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ただの木板
しおりを挟む「あ……少しそうそう、むにゃ……これなら納品できそう」
ブツブツと物を言いながら転寝しているのはとある男爵家の下女だ、彼女は幼い身体を縮こませて竈の脇で火の番をしている。
そこに意地悪な先輩下女がやってきて「メリサ、何をさぼっているの!」と頭を小突く。
「え、あぁごめんなさい……」
「ふん、良い御身分だこと!この調子じゃ夕飯は抜きね」
「そ、そんな」
ただでさえ碌に糧を貰っていないのに一日一食の貴重な食事を抜かされる。彼女は絶望に満ちた顔をする。
「ふははっ!良い顔!惨めね~いいこと、竈の火を落としたら煤払いしておきなさいよね」
「は、はい、わかりました」
お辞儀をして了解の意味を示した彼女に対して、先輩下女はワザと打つかって転がした。薄汚れた衣服が残っていた炭でさらに台無しだ。
「きゃははは!あースッキリした!じゃーねサボるんじゃないわよ!」
「……うぅ」
竈の火を落とすと薄暗がりになった、部屋を灯すのは油が僅かに残ったランプのみ。
煤払いを終えたメリサは一呼吸すると空腹が蘇り、腹が鳴り出した。グーグーと喧しい音に耳を塞ぐがどうにもならない。涙目になっていると一枚の板が目に付いた、薪にするには些か心許無い。
「どうしたのかしら、何かの台座?それにしては厚みが無さすぎる」
メリサの華奢な腕でもペコっと割れそうだ、良く見ればそれは綺麗なものだった。焼くのが惜しくなったメリサは其れを手に取って炭で何かを描きだした。
絵を描くのが好きな少女はあまりのひもじさにパンの絵を描く。
「絵に描いたパンはお腹は膨れないけれど慰めにはなるのかな、あ~お腹空いた……なんだか香ばしい匂いまでしてくるわ」
竈に残った何かが匂いを発生させているようだと彼女は思った。そう言えば今日はコーンのスープだったかなと思い返した。だが、彼女が口に出来るのは野菜クズの味のないスープだけだ。
「コーンてどんな味かなぁ……きっと美味しいはず」
描き終えて「ふぅ」っと溜息を吐いた、その溜息は木板に吸い込まれる。すると何故だかその表面が膨れた気がした。
「え……?」
膨れた箇所はパンを描いたところだった、どんどん膨れてポロリと絵から飛び出たではないか。
「まさかそんな!で、でもこれは紛れもないパンだ!」
彼女はそれに飛びつき夢中で食べた、少し甘く香ばしいそれはあっと言う間に胃袋に収まる。そして少女はポロリと涙を零した。
「あぁ、なんという奇跡……ありがとう神様、私は幸せです」
小さなパン一つで感動した少女は一心不乱でお礼の言葉を述べる。その時、何かが囁いた気がした。
”……なさ…………貴方に……るわ”
「え、なんて?誰かいるの?」
キョロキョロと見回すも誰ひとりいない、気のせいかと頭を傾ぐ。それきり話し声は一切聞こえなかった。飢えは一時凌げたもののまだ足りない。彼女はもう一度描こうとしたがそこでランプの油が尽きた。
仕方なく諦めて火が消えたそこに丸くなって眠るのだ。
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