完結 男爵家の下女ですが公爵令嬢になりました

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
1 / 13

ただの木板

しおりを挟む




「あ……少しそうそう、むにゃ……これなら納品できそう」
ブツブツと物を言いながら転寝しているのはとある男爵家の下女だ、彼女は幼い身体を縮こませて竈の脇で火の番をしている。

そこに意地悪な先輩下女がやってきて「メリサ、何をさぼっているの!」と頭を小突く。
「え、あぁごめんなさい……」
「ふん、良い御身分だこと!この調子じゃ夕飯は抜きね」
「そ、そんな」

ただでさえ碌に糧を貰っていないのに一日一食の貴重な食事を抜かされる。彼女は絶望に満ちた顔をする。
「ふははっ!良い顔!惨めね~いいこと、竈の火を落としたら煤払いしておきなさいよね」
「は、はい、わかりました」

お辞儀をして了解の意味を示した彼女に対して、先輩下女はワザと打つかって転がした。薄汚れた衣服が残っていた炭でさらに台無しだ。
「きゃははは!あースッキリした!じゃーねサボるんじゃないわよ!」
「……うぅ」



竈の火を落とすと薄暗がりになった、部屋を灯すのは油が僅かに残ったランプのみ。
煤払いを終えたメリサは一呼吸すると空腹が蘇り、腹が鳴り出した。グーグーと喧しい音に耳を塞ぐがどうにもならない。涙目になっていると一枚の板が目に付いた、薪にするには些か心許無い。

「どうしたのかしら、何かの台座?それにしては厚みが無さすぎる」
メリサの華奢な腕でもペコっと割れそうだ、良く見ればそれは綺麗なものだった。焼くのが惜しくなったメリサは其れを手に取って炭で何かを描きだした。

絵を描くのが好きな少女はあまりのひもじさにパンの絵を描く。
「絵に描いたパンはお腹は膨れないけれど慰めにはなるのかな、あ~お腹空いた……なんだか香ばしい匂いまでしてくるわ」
竈に残った何かが匂いを発生させているようだと彼女は思った。そう言えば今日はコーンのスープだったかなと思い返した。だが、彼女が口に出来るのは野菜クズの味のないスープだけだ。


「コーンてどんな味かなぁ……きっと美味しいはず」
描き終えて「ふぅ」っと溜息を吐いた、その溜息は木板に吸い込まれる。すると何故だかその表面が膨れた気がした。

「え……?」
膨れた箇所はパンを描いたところだった、どんどん膨れてポロリと絵から飛び出たではないか。
「まさかそんな!で、でもこれは紛れもないパンだ!」
彼女はそれに飛びつき夢中で食べた、少し甘く香ばしいそれはあっと言う間に胃袋に収まる。そして少女はポロリと涙を零した。

「あぁ、なんという奇跡……ありがとう神様、私は幸せです」
小さなパン一つで感動した少女は一心不乱でお礼の言葉を述べる。その時、何かが囁いた気がした。

”……なさ…………貴方に……るわ”

「え、なんて?誰かいるの?」
キョロキョロと見回すも誰ひとりいない、気のせいかと頭を傾ぐ。それきり話し声は一切聞こえなかった。飢えは一時凌げたもののまだ足りない。彼女はもう一度描こうとしたがそこでランプの油が尽きた。

仕方なく諦めて火が消えたそこに丸くなって眠るのだ。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

えっ、知らないんですか?

水姫
恋愛
帝国民なら誰でも知っている話なのですが……。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】婚約者候補の筈と言われても、ただの家庭教師ですから。《まるまる後日談》

との
恋愛
「・・お前、その程度でアメリアを脅せたのか? ある意味凄いな」 「勇者」 追いかけ回された家庭教師アメリアと愉快な三兄弟のその後の様子を少しばかり ーーーーーー 完全な後日談なので、本編をお読み頂いた後でなければ意味不明な内容かも (-.-;)y-~~~

処理中です...