8 / 9
8 毒女
しおりを挟む
レイフ・ウォールが様々な詐欺行為により断罪され、揚げ句は変死体で発見されたと知った未亡人ミシェル・オルグレンは深い悲しみと不安が重なり憔悴の日々を過ごしていた。心労がたたったのか輝いていた美貌は見る影もなく衰えて目は落ち窪み、深い皺まで出来ていた。
塞ぎこんだ彼女は社交に出ることもなくなり自室に籠って寝込むことばかり続いている。
そこへ執務を片付けた息子ニールが見舞いに尋ねて来た。
「ニール、私のことは放っておいて……近頃は一人で過ごすのが楽なのよ」
「見た目を気にしているのですか、年相応の姿になっただけでしょう?母上……いままでが異常だったのですよ、年若い男と浮名を流すのもこれっきりにして落ち着いてください。」
落ち込む彼女に追いうちの言葉を掛けるのは長男のニールである、彼は少年の頃は自慢の美しく聡明な母だったがいつからか彼女に侮蔑の視線を投げるようになっていた。
長男ニールが家督を継いだのは19歳の時だった。
父親ニックが60歳で心臓発作で突然他界し、悲しむ暇もなく新侯爵として多忙の日々を過ごした。気が付けば母は屋敷を開けることが増えていて不信感を抱いた。人を使い動向を調べてみれば若く美しい男に骨抜きにされ私財のほとんどを貢いでいると知った。
「母上は酷い人だ、父上の葬儀でもろくに涙を見せなかった癖に、得体の知れない男の為には全身全霊で嘆くのですね。レイフはボクとほとんど年齢差がないのでしょう?……汚らわしい売女だ!今すぐにでも屋敷から追い出したいほど嫌悪を感じる……でもボクは優しいから我慢してあげます、貴女が相応しい死を迎えるまでわね」
急に語気荒くなった息子に驚いて、ミシェルは狼狽した。
寝具から立ち上がり親に対する不遜な言いようを正そうとした、――だがそれは出来ない。
床に足を付くのもままならない、まして数歩歩く事も出来なかった。
「どうしました母上、幼い頃のように窘めたら如何か?ボクが悪戯した時のお尻ペンペンは痛かったよ」
「……ぐ……ぅ、はぁはぁ。陽の光を浴びてないせいか……食欲もないし力が入らないの、近頃は手足も痺れて辛いわ。医者を呼んで頂戴」
話を逸らし、青白い貌を歪ませてそう請う母にニールは悲愴な表情で見つめ返した。
「母上、父が病床にいる時貴方はどこにいた?どこで笑っていた?あぁ、答えずとも良いですよボクは不都合な真実を全部知っているから。医者を呼ぶのは無理ですが後で見舞いの花を届けましょう。」
「花?そんなもの……」
ゼェゼェと苦し気に息をするミシェルは訝しく息子を見る。自分によく似た瓜実の顔からは哀れと憎悪の色が見えた。彼はゆっくり口を開くとこう言った。
「母上によく似た美しい花です、一見は華美のようで清楚な色をしている。紫の花はとても綺麗なのです。是非母上に見て貰いたいものだ」
「紫……そう私が好きな色だわ」
僅かに見せた息子の慈愛に縋ったミシェルは微笑みを見せた。だが息子ニールの態度は冷たいままだった。
「花の名はたしか面白いものでした、鳥の頭に似ているのが由来とか。あぁ母上のほうがずっと詳しいですよね?これは失礼なことを言ってしまったハハハハッ」
「ひぃ!?」
顔を歪めて笑うニールに悪意が満ちていることにミシェルは慄き、慌てて後退するも背後の堅いベッド板がそれ以上の動作を阻む。
「知ってますよね、トリカブト……美しい貴婦人が紫のドレスを纏って佇んでいるようにも見える。その美しさの陰には恐ろしい毒が潜んでいる。まさに今の母上のようだ。恐ろしい……その毒は父上を殺した、美しい殺人鬼ミシェル、ボクは貴女に倣って最期まで愛しんでさしあげよう」
「ひ……た、助けて……だれか」
ミシェル慌ててサイドボードに手を伸ばし、呼び鈴を掴んだが音が鳴ることはなかった。器を叩く玉が外されていたからだ。
「疲弊している母上にひとつだけ朗報がございますよ、聞きたいですか?聞きたいだろうなぁだって愛してやまないレイフの情報だもの、クククッ」
「な、なんですか!?もったいぶらず仰いな!」ミシェルは病み始めた震える体を抱きしめながら問う。
「レイフの妻ミラベル様が検死に立ち合いこう言ったそうです。”これは夫ではない”とね、本物の悪漢レイフはどこへ消え失せたのでしょうね」
塞ぎこんだ彼女は社交に出ることもなくなり自室に籠って寝込むことばかり続いている。
そこへ執務を片付けた息子ニールが見舞いに尋ねて来た。
「ニール、私のことは放っておいて……近頃は一人で過ごすのが楽なのよ」
「見た目を気にしているのですか、年相応の姿になっただけでしょう?母上……いままでが異常だったのですよ、年若い男と浮名を流すのもこれっきりにして落ち着いてください。」
落ち込む彼女に追いうちの言葉を掛けるのは長男のニールである、彼は少年の頃は自慢の美しく聡明な母だったがいつからか彼女に侮蔑の視線を投げるようになっていた。
長男ニールが家督を継いだのは19歳の時だった。
