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何を言っているんだ?
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第八側室ハウラナの捜索が続く中で、後宮内はバタバタとしていた。
図らずも勝手に失脚したシアーネに代わり、アリルの指示の元に居室の総移動が始まったからである。
「わたくしのドレスから宝石が一粒でも落ちたら許さないわよ!」
「「「はい、畏まりました!」」」
正妃付きの侍女達が忙しく動き出すと、それを尻目にアリルはサロンに引っ込み優雅に茶を嗜むことにした。
そこへ他の側室たちも合流して、次代の正妃に媚売り合戦を繰り広げる。
「さすが仕事が早いです!聡明なアリル様らしいですわ」
「ふふ、まぁね。陛下のお手を煩わせるわけにいかないでしょう?当然のことをしたまで」
美辞麗句に酔いながらアリルは紅茶に砂糖を落としていた。
つぎつぎと飛びかう、薄っぺらで心の籠っていない賛辞を楽しそうに受け取って微笑む。
ゴマを擦っている事をアリルは良く理解している、かつて自分もシアーネにへりくだり媚を売ってきたからだ。そのうえで誰を贔屓するか篩にかけていた。
『第一第二はあまり賢くない母国力もそこそこ、第三は見目は悪いけど教養があって母国の造船技術は素晴らしいと聞いたわ、あとは鳴かず飛ばずね……』
「第三側室レーネ様、わたくしが編んだレースハンカチですの。良かったら受け取って?」
「まぁ!?宜しいのですか!感激ですわ!」
手作りの物を下賜する行為は「貴女と親睦を深めたい」という意思表示である。
当然に贔屓された証を恭しく受け取るレーネは、頬を紅潮させて深く頭を下げて感謝の意を表す。
嫉妬と焦燥を滲ませる蚊帳の外となった側室たちは、優美なサロンの中に不穏な空気を作るのだった。
バチバチと視線が衝突する中に、不機嫌な低い声が響いた。
「後宮内が慌ただしいようだな、どういうことか?」
側室たちは一斉に立ち上がって礼をとった、アリルだけがゆったりと席を立ち陛下へ挨拶をする。
「おはようございます、陛下。ただいま側室全員の引っ越し作業中でして、騒がしく申し訳ありません」
「引っ越し、どういうことだ」
アリルは薄く笑みを浮かべて「お恍けは困りますわ」と言うと陛下の腕に纏わりつこうと腕を伸ばした。
しかし、掴みかけた腕を無下に避けられた。
「んな!?」
「勅命を出されてもいないのに何を勝手な事をしている、立場を弁えよ」
「なぜですの?後宮を仕切るのは正妃の特権にして役目にございます、私は次代正妃として」
「何を言っているんだ?お前を正妃にした覚えはない」
「え?でもシアーネは失脚して」
細身で儚げな相貌のアリルは、大きな瞳に涙をためて陛下を上目使いで見つめた。
しかし、目の前の男には通用しなかった。
「よせ、見苦しい。娼婦を見ているようだ。泣き落としで正妃になれるものか!」
「なっ……!?なんてことを」
更にアリルを追い打ちをかけるような台詞が陛下から発せられた。
「正妃にはハウラナを置くことにした、居室の引っ越しは必要ない。いや、アリルだけは続行だな母国へ戻ることを許そう喜ぶが良い」
「なぜ私が帰ることになるんですか!?期限はあと1年…」
「必要がなくなったからだ、なぜわからない?」
「え……」
アリルの呆けた顔に陛下は溜息を吐いて続けた。
「大穀倉地帯で繁栄していたお前の国が未曽有の飢饉で疲弊しているからだ、戻って国を支えるべく貢献するが良い。……まさか母国からの手紙を読んでいないのか?愚かな、再三戻るよう国王が訴えてきていたのだぞ」
「どういう……ことですの?我が国は長年にわたって帝国に格安で穀物の献上をしてきましたわ!」
「貴様の国が豊かだったのは2年前までだぞ、嫁いできた年は台風で収穫量が激減、昨年度は病害で麦が全滅したと報告がきていた。お前の国を2年支えてやったのは帝国の情けだ。なぜ手紙を読まなかった?」
「え、だって、だって……ただの定期的な時候挨拶だとばかり……。情けで生かされていた?そんなバカな!」
「金食い虫の人質は保護できぬと2年前の会議で決定した、だが嫁いだばかりだった故に余が先延ばしにしたのだ」
現実を叩きつけられたアリルは泣き崩れた、少し落ち着くと周囲の冷めた視線に怯えながら退室していった。
