12 / 32
何を言っているんだ?
しおりを挟む
第八側室ハウラナの捜索が続く中で、後宮内はバタバタとしていた。
図らずも勝手に失脚したシアーネに代わり、アリルの指示の元に居室の総移動が始まったからである。
「わたくしのドレスから宝石が一粒でも落ちたら許さないわよ!」
「「「はい、畏まりました!」」」
正妃付きの侍女達が忙しく動き出すと、それを尻目にアリルはサロンに引っ込み優雅に茶を嗜むことにした。
そこへ他の側室たちも合流して、次代の正妃に媚売り合戦を繰り広げる。
「さすが仕事が早いです!聡明なアリル様らしいですわ」
「ふふ、まぁね。陛下のお手を煩わせるわけにいかないでしょう?当然のことをしたまで」
美辞麗句に酔いながらアリルは紅茶に砂糖を落としていた。
つぎつぎと飛びかう、薄っぺらで心の籠っていない賛辞を楽しそうに受け取って微笑む。
ゴマを擦っている事をアリルは良く理解している、かつて自分もシアーネにへりくだり媚を売ってきたからだ。そのうえで誰を贔屓するか篩にかけていた。
『第一第二はあまり賢くない母国力もそこそこ、第三は見目は悪いけど教養があって母国の造船技術は素晴らしいと聞いたわ、あとは鳴かず飛ばずね……』
「第三側室レーネ様、わたくしが編んだレースハンカチですの。良かったら受け取って?」
「まぁ!?宜しいのですか!感激ですわ!」
手作りの物を下賜する行為は「貴女と親睦を深めたい」という意思表示である。
当然に贔屓された証を恭しく受け取るレーネは、頬を紅潮させて深く頭を下げて感謝の意を表す。
嫉妬と焦燥を滲ませる蚊帳の外となった側室たちは、優美なサロンの中に不穏な空気を作るのだった。
バチバチと視線が衝突する中に、不機嫌な低い声が響いた。
「後宮内が慌ただしいようだな、どういうことか?」
側室たちは一斉に立ち上がって礼をとった、アリルだけがゆったりと席を立ち陛下へ挨拶をする。
「おはようございます、陛下。ただいま側室全員の引っ越し作業中でして、騒がしく申し訳ありません」
「引っ越し、どういうことだ」
アリルは薄く笑みを浮かべて「お恍けは困りますわ」と言うと陛下の腕に纏わりつこうと腕を伸ばした。
しかし、掴みかけた腕を無下に避けられた。
「んな!?」
「勅命を出されてもいないのに何を勝手な事をしている、立場を弁えよ」
「なぜですの?後宮を仕切るのは正妃の特権にして役目にございます、私は次代正妃として」
「何を言っているんだ?お前を正妃にした覚えはない」
「え?でもシアーネは失脚して」
細身で儚げな相貌のアリルは、大きな瞳に涙をためて陛下を上目使いで見つめた。
しかし、目の前の男には通用しなかった。
「よせ、見苦しい。娼婦を見ているようだ。泣き落としで正妃になれるものか!」
「なっ……!?なんてことを」
更にアリルを追い打ちをかけるような台詞が陛下から発せられた。
「正妃にはハウラナを置くことにした、居室の引っ越しは必要ない。いや、アリルだけは続行だな母国へ戻ることを許そう喜ぶが良い」
「なぜ私が帰ることになるんですか!?期限はあと1年…」
「必要がなくなったからだ、なぜわからない?」
「え……」
アリルの呆けた顔に陛下は溜息を吐いて続けた。
「大穀倉地帯で繁栄していたお前の国が未曽有の飢饉で疲弊しているからだ、戻って国を支えるべく貢献するが良い。……まさか母国からの手紙を読んでいないのか?愚かな、再三戻るよう国王が訴えてきていたのだぞ」
「どういう……ことですの?我が国は長年にわたって帝国に格安で穀物の献上をしてきましたわ!」
「貴様の国が豊かだったのは2年前までだぞ、嫁いできた年は台風で収穫量が激減、昨年度は病害で麦が全滅したと報告がきていた。お前の国を2年支えてやったのは帝国の情けだ。なぜ手紙を読まなかった?」
「え、だって、だって……ただの定期的な時候挨拶だとばかり……。情けで生かされていた?そんなバカな!」
「金食い虫の人質は保護できぬと2年前の会議で決定した、だが嫁いだばかりだった故に余が先延ばしにしたのだ」
現実を叩きつけられたアリルは泣き崩れた、少し落ち着くと周囲の冷めた視線に怯えながら退室していった。
母国に戻ったアリルが目にしたものは、荒れた国土と王と王妃の墓標だった。
アリルの国が地図から消えたのは、半年後の事である。
図らずも勝手に失脚したシアーネに代わり、アリルの指示の元に居室の総移動が始まったからである。
「わたくしのドレスから宝石が一粒でも落ちたら許さないわよ!」
「「「はい、畏まりました!」」」
正妃付きの侍女達が忙しく動き出すと、それを尻目にアリルはサロンに引っ込み優雅に茶を嗜むことにした。
そこへ他の側室たちも合流して、次代の正妃に媚売り合戦を繰り広げる。
「さすが仕事が早いです!聡明なアリル様らしいですわ」
