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6 狸からの宣戦布告
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ラクシオン城において、シャロン妃殿下と侍女の評判が上がり敬意を表す者がいっきに増えて行った。
しかし、それを良く思わない敵も存在する。
その理由は女王がまだまだ若く、政務にも熱く望む姿勢が臣民を惹き付けて止まないからだ。結果、王太子の指名は行われる時期ではないのである。
近年まで第一王子サムハルドと第二王子レックスの実力は拮抗していたが、サムハルドの妃が有能であると知れ渡った今、勢力が第一王子派に流れつつあった。もとより女王アラベラ自身が第一王子に期待をしているのだが、王権を継ぐ事はそう単純なことではない。
まだ折れていない第二王子派は何かと足元を掬おうと企ているに違いないのだ。
茶会から二月経った初秋の頃、動きがあった。
レックスを推す王族分家筆頭のザクウェル公爵がブリジット・レイゲ伯爵令嬢に接触してきたのである。
政敵であるはずのレイゲ伯爵の娘を秘密裡に公爵家へ招いて丁重な持て成しをしているところだ。
その理由はひとつ、引き込んで手駒にするためだ。
「如何ですかなこの一点物の装飾品に付いているのは希少価値が非常に高い宝石です」
「え、ええ見事ですわ」
目のまえに突き出されたそれは黄金の台座に大粒の淡い青石が輝くネックレスである。
宝飾品に目が無いブリジットはゴクリと唾を飲む。
「デアジェバイト……女神の貴石、あぁこんな見事な石は初めて拝見するわ!」
触れるのも畏れ多いと彼女はたじろぐが、その瞳には欲の色でギラギラしている。それを見逃さない公爵はニタリと嗤う。
存分に見せつけた所で箱をパタリと閉じてしまう。
もっと見ていたかったブリジットは恨めしそうに公爵の手元を凝視していた。さっさと手にしてみれば良かったと後悔した。
「これはおいそれと手に入りませんからな、時価にして数億は下らない」
「ええ、そうでしょうとも……うぅ」
物欲丸出しの彼女の表情を堪能してから公爵は本題を切り出すのであった。
***
「サム~!会いたかったわ、近頃の彼方ときたら多忙過ぎるのではなくって?」
先触れも寄越さずにいきなり執務室にやってきたブリジットに、面食らうサムハルドと側近達は数秒ほど固まる。
彼らは数刻後に迫る議会の資料を最終チェックしていた。危うく山と積んだ紙束を崩すところだったと怒る。
そんな様子を見てもまったく臆さない鋼メンタルの彼女は、さも当たり前のように王子に抱き着いた。
「止さないかブリジット、お前の相手をする暇などないのだ」ドアにいた兵士は何をしていたと立腹する。
そして、彼女の手を乱暴に振り払う王子だが、それで動じる相手ではない。乱入してきた時と同じ笑顔で彼に話しかけ続ける。
「あのぉ、皆さんお疲れだと思ってお茶と菓子を用意しましたのよ!是非食べてくださいな」
彼女の性格を知らない男であれば鼻の舌を伸ばして喜んだに違いない。
だが、ここに居合わせた者には狸女の効力が発揮しない。ブリジットに集まるのは侮蔑の視線だけだった。
「なによう!無視した上に摘まみだすなんて!相変わらずの石頭だわ」
なんとか篭絡しようと画策する彼女は、次はどんな手を使おうかと奸智を働けせて廊下を歩いた。差し入れ程度では心を揺さぶれないことくらいは承知している。
数分ほど歩いた先の向こう側から、知った顔を発見したブリジットは昏い笑顔を浮かべた。
澄ました顔のシャロンとその侍女ネア、そして城の侍女が数名ほど侍って付いてきていた。
「あらぁごきげんよう、すっかり馴染んじゃって侮れない女狐ね!」
細面で涼し気な目を揶揄してきたブリジットに対してなんの反応も見せぬままシャロンは通り過ぎる。
「ちょっと!挨拶してあげたのにその態度はなによ!」
馬鹿にしないでと声を荒げる彼女だったが、妃はちらりと横目を寄越すのみだった。
渋々反応したのは意外にも城の侍女らだった。
「あらやだ、目上の者が声を掛けるまでは頭を下げて待機するのが常識だわ」
「頭に詰まってるのは綿かしら、それとも委縮してスカスカなのかしら?」
「いいえ、きっと腐ったジャガイモでも詰まってるのよ」
侍女とはいえそれなりの家格を持つ令嬢の彼女らは辛辣な言葉でもって応戦してきた。
ブリジットは顔を赤く染めて憤慨したが、そこで退散する女ではない。
「んな!……ふん、いつまで気取った態度でいられるかしらね妃殿下?夫婦仲は最悪らしいじゃない、とっとと田舎へ帰れば良いのよ。女王陛下も彼も海鮮が好きなだけなんですからね!」
ざまぁと捨て台詞を残し、場を離れようとしたブリジットだったが予期せずシャロンから声がかかった。
「レイゲ嬢、垂れ目メイクが崩れて狸になってますわ。外を歩く時は鏡を持参すべきですよ」
「え!?た、タヌキですって!」
狼狽えた彼女は目元を押さえて走りだした、はしたないその姿を見送る侍女達が声を上げて笑った。
化粧室にと飛び込んだブリジットは太めに引いたアイラインが擦れて目淵を真っ黒にしていたことに驚愕した。
