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記憶
しおりを挟む分厚い外套のお陰か、メリサは凍えることなく公園の茂みの中で一晩過ごした。とはいえ、雨風凌げるわけではない。定住する場所を探さなければならない。
「そうは思ってもお金なんてもってないし、困ったな」
途方にくれた彼女だがあることに気が付く、女神様にあの時お願いした木片である。どうしてそんな物をお願いしたのか自身でもわからない。
「うーん、何故なんだろう?わからないわ……それに型とは一体なんなのかしら?それにこの道具たち」
次々蘇る記憶に彼女は頭痛がした。見た事もない街中、人々、人を入れて動く箱など、その中でも酷く魅かれた記憶があった。
「靴……?靴ってこれのことよね」
靴と言えば木をくり抜いたものだ、王様も貴族も裕福なものから、メリサのような貧乏人まで同じに木靴しかはいていない。違いと言えば装飾くらいだ。
「それに皮……どうしてなんだろう、解らないのに心が疼いてしまうの」
どうしようもなくそれらを手にして「作らなければ」と思ってしまう。しばらく頭痛に悶絶しながらやっと出た答えは己が靴職人だったという記憶だ。
「靴……そうだわ、私は職人だった……はず?」
採寸から始まり裁断、すいていく皮、折りこみ、そして縫製だ。それらはしっかりと手と身体が覚えている。そして彼女は感動で涙が溢れて来た。
「そうよ、私は靴職人だった!間違いないわ、覚えてるのよ何もかも」
絵を描くことも大好きだった、だが、記憶は曖昧でいまは其れしか覚えていない。以前の名前も性別すら覚えいない、けれどもそれだけで十分だった。
「嬉しい、こんなに嬉しいのは何故かしら?あぁ、早く靴を作ってみたいわ!」
***
メリサはその後、キャンバスから出した珍しいものを売り払い、なんとかアバラ屋を借りた。
「まさか、林檎があんなに高いなんて……それに蝋燭までも売れて嬉しいわ」
なんてことない真っ白な蝋燭は珍しがられ飛ぶように売れた。記憶にあったものを適当に描いただけなのだが、彼女は必要以上に描くことはしなかった。
「なるべくは自分の力でやりたいけれど、まだまだ女神様に頼り切りね」
最初の手作り靴は全て手作業だった、そのうちに細かいことでつまずいては”女神様”に祈って解決した。
「ミシンまで再現してくださるなんてなんとお礼をしていいか……そうだわ、女神様に靴を献上しよう」
何故だかわからないが大きさまで閃いて、30日ほどかけて全体を磨き上げれば完成だ。
「ふふ、女神様は履いてくださるかしら?どうか貴女様のもとに」
そう言って靴を祭壇に見立てた机の上に置いた、するとどうだろう。光の柱が届いたかと思うと靴は何処かへ消えていった。
「あぁ女神様、靴の履き心地はいかがでしょう?」
彼女は穏やかな気持ちで木型を抱いた。
やがて自身の靴を仕上げて最高の仕上がりに微笑む、同時進行で仕上げた靴は5足、少し大きめに作ったそれは微調整さえすれば誰でも履けるはずだと彼女は思う。
先ずは街中を歩いてアピールしようと試みた。
「軽やかで履き心地は最高だわ、どうか誰かの目に留まりますように」
その後、数日しないうちに貴族の目に留まり訪問を受けたメリサである。
「貴女がこの靴を製作したの?素晴らしいわ、是非私に譲ってくださらない?」
それは伯爵令嬢アベルタ・ヴィンチとの運命の出会いだった。
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