母国に戻ったアリルが目にしたものは、荒れた国土と王と王妃の墓標だった。
アリルの国が地図から消えたのは、半年後の事である。
図らずも勝手に失脚したシアーネに代わり、アリルの指示の元に居室の総移動が始まったからである。
「わたくしのドレスから宝石が一粒でも落ちたら許さないわよ!」
「「「はい、畏まりました!」」」
正妃付きの侍女達が忙しく動き出すと、それを尻目にアリルはサロンに引っ込み優雅に茶を嗜むことにした。
そこへ他の側室たちも合流して、次代の正妃に媚売り合戦を繰り広げる。
「さすが仕事が早いです!聡明なアリル様らしいですわ」
「ふふ、まぁね。陛下のお手を煩わせるわけにいかないでしょう?当然のことをしたまで」
美辞麗句に酔いながらアリルは紅茶に砂糖を落としていた。
つぎつぎと飛びかう、薄っぺらで心の籠っていない賛辞を楽しそうに受け取って微笑む。
ゴマを擦っている事をアリルは良く理解している、かつて自分もシアーネにへりくだり媚を売ってきたからだ。そのうえで誰を贔屓するか篩にかけていた。
『第一第二はあまり賢くない母国力もそこそこ、第三は見目は悪いけど教養があって母国の造船技術は素晴らしいと聞いたわ、あとは鳴かず飛ばずね……』
「第三側室レーネ様、わたくしが編んだレースハンカチですの。良かったら受け取って?」
「まぁ!?宜しいのですか!感激ですわ!」
手作りの物を下賜する行為は「貴女と親睦を深めたい」という意思表示である。
当然に贔屓された証を恭しく受け取るレーネは、頬を紅潮させて深く頭を下げて感謝の意を表す。
嫉妬と焦燥を滲ませる蚊帳の外となった側室たちは、優美なサロンの中に不穏な空気を作るのだった。
バチバチと視線が衝突する中に、不機嫌な低い声が響いた。
「後宮内が慌ただしいようだな、どういうことか?」
側室たちは一斉に立ち上がって礼をとった、アリルだけがゆったりと席を立ち陛下へ挨拶をする。
「おはようございます、陛下。ただいま側室全員の引っ越し作業中でして、騒がしく申し訳ありません」
「引っ越し、どういうことだ」
アリルは薄く笑みを浮かべて「お恍けは困りますわ」と言うと陛下の腕に纏わりつこうと腕を伸ばした。
しかし、掴みかけた腕を無下に避けられた。
「んな!?」
「勅命を出されてもいないのに何を勝手な事をしている、立場を弁えよ」
「なぜですの?後宮を仕切るのは正妃の特権にして役目にございます、私は次代正妃として」
「何を言っているんだ?お前を正妃にした覚えはない」
「え?でもシアーネは失脚して」
細身で儚げな相貌のアリルは、大きな瞳に涙をためて陛下を上目使いで見つめた。
しかし、目の前の男には通用しなかった。
「よせ、見苦しい。娼婦を見ているようだ。泣き落としで正妃になれるものか!」
「なっ……!?なんてことを」
更にアリルを追い打ちをかけるような台詞が陛下から発せられた。
「正妃にはハウラナを置くことにした、居室の引っ越しは必要ない。いや、アリルだけは続行だな母国へ戻ることを許そう喜ぶが良い」
「なぜ私が帰ることになるんですか!?期限はあと1年…」
「必要がなくなったからだ、なぜわからない?」
「え……」
アリルの呆けた顔に陛下は溜息を吐いて続けた。
「大穀倉地帯で繁栄していたお前の国が未曽有の飢饉で疲弊しているからだ、戻って国を支えるべく貢献するが良い。……まさか母国からの手紙を読んでいないのか?愚かな、再三戻るよう国王が訴えてきていたのだぞ」
「どういう……ことですの?我が国は長年にわたって帝国に格安で穀物の献上をしてきましたわ!」
「貴様の国が豊かだったのは2年前までだぞ、嫁いできた年は台風で収穫量が激減、昨年度は病害で麦が全滅したと報告がきていた。お前の国を2年支えてやったのは帝国の情けだ。なぜ手紙を読まなかった?」
「え、だって、だって……ただの定期的な時候挨拶だとばかり……。情けで生かされていた?そんなバカな!」
「金食い虫の人質は保護できぬと2年前の会議で決定した、だが嫁いだばかりだった故に余が先延ばしにしたのだ」
現実を叩きつけられたアリルは泣き崩れた、少し落ち着くと周囲の冷めた視線に怯えながら退室していった。
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