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最終話
しおりを挟む「ひひ、可愛がってや……ゲフゲフッ!ゴホォ!」
「きゃあ!?な、何!いやあ!汚い!」
血反吐を盛大に撒き散らすジャックはそのまま昏倒してしまう。血塗れになりながら一体何が起きたのだろうと彼の身体をカトリーヌは押し退ける。その姿は悲惨過ぎた。
「な、なんで!?いったいどうなっているのよ!」
エレインとて予期していない事に驚愕するばかりだ、起きなさいと何度も叱咤するがジャックは「うぅん」と呻くだけである。二人の押し問答を余所に血濡れのカトリーヌはふらふらと起き上がり再び脱出を図る。
「くぅ!どうにか今のうちに!せいの!てやぁ!」
ガシャグシャと椅子が大音を立てて破壊された、しかし、窓枠は半壊した程度だ。やはり簡単にはいかない。するとジャックを諦めたらしいエレインが背後に周り怒声を浴びせて来た。
「あんた!伯爵邸のホールを台無しにしてただで済むと思わないことね!」
「まぁ、呆れたここまでの事をやらかしておいて……」
ここまできて上位貴族の身分を笠に着ようとするエレインに対して唖然とするカトリーヌである。犯罪を犯しながらなんて図太いと思った。
「この!その生意気な目はなんなのよ!売女が!」
大振りをかましてカトリーヌに手を振り下ろそうとした、だが頬を弾く音はしなかった。
「そこまでだ、エレイン、エレイン・ダイナース卿。すべては見させて貰ったよ」
「え!な、なんで貴方がここに!?」
大きく振りかぶった腕はフェリクスの手によって止められた。秘密裡に今回のことを企てたはずだと言ったエレインは「はっ」と口を噤んだ。だが、時すでに遅しで言質を取られた。
***
「遅くなって済まなかった。やはり卑怯な手口を使ったな、過去にも何度かやらかしているのだろう手際が良すぎる」
「あぁ、フェリクス。貴方が言った通りに罠だったのね、どう私の名演技は?」
「いやぁ、これきりにして欲しいよ、気が気ではなかった。無事で良かった、しかし、あの男が血反吐を吐くとは思わなかったよ」
彼ジャックは肝硬変の末期で静脈瘤破裂を引き起こしたらしい。いま時点で手遅れであるとは医者の見立てだ。
「愚かなジャック……命を落とすのは貴方のほうだった」
彼女はぎゅっと目を瞑り今回の悲劇を回顧した。今回のことが明るみになり、ダイナース伯爵家は取り潰しとなり、エレインは不貞行為の誘起を企てたとして極刑となった。
やがて春が訪れ爽やかな初夏を迎えた頃、一組のカップルがウェディングアイルを歩いていた。さまざまな貴族達から祝福を受けてライスシャワーを浴びている。
「おめでとうガドナル卿!素晴らしい!」
「素敵ですわカトリーヌ様!おめでとうございます」
口々に言祝ぎを交わす貴族たちの腹内はわからないが、とにかく目出度い日を迎えたカトリーヌとフェリクスである。
「今日のこの日をありがとう、私は幸せよ」
「はは、それはこちらの台詞さ!愛しのカティ!」二人は今日二度目の熱い口づけを交わすのだった。
***
「あぁ、また見知らぬ誰かが結婚式をあげているわ……ねぇベイビー」
リンゴンと奏でる音に耳を澄まし、物言わぬ襤褸切れにそう微笑むのはアンナ・パレナである、あれから子を出産したは良いが劣悪な環境にあって乳飲み子は高熱を出し儚くなっていた。
「ねぇウフフ、今日は河川敷まで散歩しましょうか。ベイビー」
カラコロと空の乳母車を引いて彼女は嬉しそうに歩いていた。
完
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