完結 男爵家の下女ですが公爵令嬢になりました

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
4 / 13

記憶

しおりを挟む




分厚い外套のお陰か、メリサは凍えることなく公園の茂みの中で一晩過ごした。とはいえ、雨風凌げるわけではない。定住する場所を探さなければならない。

「そうは思ってもお金なんてもってないし、困ったな」
途方にくれた彼女だがあることに気が付く、女神様にあの時お願いした木片である。どうしてそんな物をお願いしたのか自身でもわからない。

「うーん、何故なんだろう?わからないわ……それに型とは一体なんなのかしら?それにこの道具たち」
次々蘇る記憶に彼女は頭痛がした。見た事もない街中、人々、人を入れて動く箱など、その中でも酷く魅かれた記憶があった。

「靴……?靴ってこれのことよね」
靴と言えば木をくり抜いたものだ、王様も貴族も裕福なものから、メリサのような貧乏人まで同じに木靴しかはいていない。違いと言えば装飾くらいだ。

「それに皮……どうしてなんだろう、解らないのに心が疼いてしまうの」
どうしようもなくそれらを手にして「作らなければ」と思ってしまう。しばらく頭痛に悶絶しながらやっと出た答えは己が靴職人だったという記憶だ。

「靴……そうだわ、私は職人だった……はず?」
採寸から始まり裁断、すいていく皮、折りこみ、そして縫製だ。それらはしっかりと手と身体が覚えている。そして彼女は感動で涙が溢れて来た。

「そうよ、私は靴職人だった!間違いないわ、覚えてるのよ何もかも」
絵を描くことも大好きだった、だが、記憶は曖昧でいまは其れしか覚えていない。以前の名前も性別すら覚えいない、けれどもそれだけで十分だった。

「嬉しい、こんなに嬉しいのは何故かしら?あぁ、早く靴を作ってみたいわ!」



***



メリサはその後、キャンバスから出した珍しいものを売り払い、なんとかアバラ屋を借りた。
「まさか、林檎があんなに高いなんて……それに蝋燭までも売れて嬉しいわ」
なんてことない真っ白な蝋燭は珍しがられ飛ぶように売れた。記憶にあったものを適当に描いただけなのだが、彼女は必要以上に描くことはしなかった。

「なるべくは自分の力でやりたいけれど、まだまだ女神様に頼り切りね」


最初の手作り靴は全て手作業だった、そのうちに細かいことでつまずいては”女神様”に祈って解決した。
「ミシンまで再現してくださるなんてなんとお礼をしていいか……そうだわ、女神様に靴を献上しよう」
何故だかわからないが大きさまで閃いて、30日ほどかけて全体を磨き上げれば完成だ。

「ふふ、女神様は履いてくださるかしら?どうか貴女様のもとに」
そう言って靴を祭壇に見立てた机の上に置いた、するとどうだろう。光の柱が届いたかと思うと靴は何処かへ消えていった。

「あぁ女神様、靴の履き心地はいかがでしょう?」
彼女は穏やかな気持ちで木型を抱いた。


やがて自身の靴を仕上げて最高の仕上がりに微笑む、同時進行で仕上げた靴は5足、少し大きめに作ったそれは微調整さえすれば誰でも履けるはずだと彼女は思う。

先ずは街中を歩いてアピールしようと試みた。
「軽やかで履き心地は最高だわ、どうか誰かの目に留まりますように」

その後、数日しないうちに貴族の目に留まり訪問を受けたメリサである。

「貴女がこの靴を製作したの?素晴らしいわ、是非私に譲ってくださらない?」
それは伯爵令嬢アベルタ・ヴィンチとの運命の出会いだった。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

えっ、知らないんですか?

水姫
恋愛
帝国民なら誰でも知っている話なのですが……。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】婚約者候補の筈と言われても、ただの家庭教師ですから。《まるまる後日談》

との
恋愛
「・・お前、その程度でアメリアを脅せたのか? ある意味凄いな」 「勇者」 追いかけ回された家庭教師アメリアと愉快な三兄弟のその後の様子を少しばかり ーーーーーー 完全な後日談なので、本編をお読み頂いた後でなければ意味不明な内容かも (-.-;)y-~~~

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

処理中です...