父親ニックが60歳で心臓発作で突然他界し、悲しむ暇もなく新侯爵として多忙の日々を過ごした。気が付けば母は屋敷を開けることが増えていて不信感を抱いた。人を使い動向を調べてみれば若く美しい男に骨抜きにされ私財のほとんどを貢いでいると知った。
「母上は酷い人だ、父上の葬儀でもろくに涙を見せなかった癖に、得体の知れない男の為には全身全霊で嘆くのですね。レイフはボクとほとんど年齢差がないのでしょう?……汚らわしい売女だ!今すぐにでも屋敷から追い出したいほど嫌悪を感じる……でもボクは優しいから我慢してあげます、貴女が相応しい死を迎えるまでわね」
急に語気荒くなった息子に驚いて、ミシェルは狼狽した。
寝具から立ち上がり親に対する不遜な言いようを正そうとした、――だがそれは出来ない。
床に足を付くのもままならない、まして数歩歩く事も出来なかった。
「どうしました母上、幼い頃のように窘めたら如何か?ボクが悪戯した時のお尻ペンペンは痛かったよ」
「……ぐ……ぅ、はぁはぁ。陽の光を浴びてないせいか……食欲もないし力が入らないの、近頃は手足も痺れて辛いわ。医者を呼んで頂戴」
話を逸らし、青白い貌を歪ませてそう請う母にニールは悲愴な表情で見つめ返した。
「母上、父が病床にいる時貴方はどこにいた?どこで笑っていた?あぁ、答えずとも良いですよボクは不都合な真実を全部知っているから。医者を呼ぶのは無理ですが後で見舞いの花を届けましょう。」
「花?そんなもの……」
ゼェゼェと苦し気に息をするミシェルは訝しく息子を見る。自分によく似た瓜実の顔からは哀れと憎悪の色が見えた。彼はゆっくり口を開くとこう言った。
「母上によく似た美しい花です、一見は華美のようで清楚な色をしている。紫の花はとても綺麗なのです。是非母上に見て貰いたいものだ」
「紫……そう私が好きな色だわ」
僅かに見せた息子の慈愛に縋ったミシェルは微笑みを見せた。だが息子ニールの態度は冷たいままだった。
「花の名はたしか面白いものでした、鳥の頭に似ているのが由来とか。あぁ母上のほうがずっと詳しいですよね?これは失礼なことを言ってしまったハハハハッ」
「ひぃ!?」
顔を歪めて笑うニールに悪意が満ちていることにミシェルは慄き、慌てて後退するも背後の堅いベッド板がそれ以上の動作を阻む。
「知ってますよね、トリカブト……美しい貴婦人が紫のドレスを纏って佇んでいるようにも見える。その美しさの陰には恐ろしい毒が潜んでいる。まさに今の母上のようだ。恐ろしい……その毒は父上を殺した、美しい殺人鬼ミシェル、ボクは貴女に倣って最期まで愛しんでさしあげよう」
「ひ……た、助けて……だれか」
ミシェル慌ててサイドボードに手を伸ばし、呼び鈴を掴んだが音が鳴ることはなかった。器を叩く玉が外されていたからだ。
「疲弊している母上にひとつだけ朗報がございますよ、聞きたいですか?聞きたいだろうなぁだって愛してやまないレイフの情報だもの、クククッ」
「な、なんですか!?もったいぶらず仰いな!」ミシェルは病み始めた震える体を抱きしめながら問う。
「レイフの妻ミラベル様が検死に立ち合いこう言ったそうです。”これは夫ではない”とね、本物の悪漢レイフはどこへ消え失せたのでしょうね」
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私が妊娠している時に浮気ですって!? 旦那様ご覚悟宜しいですか?
ラキレスト
恋愛
わたくしはシャーロット・サンチェス。ベネット王国の公爵令嬢で次期女公爵でございます。
旦那様とはお互いの祖父の口約束から始まり現実となった婚約で結婚致しました。結婚生活も順調に進んでわたくしは子宝にも恵まれ旦那様との子を身籠りました。
しかし、わたくしの出産が間近となった時それは起こりました……。
突然公爵邸にやってきた男爵令嬢によって告げられた事。
「私のお腹の中にはスティーブ様との子が居るんですぅ! だからスティーブ様と別れてここから出て行ってください!」
へえぇ〜、旦那様? わたくしが妊娠している時に浮気ですか? それならご覚悟は宜しいでしょうか?
※本編は完結済みです。
魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~
長月京子
恋愛
絶世の美貌を謳われた王妃レイアの記憶に残っているのは、愛しい王の最期の声だけ。
凄惨な過去の衝撃から、ほとんどの記憶を失ったまま、レイアは魔界の城に囚われている。
人界を滅ぼした魔王ディオン。
逃亡を試みたレイアの前で、ディオンは共にあった侍女のノルンをためらいもなく切り捨てる。
「――おまえが、私を恐れるのか? ルシア」
恐れるレイアを、魔王はなぜかルシアと呼んだ。
彼と共に過ごすうちに、彼女はわからなくなる。
自分はルシアなのか。一体誰を愛し夢を語っていたのか。
失われ、蝕まれていく想い。
やがてルシアは、魔王ディオンの真実に辿り着く。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる