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16 春の狩猟会

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時は3月となり国の景色は一気に春色になった。
シャロンは雪景色も美しくて好きだが、やはり命が芽吹く春は素晴らしいと思った。
その日は休日ということもあり彼女はノンビリと過ごす予定である、冬の間は忙殺されていた日々を送っていたものだから知らずうちに身体には疲労が溜まっている。
大欠伸をすると途中で読むのを止めていた本を取り出して、どうせなら初めから読み直そうとカウチに座る。
開かれた窓から”チキチキ”と囀る小鳥の声が耳に届く。
「あぁ春ねぇ」

しみじみと長閑な春を楽しんでいると忙し気なノックと共に侍女のネアが衣装箱を抱えて突入してきた。
「これ、ネア。乱暴にしてはいけないわ」
「すみません!狩猟会の御召し物が届いたものですから」
侍女は頬を紅潮させながら詫びる、両手いっぱいの荷物を抱えた彼女は軽やかに歩いて荷を下ろす。
主は「手伝って貰えば良かったのに」と肩を竦めたが、「シャロン様のものは私が全責任を持って運びたいのです」と言って譲らない。
意外と頑固さんな侍女にシャロンは苦笑いを浮かべて労った。

「ありがとう、一緒に解きましょうか。試着を手伝ってね」
「もちろんです!」
届いた衣装は動きやすいジャケットとベストそして細いスラックス、それから帽子とブーツである。
ひらひらで動きにくいドレスばかりだったシャロンにとっては新鮮な装いであった。
海の国ライトツリーでは狩猟会の習慣がなかった為、初めての体験に心を躍らせる彼女である。

着用が済むとさっそく姿見の前へ立つ、クルリと回って違和感はないかチェックをした。
「良さそうですね、きつい所はないですか?」
「ええ、大丈夫よ。ぴったりしっくりで驚いているわ」
それを聞いたネアは含み笑いをしてから「実はサムハルド殿下が見立てたものです」と言った。
「え……女王様ではなく?”任せて頂戴”とおっしゃっていたのに」
女王と王女と共に先月に行った採寸の際にそう言われて、テーラーに頼んだはずだとシャロンは訝しんだ。

「うふふ~、サプラ~イズらしいですわ」
「げっ!それじゃ私のサイズが殿下にバレたじゃない!とんだ辱めだわ!」
プリプリと怒るシャロンに「王子殿下はなんでも知っておきたいらしいです」と侍女が言う。
「何でもって……さすがに気持ち悪いわよ!私のお尻のサイズを知ってどうするのよ!」
「え……あぁ、あちゃ~殿下の心遣いが裏目に」

良かれと思ったサプライズが失敗だったことを王子に代わって後悔するネアである。

***

3月末のこと。
狩猟会当日の朝は早い、好天に恵まれたようだが春とはいえ少し肌寒かった。
外套を纏った参加者らは朝靄が漂うそこに屯して挨拶を交わし合っていた。狩猟会の場所は王家所有の広大な森林である、ルールはシンプルで飛び上がった鳥のみを狩る事、獲物の体長が最大だった者が優勝である。
婦女子も参加するこの催しは安全のために配慮されている。

森林のそこここには護衛兵が点在して待機しており、不測の事態に備えていた。もちろん救護班もおり手当するためのキャンプが設置されていた。
「想像より万全で望みますのね、安心したわ」
初心者のシャロンは周囲を見回して安堵の溜息をはいた。彼女の横には侍女ネアが控えている、そして王子殿下サムハルドもとうぜん間近にいる。

「似合っているよシャロン、贈った甲斐がある」
自ら生地を選び発注したサムハルドは見事に着こなした妻を見て満足そうに頷いた。
しかし、妻からの反応がいまいちで「おや?」と首を傾げる。
「えっと……なにか至らないところがあったのかな?」
「……いいえ、別に」
返って来た言葉がかなり素気なくて夫は酷く狼狽する、挙式をあげた頃の妻に戻ってしまったことに愕然とした。
彼女は照れているだけなのだが、それが通じる由もなくサムハルドはオロオロしてしまう。

悄気かえる王子殿下を見た侍女ネアがこっそり耳打ちして伝えた。
「じつは体のサイズを知られたことに立腹してまして……」
「!?なんてこと、私は配慮に欠けていたようだ」
相変わらず女性の機微に疎いらしいサムハルドは白い顔をさらに白くして項垂れたのだった。
「ですが殿下!大物を仕留めて是非とも優勝を捥ぎ取りましょう、挽回するのです!射止めるのは鳥だけではありませんよ」
「そ、そうだな!立派な雉を仕留めて、いいや狙いはカモかキジバトか」
走るほうが得意で低空で飛ぶ雉は長く飛翔しない為難しいという、ヒヨドリも美味しいというが小柄である。

主催である女王の挨拶が終わるといよいよ開始である。
特別に参加した騎士団総長が空に向けて空砲を飛ばした、狩猟会開始の合図だ。
「行くよシャロン、流れ弾はないと思うが気を付けて私から離れてはいけない」
「はい、わかりましたわ」
従順に頷いた彼女の武器は銃ではない、魔法が得意な彼女は氷礫でもって狩るようだ。

「負けませんわよ!」
分厚い外套を脱ぎ捨てたシャロンはヤル気満々である。



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