恐らく王子に手を振りほどかれた際に掠めたらしい。
「きぃ~~!私の可愛い顔がぁあ!」
しかし、それを良く思わない敵も存在する。
その理由は女王がまだまだ若く、政務にも熱く望む姿勢が臣民を惹き付けて止まないからだ。結果、王太子の指名は行われる時期ではないのである。
近年まで第一王子サムハルドと第二王子レックスの実力は拮抗していたが、サムハルドの妃が有能であると知れ渡った今、勢力が第一王子派に流れつつあった。もとより女王アラベラ自身が第一王子に期待をしているのだが、王権を継ぐ事はそう単純なことではない。
まだ折れていない第二王子派は何かと足元を掬おうと企ているに違いないのだ。
茶会から二月経った初秋の頃、動きがあった。
レックスを推す王族分家筆頭のザクウェル公爵がブリジット・レイゲ伯爵令嬢に接触してきたのである。
政敵であるはずのレイゲ伯爵の娘を秘密裡に公爵家へ招いて丁重な持て成しをしているところだ。
その理由はひとつ、引き込んで手駒にするためだ。
「如何ですかなこの一点物の装飾品に付いているのは希少価値が非常に高い宝石です」
「え、ええ見事ですわ」
目のまえに突き出されたそれは黄金の台座に大粒の淡い青石が輝くネックレスである。
宝飾品に目が無いブリジットはゴクリと唾を飲む。
「デアジェバイト……女神の貴石、あぁこんな見事な石は初めて拝見するわ!」
触れるのも畏れ多いと彼女はたじろぐが、その瞳には欲の色でギラギラしている。それを見逃さない公爵はニタリと嗤う。
存分に見せつけた所で箱をパタリと閉じてしまう。
もっと見ていたかったブリジットは恨めしそうに公爵の手元を凝視していた。さっさと手にしてみれば良かったと後悔した。
「これはおいそれと手に入りませんからな、時価にして数億は下らない」
「ええ、そうでしょうとも……うぅ」
物欲丸出しの彼女の表情を堪能してから公爵は本題を切り出すのであった。
***
「サム~!会いたかったわ、近頃の彼方ときたら多忙過ぎるのではなくって?」
先触れも寄越さずにいきなり執務室にやってきたブリジットに、面食らうサムハルドと側近達は数秒ほど固まる。
彼らは数刻後に迫る議会の資料を最終チェックしていた。危うく山と積んだ紙束を崩すところだったと怒る。
そんな様子を見てもまったく臆さない鋼メンタルの彼女は、さも当たり前のように王子に抱き着いた。
「止さないかブリジット、お前の相手をする暇などないのだ」ドアにいた兵士は何をしていたと立腹する。
そして、彼女の手を乱暴に振り払う王子だが、それで動じる相手ではない。乱入してきた時と同じ笑顔で彼に話しかけ続ける。
「あのぉ、皆さんお疲れだと思ってお茶と菓子を用意しましたのよ!是非食べてくださいな」
彼女の性格を知らない男であれば鼻の舌を伸ばして喜んだに違いない。
だが、ここに居合わせた者には狸女の効力が発揮しない。ブリジットに集まるのは侮蔑の視線だけだった。
「なによう!無視した上に摘まみだすなんて!相変わらずの石頭だわ」
なんとか篭絡しようと画策する彼女は、次はどんな手を使おうかと奸智を働けせて廊下を歩いた。差し入れ程度では心を揺さぶれないことくらいは承知している。
数分ほど歩いた先の向こう側から、知った顔を発見したブリジットは昏い笑顔を浮かべた。
澄ました顔のシャロンとその侍女ネア、そして城の侍女が数名ほど侍って付いてきていた。
「あらぁごきげんよう、すっかり馴染んじゃって侮れない女狐ね!」
細面で涼し気な目を揶揄してきたブリジットに対してなんの反応も見せぬままシャロンは通り過ぎる。
「ちょっと!挨拶してあげたのにその態度はなによ!」
馬鹿にしないでと声を荒げる彼女だったが、妃はちらりと横目を寄越すのみだった。
渋々反応したのは意外にも城の侍女らだった。
「あらやだ、目上の者が声を掛けるまでは頭を下げて待機するのが常識だわ」
「頭に詰まってるのは綿かしら、それとも委縮してスカスカなのかしら?」
「いいえ、きっと腐ったジャガイモでも詰まってるのよ」
侍女とはいえそれなりの家格を持つ令嬢の彼女らは辛辣な言葉でもって応戦してきた。
ブリジットは顔を赤く染めて憤慨したが、そこで退散する女ではない。
「んな!……ふん、いつまで気取った態度でいられるかしらね妃殿下?夫婦仲は最悪らしいじゃない、とっとと田舎へ帰れば良いのよ。女王陛下も彼も海鮮が好きなだけなんですからね!」
ざまぁと捨て台詞を残し、場を離れようとしたブリジットだったが予期せずシャロンから声がかかった。
「レイゲ嬢、垂れ目メイクが崩れて狸になってますわ。外を歩く時は鏡を持参すべきですよ」
「え!?た、タヌキですって!」
狼狽えた彼女は目元を押さえて走りだした、はしたないその姿を見送る侍女達が声を上げて笑った。
化粧室にと飛び込んだブリジットは太めに引いたアイラインが擦れて目淵を真っ黒にしていたことに驚愕した。
恐らく王子に手を振りほどかれた際に掠めたらしい。
「きぃ~~!私の可愛い顔がぁあ!」
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