「ふふ、まぁね。陛下のお手を煩わせるわけにいかないでしょう?当然のことをしたまで」
美辞麗句に酔いながらアリルは紅茶に砂糖を落としていた。
つぎつぎと飛びかう、薄っぺらで心の籠っていない賛辞を楽しそうに受け取って微笑む。
ゴマを擦っている事をアリルは良く理解している、かつて自分もシアーネにへりくだり媚を売ってきたからだ。そのうえで誰を贔屓するか篩にかけていた。
『第一第二はあまり賢くない母国力もそこそこ、第三は見目は悪いけど教養があって母国の造船技術は素晴らしいと聞いたわ、あとは鳴かず飛ばずね……』
「第三側室レーネ様、わたくしが編んだレースハンカチですの。良かったら受け取って?」
「まぁ!?宜しいのですか!感激ですわ!」
手作りの物を下賜する行為は「貴女と親睦を深めたい」という意思表示である。
当然に贔屓された証を恭しく受け取るレーネは、頬を紅潮させて深く頭を下げて感謝の意を表す。
嫉妬と焦燥を滲ませる蚊帳の外となった側室たちは、優美なサロンの中に不穏な空気を作るのだった。
バチバチと視線が衝突する中に、不機嫌な低い声が響いた。
「後宮内が慌ただしいようだな、どういうことか?」
側室たちは一斉に立ち上がって礼をとった、アリルだけがゆったりと席を立ち陛下へ挨拶をする。
「おはようございます、陛下。ただいま側室全員の引っ越し作業中でして、騒がしく申し訳ありません」
「引っ越し、どういうことだ」
アリルは薄く笑みを浮かべて「お恍けは困りますわ」と言うと陛下の腕に纏わりつこうと腕を伸ばした。
しかし、掴みかけた腕を無下に避けられた。
「んな!?」
「勅命を出されてもいないのに何を勝手な事をしている、立場を弁えよ」
「なぜですの?後宮を仕切るのは正妃の特権にして役目にございます、私は次代正妃として」
「何を言っているんだ?お前を正妃にした覚えはない」
「え?でもシアーネは失脚して」
細身で儚げな相貌のアリルは、大きな瞳に涙をためて陛下を上目使いで見つめた。
しかし、目の前の男には通用しなかった。
「よせ、見苦しい。娼婦を見ているようだ。泣き落としで正妃になれるものか!」
「なっ……!?なんてことを」
更にアリルを追い打ちをかけるような台詞が陛下から発せられた。
「正妃にはハウラナを置くことにした、居室の引っ越しは必要ない。いや、アリルだけは続行だな母国へ戻ることを許そう喜ぶが良い」
「なぜ私が帰ることになるんですか!?期限はあと1年…」
「必要がなくなったからだ、なぜわからない?」
「え……」
アリルの呆けた顔に陛下は溜息を吐いて続けた。
「大穀倉地帯で繁栄していたお前の国が未曽有の飢饉で疲弊しているからだ、戻って国を支えるべく貢献するが良い。……まさか母国からの手紙を読んでいないのか?愚かな、再三戻るよう国王が訴えてきていたのだぞ」
「どういう……ことですの?我が国は長年にわたって帝国に格安で穀物の献上をしてきましたわ!」
「貴様の国が豊かだったのは2年前までだぞ、嫁いできた年は台風で収穫量が激減、昨年度は病害で麦が全滅したと報告がきていた。お前の国を2年支えてやったのは帝国の情けだ。なぜ手紙を読まなかった?」
「え、だって、だって……ただの定期的な時候挨拶だとばかり……。情けで生かされていた?そんなバカな!」
「金食い虫の人質は保護できぬと2年前の会議で決定した、だが嫁いだばかりだった故に余が先延ばしにしたのだ」
現実を叩きつけられたアリルは泣き崩れた、少し落ち着くと周囲の冷めた視線に怯えながら退室していった。
母国に戻ったアリルが目にしたものは、荒れた国土と王と王妃の墓標だった。
アリルの国が地図から消えたのは、半年後の事である。
24
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する
こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」
そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。
だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。
「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」
窮地に追い込まれたフォーレスト。
だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。
こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。
これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる