雑草ならキミは瑞々しい大輪の薔薇さ」
「んま、ダメよ。仮にも愛する妻を落とすような発言は良くないわ」
口先で諌言はしていても、比較されて持ち上げられたアラベッラは満足そうに笑っている。
いっそのこと今日の夜会で自分こそが正妻だと言ってしまおうかとさえ思ったが、そればかりは外聞が悪いので堪えた。
爵位順に王族へ挨拶を終えた二人は壁際へ引っ込み、ワイングラスを傾ける。上等のそれが内腑に染みて気分が高揚する。程よく距離を取って醜聞が出回らないように気を付けていた。
あくまで二人には特別な情が無いようなふりをするのは計画のためだ。
「痺れ毒のアレを毎日舐めてるというのに、存外丈夫よねぇ?」
「しっ、声を落として……子爵も顔をだしているからな。油断するな」
ならば隠語で話そうと悪戯な笑みを浮かべるアラベッラである。
早く妻として迎えられたいと腹黒の底で呟いた。
実はアラベッラとは血縁関係はない、とある侯爵の隠し子だ。困窮していたフェデリの叔父が融資を受ける条件で養女に迎え、一応貴族籍に置かれた。戸籍上だけの従姉になったのはつい最近のことだ。
彼女とフェデリが知り合ったのは3年前の紳士倶楽部でだった、平民として生きていた彼女はそこで女給をしていた。貴族の血を引くアラベッラは華やかな女で、フェデリはすぐに虜になり口説いた。つまりステファニアと結婚する前から恋人同士だったことになる。
『もっと早く貴族になっていれば』とアラベッラは歯噛みしたが、格下男爵の養女ではどちらにせよ結ばれたかわからない。しかも、叔父に続き傾きかけたヴィンチ家にはステファニアの家からの支援は必要だったからだ。
一時は、このまま秘密の恋人として生涯を終えるのは嫌だとアラベッラはフェデリから離れようとした。
しかし、別れたくないフェデリが黒い計画を持ち出し思い留めさせた。
子爵家から支援金を搾取し続け、妻を飼殺すことを提案したのだ。
「それで、哀れな樹木(子爵)から果実(金)は捥ぎ取れているの?」
「あぁ、鈍いのかな。まったく気が付かないよ、それから巣穴に籠った兎(妻)は益々弱っている。そのうち口もきけなくなるだろう」
それを聞いたアラベッラは口元を隠して「まだ仕留めちゃダメよ、果実がすべて腐り落ちるまで」と言って微笑んだ。
フェデリは頷いて同意すると残りのワインで舌を湿らせた。
2杯目のワインを手に取った時、ラパロ子爵ことステファニアの父親が声をかけてきた。漸く王族と挨拶が終わったらしい。
「こんばんは、お義父上。先週以来ですね」
「あぁ、……やはりファニーは臥せったままなのだね。新婚だというのに申し訳ない」
あくまで体の弱い娘のせいで気分を害してないかと低姿勢である。その様子にアラベッラは吹き出しそうになったが扇の奥で堪えた。
「彼女が娘の代役をしてくれたのだね?」
「えぇ、従姉のアラベッラです。つい最近叔父の養女になったので結婚式にはでていません」
そういうことだったかと、子爵は納得してアラベッラに挨拶をした。
彼女も付け焼刃のお辞儀を返す、事情を知る子爵は特に粗探しはしない。
距離を取り人前でベタベタすることはしていないので、子爵はふたりの関係を疑うことはなかった。
それから少しだけ世間話をして子爵は他の貴族に挨拶をしに離れていく。
「ふーん、一財産築いたのに。キレモノなのかアフォなのかわからない大木ね」
姿が見えなくなってから嫌味を言うアラベッラ。
「抜けているからこそ、私達は美味しい果実にありつけるのさ。感謝しなきゃね?」
「ふふふ、そうね。こちらは呑気に笑っていれば良いのだもの」
「おいおい、私は兎の世話があってそれなりにたいへんなんだぞ?」
「あら、うっかり!ホホホホホッお可哀そうな従弟殿!」
二人は腹黒な冗談を言い合い笑うのだった。
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