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惨殺事件
しおりを挟む「止めろ、やめてくれぇ、この通りだ!」
形振りかまっておれない男は土下座して命乞いをしていた、手足を傷つけれられて周囲は血塗れた。腱を斬られた男は逃げることも出来ない。
「その軽い頭になんの価値があると?ふふふっ、死んで詫びろ!」
「うあああああ!」
とある屋敷が解体されていた、人々は遠巻きにしてその場所を眺めている。
「なんでもここの主が殺されたとか……」
「ええ、恐ろしいこと!屋敷の娘さんは行方知れずらしいよ」
口さがない連中は見聞きしたことをセンセーショナルな噂話として撒いて歩く。貴族の醜聞はいつでも恰好の餌らしい。
現場は血の海で足の踏み場もなかったなど、真偽のほどはわからないがそような噂が立った。その屋敷に勤めていた家令とその従者たちはいまは何処にいるのかすらわからない。
「余程の事があったんだよ、侯爵家は皆バラバラらしい」
「だろうねぇ、気の毒に」
節度の欠片もない悪い噂は尾鰭がついて、どんどんと広がって行く。
「あああ……私は今後どうしたら良いの?」
頽れる元侯爵夫人は生家の部屋でさめざめと泣いていた、彼女は伯爵家に戻りそこで余生を送ることになる。だが、待遇は宜しくない。
今まで侯爵夫人として大きな顔をしてきたのだから当たり前だ。
当主が儚くなり、それを継ぐはずの子息は凄惨な現場を見て可笑しくなった。侯爵位を返上するしか手立てはなかったのだ。僅かに見舞金を手にしたがそれだけだった。
サンボニッチ王国は周辺国から攻められて疲弊しており、貴族の御家騒動など相手にしていられない。いつ王族が解体されるか分かりはしないのだ。
その家の娘ブリジッタ・ビンテルは男装したまま遁走していた。
「ふふ、親殺しは大罪だわ。でもこれで少しはすっきりした、あの高慢な父の死に様ったらなかったアハハハッ!命乞いをして無様に死んでいった……次はカルミネ・サンボニッチよ、東へ急がねば」
復讐鬼と化したブリジッタは目が血走り尋常ならざる表情を浮かべている。乗り継ぎの辻馬車に乗り込む彼女は目深にフードを被りとても昏い目をしていた。
***
命を狙われているとは知らないカルミネは今も結界の外にいて機会を狙っていた。出入りをするものに追随して入り込もうとしたり、結界を破ろうと魔法を展開した。
だがそれらは虚しいほど無駄だった。
「くそう!どうあっても私を拒絶するのか!あの女めぇ!アデリナの癖に!」
聖国の前で神聖巫女の悪口を言うその豪胆さは呆れたものだ、誰かの耳に入ったら事だと言うのに流石の側近たちもドン引く。
「王子殿下、少し冷静になってください。無駄に入り込もうとせず、外に出てくるのを待ちましょう」
「なんだと?」
「どうやら定期的に巫女様は外に出られているとの事。そこを狙うのですよ」
「ほほう……そうなのか、良いことを聞いた!ならば、その外出するタイミングを計るのだ!結界の隅々を調べろ」
「御意」
こうして無い頭なりに遭遇する企てをしていたカルミネはテントの中へ入ってごろ寝した。果報は寝て待てというが果たして上手く行くのだろうか。
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