頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)

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ゼベールからの使者

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閉じられた”亜空間への扉”こと壁際に、ありとあらゆる甘味が捧げられた。
ハウラナの好物が、甘い物だということを掴んだ側近たちと皇帝は帝都や隣国から甘味を取り寄せた。

だが、甘い香りをどれほど漂わせようと再び波紋のような歪みは現れない。


「痕跡が残っているだけで扉はありませんね」
再び壁を調査した魔法師の冷淡な答えがでたが、それでも諦められない皇帝は縋る。

「なんとかならないのか?せめて向こう側にメッセージを」
「……本来これは只の壁です、剣で刺そうが魔法で攻撃しようが崩れるだけで意味はないですよ」


ハウラナの居室の壁の向こうは、侍女の待機部屋だ。花畑など存在していない。



「そんな……どうすれば良いんだ?」
ハウラナに冷たくあしらわれた皇帝の精神が不安定になり、執務にも支障をきたしてきた。

「皇帝陛下、ハウラナの母国に頼るしかないのでは?」
宰相の進言はもっともだったが、その行為は「姫を満足な暮らしをさせられない帝国は無能」という恥をさらすようなものだ。


そればかりはできないと皇帝は思った、しかしそれしか打開策は見当たらない。
止む無く諸事情をしたためた手紙を彼女の母国へ送った。ゼベール王はもちろん宰相、外務大臣へそれぞれ宛てた。


手紙を送って二日後、ゼベール国からきた使者がやって来た。
随分早いと帝国側は驚いたが、登城した相手を見て一同は納得した。


皇帝を前に余裕の笑みを浮かべた人物が名乗った。
「お久しぶりです、皇帝陛下。ゼベール国王太子カインです。やんちゃな妹がやらかしたそうで?」
「おぉカイン殿結婚式依頼です、遠路申し訳ない……」

ハウラナの兄カインはニコニコと笑いながら答えた。

「いいえー、うちの優秀な魔導士が転移術を発動しましたから、ほとんど体力を使いません。この通り転移酔いもなく元気です。ええ、自国の魔導士はとても優秀なのですよ!とってもね!魔法師と違ってうちの魔導士は手紙など瞬時に送ったりもできますよ」

「そ、そうなのですね。ハ、ハハハ……」
小国なれど、魔術の力では追随を許さないとばかりに強調する王太子カインは食えない野郎だと、腹内で愚痴る皇帝だった。早馬を使って2日かけて手紙を送った帝国を暗に非難している。

帝国にも魔法師がそれなりにいるが、魔導士のような高度な術は使えなかった。
転移も亜空間ボックスなども扱えない、通信手段も手紙と馬のみだ。

皇帝のように強力な魔術が使えるものは稀有なのである。

「通話魔道具を使えば報せは簡単ですが、いや失礼……魔法師には使えませんでしたなハハハッ」
「……ははは……はは」


高度な魔術を持っていながらゼベールが小国のままでいるのは、他国に技術や人材が流れぬように過度の流通をせず、外交も諍いを避けてきた歴史にあるのだった。

ハウラナが側室にやってきたのは帝国側宰相の強い要請があったからだ。
当初、皇帝は「自国にも魔法師はいる」と高をくくっていた……のだが。ハウラナの空間魔法で思い知った。

チクチクと嫌味を言ってくる王太子の口は止まらない。


やはり請わなければ良かったと皇帝は臍を噛む思いだ。

王太子カインは早速ハウラナの居室へ案内して欲しいと言う。
だが後宮はむやみに男子が出入りする場所ではない、特別許可した者しか許されないのだ。

「お待ちを……後宮は余以外の男性の立ち入りは……」
「ほうほう?ではハウラナが閉じこまったまま3年待つと?私は何のために呼ばれたのでしょう。執事や衛兵は出入りしているようですが、おかしなことだ、実に実におかしなことだ」

「ぐ、……失礼した。余が案内しよう」
居丈高な王太子を牽制して恥をかかせようとしたが、逆に揚げ足を取られた皇帝は苛立った。


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