頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)

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もう一度

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錆びた指輪を握り絞めて、ハウラナは久しぶりに亜空間から出てきた。
常春の花畑と違い、ひんやりした空気がハウラナを震わせた。


「冬が近いのかしら……夏秋の間はずっと引き籠ってしまったのね。だったら温かい花畑に戻ろうな?」
「ハウラナ……」


兄のカインが窘める声で名を呼ぶものだから、彼女は肩を竦めて「冗談よ」と言った。
「絶対本気だったろ?」
「まぁね、楽だし」


彼女が腹を括って、皇帝クレイブと対峙する気になったのは指輪のせいだ。
そして、ハウラナ王女が戻ったという報せを聞いた皇帝は居室に飛び込んで来た。

「ハウラナ!会いたかっ」
「ストップ、女子の部屋へノックもせず入るなんて無礼だわ」


いきなり抱き着こうと駆けてきた皇帝の前に、空気の壁を造って牽制する。
「……ごめん」

「ふぅ、見た目がぜんぜん違うもの思い出すわけがないわ。こんなガラクタもすっかり忘れてた」
手の平に乗せた真鍮の指輪を突き出した。


「ひどいな、俺はずっと大切にしていたのに」
苦笑いと悲しげな声色がハウラナの心を揺さぶってくる。

「あなたがちゃんと顔を見せてくれないから悪いのよ、なんで髪の毛で目を隠しているの?」
「これは、若輩者と侮られない様にしてたんだ」


クレイブはそう言うと長すぎる前髪を後ろに掻きあげた。
暗紫の瞳がハウラナを愛しそうに見つめている、幼さが少し残る切れ長の瞳に見覚えがあると彼女は思った。

「クレイブ……あの時の襤褸を着ていた少年なのね?」
「あぁそうだよ。相貌に似合わない戦姫がいると聞いてね、面白半分に城へ侵入した愚か者さ」

物見遊山で他国の城へ不法侵入するバカは貴方くらいよ、とハウラナは笑う。


「殺されたかもしれないのよ?」
「そうだね、文句はいえないや。でもキミに会えた、たった数時間だったけど忘れられない思い出さ」


皇帝に即位した年、何度もゼベール王へ正妃にしたいと使者を送ったが良い返事が貰えなかったとクレイブは言った。

「そう、お父様……王は貴方が侵入した不届き者だと知っていたのでしょう。ゼベールには監視魔道具がたくさん設置してあるの」

「そうか、迂闊だった。帝国にはそういう便利なものがないからな、当時の俺は目覚めた能力に驕って遊びまわっていたからゼベール王は気に入らなかったんだろう」

正妃に望まれていた事を聞かされていないハウラナは、兄カインをギロリと睨む。

「ひ!おいおい俺も知らなかったよ!側室のことは帝国の宰相と父上との駆け引きとしか知らない!白い結婚で姫を帰す契約を了承したって聞いただけさ」


ハウラナを諦められなかったクレイブの為に宰相が水面下で動いた結果だった。

「ケンフラーな……アイツは俺の為と思ったのだろうが、正妃ならともかく側室として後宮という猛獣の檻にハウラナには入って欲しくなかったんだ。腹黒な側室たちは容赦しないだろうから」


ハウラナの誕生会に、お忍びで来たクレイブの言葉を思い出した彼女はやっと腑に落ちた。

「そう、そうだったの。貴方なりの優しさだったのね、私ったら捻くれた受け取り方をしてしまったわ。ごめんなさい、こうなったら大人しくゼベールへ帰ります」


ハウラナがそう言って深くお辞儀をすれば、クレイブは大慌てで待ってくれと叫ぶ。

「帰るなんて言わないでくれ!2度も失恋なんて辛すぎる!しかも離縁となったら二度と会えないじゃないか!」
「……でも、私は貴方を愛してないわ、契約婚なんだし仕方ないでしょ?」


辛辣な言葉をサラッというハウラナに、クレイブは頽れた。


あまりに悄気る皇帝を気の毒に思ったカインは間に入る。

「まぁまぁ、契約通りなら後2年以上側室として勤めるわけだろう。その間に二人の気持ちが変化するかもしれないだろう?」

「そ、そうか!ご配慮を感謝する義兄殿!」
「ただし、冷遇された慰謝料はがっぽり貰うからな?嫁いでから一度も食事を与えてないんだ、餓死しててもおかしくなかったわけだし?後宮全体の謀りで我が妹を殺そうと企てたことは許さないぞ」

「わ、わかっている!二度とこのようなことがないよう後宮の仕組みを一新する!なんなら廃止する!うん、そうしよう!」
抜け目のないカインの言葉に苦笑しつつ姿勢を正す皇帝だった。


後宮制度の廃止は一朝一夕では無理なことだろう。
それでもクレイブは「ハウラナが帝国にいる間に成し遂げる」と宣誓した。


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