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21 平和ボケで何が悪い

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レイゲ一家の処刑から2週間後、デゲネフ共和国から親書が届けられた。早馬を駆り送られたものだがラクシオン側はすでに把握している。
女王の放った密偵の報告書とほぼ同じ内容を目に通すと、アラベラはモノクルを外して目頭を押さえる、哀悼したわけではなく老眼が辛いだけだ。
「モノは言いようだわね、あちらの言い分では”不法入国者を処分した”と書いて寄越したわ。こちらとしては手間が省けて僥倖だわよ」
難癖をつけて賠償金を払えと宣うかと身構えていた女王アラベラは肩透かしをくらい拍子抜けをした。宰相と外務大臣も同様の感想を述べる。

出奔前のレイゲ総務大臣は碌に仕事もしていない役立たずだった、それでも金をばらまく腹黒狸だったので政務においては人脈が広かった。今となってはそれが功を奏したと言えた。無能だからこそラクシオン国の秘匿する重要事項が漏れずに済んだのである。
「飼い殺ししていた事が無駄に終わってさぞ歯噛みしているでしょうね」
女王は共和国との和平協定の更新を停止するという書面にサインをして国爾を押した。

「際の小競り合いが戦に繋がる可能性もあるけれど仕方ないわ。色々やらかしたのは向こうですものね」
女王の言葉に鷹揚に頷いて賛同した宰相が言う。
「御意、万が一にもデゲネフが仕掛けてくるようなら他国が黙っていないでしょう。ラクシオンが友好条約を交わしているのはデゲネフだけではないのですから」
そして、小国だからと軽んじられがちなシャロンの生国ライトツリーであるが、魔術に優れた人材を多く有している。彼女の国が平和主義でなかったら世界の脅威となる国力を保持しているのだ。

「嫁のシャロンの魔法を聞いてわかったわ、怒らせたらいけないとね。決して眠れる獅子の尾を踏んではならないわ」
ライトツリーの王族は転移魔法に特化しているという、直接目にしたわけではないが、レックスが体験したことを聞いた女王は使い方によっては瞬時に国ごと消滅させることもあり得ると畏怖したのだ。個人が放つ術は微細であっても統合して発揮した魔術は恐ろしいに違いない。

「頼むわよサムハルド……あの子を怒らせちゃ駄目だからね!」
美味しい海鮮が欲しいという本音はグッと内側に押しやって女王は再び執務机に向き直る。

***

冬から春にかけてなにかと多忙だった王城は漸く通常運転に戻っていた。
決して暇になったわけではないが、深刻な問題はさして発生していない。
国全体は初夏の農作業で活気に満ちていた、気温の上昇と共に青々としていく田園は眩しい緑色を放っている。国の豊かさを居室の窓から眺めたシャロンは素敵な国に嫁げて幸せだと呟く。
「この国に来てもうすぐ1年ですね、あっという間でした」
冷茶を淹れながらネアが感慨深げに言う、シャロンも本当にその通りだと頷く。

「ふふ、一時は離縁を覚悟した時もあったのに、こうして穏やかに過ごす日がやってくるなんて信じられない」
グラスに注がれた茶を受け取って、己の魔法で氷を沈めた。キンと冷えた茶が喉を通ると爽やかな香気でいっぱいになった。
「そこまで深刻だったのですか、気が付かず申し訳ありません!」
「いいのよ、ネア。誰にもうち開けていなかった事だもの……狩猟の時に彼には聞かれちゃったけどね」
崖下での事を思い出した彼女はほんのり頬を染て視線を落とす、愛を告白し合ったあの日は忘れることはないだろう。

「あら、そういえば狸ちゃんの処遇はどうなったのかしら?」
今更ながらブリジットの事を思い出したシャロンであった、王城の牢に囚われていると聞いたが処分のことは知らない。
気になった彼女はサムハルドの元へ訪ねて諸々の事を聞くことにした。




「や、やあ!私の部屋へキミが来てくれるだなんて!」
「急に訪ねてごめんなさい」
恐縮するシャロンだったが、大歓迎だと迎え入れる夫は侍従らに一番良い茶を出せと大騒ぎした。
「あいにく水菓子しか用意できないがゆっくりしてくれ」
「いいえ、十分ですわ。長居をいたしませんからお気遣いなく」

「え……ゆっくりしていかない…の?」
主人に留守番をさせられた犬のように悄気たサムハルドは「きゅ~ん」と泣きそうな顔をする。彼女の前でだけすっかり感情が豊富になった彼を見てシャロンは噴き出してしまう。
「けふん、ごめんなさい。えっとあまり愉快な話ではないので……」
ほんの少し陰った妻の顔を見たサムハルドは仕事するような生真面目な態度に切り替えた。


「なるほど……ブリジットのことだったか、実はレイゲを糾弾する際に一緒に処する予定だったらしいんだ。だが彼らは異国で果ててしまったからね。最近まで保留になっている」
事情を聞かされたシャロンはそうだったのかと納得する、被害者である彼女としては複雑な心境である。
害意を向けられてきたと当人としては許すつもりは毛頭ないようだが、それでも”死罪”は受け入れ難いと思うのだ。
できれば穏便にと伝えた、しかしそれでは示しがつかないと夫は言う。

結局処分保留のまま地下牢に幽閉されたブリジットは数年間そこで生きることになった。
薄暗がりで生活するうち精神が病んでしまった彼女は、北の牢獄へ移送され生涯王都に戻ることは叶わなかった。
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