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愛を誓い合った直後に”離縁してくれ”と短い手紙を残して花婿が消えた。

慌てた花嫁側の一家は男の家へ向かったがもぬけの殻だった。なにが起きたのか、花嫁になったばかりの伯爵家の娘ミラベル・エイジャーは事態を飲み込めずに混乱するばかりだった。

「愛していると言ったのに……どこへ行ってしまったの?」
彼女の薬指にはめられた結婚指輪が酷く冷たく鈍い光を放っていた、それが余計に彼女を悲しくさせた。ほんの数時間前は、この世の幸せを独り占めしたかのような夢見心地だった、それが一転して悲劇のどん底に落ちた。

結婚相手のレイフ・ウォール伯爵の屋敷はがらんどうで、侍従たちはもちろん存在せず、家財道具が一切消え去っている。残っているのはなにかのチラシ破片と埃だけだ。エイジャー家は止む無く退室して帰路につくしかなかった。
程なくしてその屋敷は売りに出された。



――事から三日後、エイジャー家―

「私は熱病を患いおかしくなって幻を見ていたのかしら……そうでなくては説明がつかないわ」
挙式ならぬ虚式だった自虐してミラベルはそう呟いた。その言葉を拾った母は「あなたはなにも悪くない」と言って慰めた。

つい先ほど手元に届いたウォール氏の名が記入済みの離縁状がカサリと音を立てる、ミラベルは思わず握りつぶそうとしたが堪えた。紙切れ一つの繋がりだが、まだ夫婦に違いはない。僅かに残った愛情がサインをすることを拒む。

「愛していたの……ほんとうに」
「えぇ、そうね。ミラ、貴女はレイフに尽くしていたわ。誰もが知っていてよ、例え社交界に今回のことが知れ渡っても誰も彼も貴女の味方だわ」

いくら男尊女卑が酷い貴族社会でも、挙式後当日に夜逃げ同然に行方を眩ましたウォール伯爵家を擁護する愚かな人間はいないだろう。そうであってもしばらくは社交をする気にはなれないとミラベルは思う。

ずっと黙って娘の様子を伺っていた父が寡黙な口を開いて「今すぐサインするべきではない」と言った。彼なりの考えがあっての発言と理解してミラベルは静かに同意した。

「さすがに三日でバツが付くのは遠慮したいわ」
彼女は少し遠い目をして、ガラス越しに木枯らしが吹き荒れる庭園を見つめた。赤茶に染まった橡の葉がバサバサと散って晩秋を報せる。

「秋に結婚なんてするものじゃないわね……物悲しすぎるわ」

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