1 / 9
1
しおりを挟む
愛を誓い合った直後に”離縁してくれ”と短い手紙を残して花婿が消えた。
慌てた花嫁側の一家は男の家へ向かったがもぬけの殻だった。なにが起きたのか、花嫁になったばかりの伯爵家の娘ミラベル・エイジャーは事態を飲み込めずに混乱するばかりだった。
「愛していると言ったのに……どこへ行ってしまったの?」
彼女の薬指にはめられた結婚指輪が酷く冷たく鈍い光を放っていた、それが余計に彼女を悲しくさせた。ほんの数時間前は、この世の幸せを独り占めしたかのような夢見心地だった、それが一転して悲劇のどん底に落ちた。
結婚相手のレイフ・ウォール伯爵の屋敷はがらんどうで、侍従たちはもちろん存在せず、家財道具が一切消え去っている。残っているのはなにかのチラシ破片と埃だけだ。エイジャー家は止む無く退室して帰路につくしかなかった。
程なくしてその屋敷は売りに出された。
――事から三日後、エイジャー家―
「私は熱病を患いおかしくなって幻を見ていたのかしら……そうでなくては説明がつかないわ」
挙式ならぬ虚式だった自虐してミラベルはそう呟いた。その言葉を拾った母は「あなたはなにも悪くない」と言って慰めた。
つい先ほど手元に届いたウォール氏の名が記入済みの離縁状がカサリと音を立てる、ミラベルは思わず握りつぶそうとしたが堪えた。紙切れ一つの繋がりだが、まだ夫婦に違いはない。僅かに残った愛情がサインをすることを拒む。
「愛していたの……ほんとうに」
「えぇ、そうね。ミラ、貴女はレイフに尽くしていたわ。誰もが知っていてよ、例え社交界に今回のことが知れ渡っても誰も彼も貴女の味方だわ」
いくら男尊女卑が酷い貴族社会でも、挙式後当日に夜逃げ同然に行方を眩ましたウォール伯爵家を擁護する愚かな人間はいないだろう。そうであってもしばらくは社交をする気にはなれないとミラベルは思う。
ずっと黙って娘の様子を伺っていた父が寡黙な口を開いて「今すぐサインするべきではない」と言った。彼なりの考えがあっての発言と理解してミラベルは静かに同意した。
「さすがに三日でバツが付くのは遠慮したいわ」
彼女は少し遠い目をして、ガラス越しに木枯らしが吹き荒れる庭園を見つめた。赤茶に染まった橡の葉がバサバサと散って晩秋を報せる。
「秋に結婚なんてするものじゃないわね……物悲しすぎるわ」
慌てた花嫁側の一家は男の家へ向かったがもぬけの殻だった。なにが起きたのか、花嫁になったばかりの伯爵家の娘ミラベル・エイジャーは事態を飲み込めずに混乱するばかりだった。
「愛していると言ったのに……どこへ行ってしまったの?」
彼女の薬指にはめられた結婚指輪が酷く冷たく鈍い光を放っていた、それが余計に彼女を悲しくさせた。ほんの数時間前は、この世の幸せを独り占めしたかのような夢見心地だった、それが一転して悲劇のどん底に落ちた。
結婚相手のレイフ・ウォール伯爵の屋敷はがらんどうで、侍従たちはもちろん存在せず、家財道具が一切消え去っている。残っているのはなにかのチラシ破片と埃だけだ。エイジャー家は止む無く退室して帰路につくしかなかった。
程なくしてその屋敷は売りに出された。
――事から三日後、エイジャー家―
「私は熱病を患いおかしくなって幻を見ていたのかしら……そうでなくては説明がつかないわ」
挙式ならぬ虚式だった自虐してミラベルはそう呟いた。その言葉を拾った母は「あなたはなにも悪くない」と言って慰めた。
つい先ほど手元に届いたウォール氏の名が記入済みの離縁状がカサリと音を立てる、ミラベルは思わず握りつぶそうとしたが堪えた。紙切れ一つの繋がりだが、まだ夫婦に違いはない。僅かに残った愛情がサインをすることを拒む。
「愛していたの……ほんとうに」
「えぇ、そうね。ミラ、貴女はレイフに尽くしていたわ。誰もが知っていてよ、例え社交界に今回のことが知れ渡っても誰も彼も貴女の味方だわ」
いくら男尊女卑が酷い貴族社会でも、挙式後当日に夜逃げ同然に行方を眩ましたウォール伯爵家を擁護する愚かな人間はいないだろう。そうであってもしばらくは社交をする気にはなれないとミラベルは思う。
ずっと黙って娘の様子を伺っていた父が寡黙な口を開いて「今すぐサインするべきではない」と言った。彼なりの考えがあっての発言と理解してミラベルは静かに同意した。
「さすがに三日でバツが付くのは遠慮したいわ」
彼女は少し遠い目をして、ガラス越しに木枯らしが吹き荒れる庭園を見つめた。赤茶に染まった橡の葉がバサバサと散って晩秋を報せる。
「秋に結婚なんてするものじゃないわね……物悲しすぎるわ」
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話
本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。
一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。
しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。
そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。
『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。
最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
完結 偽りの言葉はもう要りません
音爽(ネソウ)
恋愛
「敵地へ出兵が決まったから別れて欲しい」
彼なりの優しさだと泣く泣く承諾したのにそれは真っ赤な嘘だった。
愛した人は浮気相手と結ばれるために他国へ逃げた。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる