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とある夜会で
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プリシラは彼の名を呟いたがあまりに小さく、それを耳にするものは誰一人いない。
波音に消された声は静かに砂に埋もれて行った。
気を利かせた侍女が王子殿下に席を勧める、王子は遠慮したが令嬢の顔を潰すと思い恐縮しつつ腰を下ろした。
「重ねて済まないね、ああ、茶も食事も要らないよ。少し話をしたら暇しよう」
ダドリー王子は朗らかに笑うと「噂に違わぬ美しい二人に会えて嬉しい」と世辞を言った。同じ学園に通っているのだから会話はなくとも、すれ違うことはあっただろう。
王子はほんとうに世間話を少し交わすと5分程度滞在して席を立った。
護衛たちが去り際に彼女らのすぐ横を通った、一番後尾にいたクラレンスがチラリと目線を送った気がしたが、プリシラは特に反応をしなかった。
いつものように『クラン様ァ』と黄色い声を上げて駆け寄るかと警戒していた彼は拍子抜けする。
「少しは大人になったのか」彼もまた小さな声で呟くのだった。
王子一行を見送ると絵画クラブの面々は食事を摂り終え、絵画の続きに勤しんだ。
時折談笑しながら絵を仕上げていく、そして、いよいよ夕刻となり、陽が落ちかけた水平線が朱に染まった。燃えるような太陽の赤がルビーのようだと誰かが言う。
「綺麗ねぇ……ほんの30分で沈むのが惜しいわ」
「そうね、急いで描かなきゃ」
マーガレットが筆に魔力を注ぎ渾身の力作を仕上げんと奮闘する、プリシラも負けじと頑張った。だが、やはり時間が足りなかったのか、どちらの絵も何かが足りない。
「記憶に残る夕陽を描くしかないわね」
「うーん、難しいわ」
***
勤勉さを買われたクラレンスは第四王子ダドリーの護衛の末席に抜擢された。
ここロルダイン国で騎士爵位を得るには二通りある、王族の側近、又は護衛などに5年以上従事すること、または辺境伯の地にて国境を護る兵として10年間貢献して推薦されることだ。どちらも常に危険が伴う職務に違いない。
殉死して爵位を賜る場合も多く、家族などに報奨金や年金が支給される。例え爵位を持てても本人が生涯安寧とは言い難いのも事実である。
あれから3年後。
自国の第一王子の王太子就任式が決定された、各国の要人が招かれる祝賀会の準備に追われ、城内も騎士団もバタバタと忙しなくなった時期。友人二人が城内の廊下で顔を合わせることがあった。
「やあ久しぶりだな、アーリン」
「あぁ、護衛着任おめでとうクラレンス。欲しかった騎士爵が貰えそうだな」
「……気が早い、それにエイデール侯爵の口添えがあってこそだ、頭が上がらないよ」
以前、アーリンに打算的な友人関係を勘づかれことを気にしてかクラレンスは目線を下に向ける。
「なぁクラレンス、妹の事でいろいろ言ってしまったが、父上に私情を挟むなと叱られたよ。キミは自身の努力で今があるのだろう、父がキミを認めていた結果だ。堂々としたまえ」
「アーリン……俺は」
何か言いかけた友人の肩をポンと叩いて「期待している」と言いアーリンは執務室へと去って行った。
上位騎士を目指して奮闘してきたクラレンスと同様に、防衛大臣の父の下で働き実績を作って来た彼もまた苦労人なのだ。
クラレンスは、彼が『家柄だけの青二才』と上司や同僚に陰口をたたかれていた事を知っていた。
職場も生き方も違うが、互いに切磋琢磨しあう良き友だと認めている。
「俺はキミに勝てる日はくるのだろうか」
ドアの奥へ吸い込まれて行く広い背中を目で追ってクラレンスは溜息を吐く。
廊下での邂逅から程なくして就任式が盛大に開かれた。
各国の重鎮らがぞろぞろと挙った大ホールは目に痛いほどの華美な装飾が施されいた。
ロルダイン国王はここぞとばかりに国の栄華を見せつけたのである、国費はもちろん使ったが、多くの資金は王の私財を投入したと話題になる。
「ため込んでやがったな、あのクソ狸」
「おい、口が過ぎるぞ兄上」
王太子に就任したばかりの第一王子と第二王子がコソコソと話し合っている。
「父上は大兄様に期待しているからこそ大枚をはたいたのでしょう、素晴らしいことです」
そう言ったのは第四王子のダドリーだ。年若いせいもあり誰よりも素直な意見を発するのだ。
「はぁ、16にもなってその純粋な発言。まったくお子様のままだな」
「兄上、酷いです!」
王子達が談笑するすぐ横で護衛に当たっているのはクラレンスだ。長身の彼は常に会場を大きく見回して不届き者は進入していないかと目を光らせていた。
その鋭い目線の先に友人アーリンとその家族の姿があった。遠すぎて彼らは視線に気が付かない。縁のある者同士で談笑していた。
アーリンは近々結婚すると聞いていた、生真面目が過ぎる彼の伴侶とはどんな女性だろうと笑みが零れる。
しかし、数秒後には再び護衛の顔に戻り険しい顔になる。
先ほど目に止めていたアーリンの周囲に成長したプリシラがいたことを彼は気が付かないままだ。
プリシラ本人が目指した妖艶美女となれたか定かでないが、メリハリのある肢体の美女に変貌していたのは確かである。
16歳になった彼女は怖ろしく輝いていた。
波音に消された声は静かに砂に埋もれて行った。
気を利かせた侍女が王子殿下に席を勧める、王子は遠慮したが令嬢の顔を潰すと思い恐縮しつつ腰を下ろした。
「重ねて済まないね、ああ、茶も食事も要らないよ。少し話をしたら暇しよう」
ダドリー王子は朗らかに笑うと「噂に違わぬ美しい二人に会えて嬉しい」と世辞を言った。同じ学園に通っているのだから会話はなくとも、すれ違うことはあっただろう。
王子はほんとうに世間話を少し交わすと5分程度滞在して席を立った。
護衛たちが去り際に彼女らのすぐ横を通った、一番後尾にいたクラレンスがチラリと目線を送った気がしたが、プリシラは特に反応をしなかった。
いつものように『クラン様ァ』と黄色い声を上げて駆け寄るかと警戒していた彼は拍子抜けする。
「少しは大人になったのか」彼もまた小さな声で呟くのだった。
王子一行を見送ると絵画クラブの面々は食事を摂り終え、絵画の続きに勤しんだ。
時折談笑しながら絵を仕上げていく、そして、いよいよ夕刻となり、陽が落ちかけた水平線が朱に染まった。燃えるような太陽の赤がルビーのようだと誰かが言う。
「綺麗ねぇ……ほんの30分で沈むのが惜しいわ」
「そうね、急いで描かなきゃ」
マーガレットが筆に魔力を注ぎ渾身の力作を仕上げんと奮闘する、プリシラも負けじと頑張った。だが、やはり時間が足りなかったのか、どちらの絵も何かが足りない。
「記憶に残る夕陽を描くしかないわね」
「うーん、難しいわ」
***
勤勉さを買われたクラレンスは第四王子ダドリーの護衛の末席に抜擢された。
ここロルダイン国で騎士爵位を得るには二通りある、王族の側近、又は護衛などに5年以上従事すること、または辺境伯の地にて国境を護る兵として10年間貢献して推薦されることだ。どちらも常に危険が伴う職務に違いない。
殉死して爵位を賜る場合も多く、家族などに報奨金や年金が支給される。例え爵位を持てても本人が生涯安寧とは言い難いのも事実である。
あれから3年後。
自国の第一王子の王太子就任式が決定された、各国の要人が招かれる祝賀会の準備に追われ、城内も騎士団もバタバタと忙しなくなった時期。友人二人が城内の廊下で顔を合わせることがあった。
「やあ久しぶりだな、アーリン」
「あぁ、護衛着任おめでとうクラレンス。欲しかった騎士爵が貰えそうだな」
「……気が早い、それにエイデール侯爵の口添えがあってこそだ、頭が上がらないよ」
以前、アーリンに打算的な友人関係を勘づかれことを気にしてかクラレンスは目線を下に向ける。
「なぁクラレンス、妹の事でいろいろ言ってしまったが、父上に私情を挟むなと叱られたよ。キミは自身の努力で今があるのだろう、父がキミを認めていた結果だ。堂々としたまえ」
「アーリン……俺は」
何か言いかけた友人の肩をポンと叩いて「期待している」と言いアーリンは執務室へと去って行った。
上位騎士を目指して奮闘してきたクラレンスと同様に、防衛大臣の父の下で働き実績を作って来た彼もまた苦労人なのだ。
クラレンスは、彼が『家柄だけの青二才』と上司や同僚に陰口をたたかれていた事を知っていた。
職場も生き方も違うが、互いに切磋琢磨しあう良き友だと認めている。
「俺はキミに勝てる日はくるのだろうか」
ドアの奥へ吸い込まれて行く広い背中を目で追ってクラレンスは溜息を吐く。
廊下での邂逅から程なくして就任式が盛大に開かれた。
各国の重鎮らがぞろぞろと挙った大ホールは目に痛いほどの華美な装飾が施されいた。
ロルダイン国王はここぞとばかりに国の栄華を見せつけたのである、国費はもちろん使ったが、多くの資金は王の私財を投入したと話題になる。
「ため込んでやがったな、あのクソ狸」
「おい、口が過ぎるぞ兄上」
王太子に就任したばかりの第一王子と第二王子がコソコソと話し合っている。
「父上は大兄様に期待しているからこそ大枚をはたいたのでしょう、素晴らしいことです」
そう言ったのは第四王子のダドリーだ。年若いせいもあり誰よりも素直な意見を発するのだ。
「はぁ、16にもなってその純粋な発言。まったくお子様のままだな」
「兄上、酷いです!」
王子達が談笑するすぐ横で護衛に当たっているのはクラレンスだ。長身の彼は常に会場を大きく見回して不届き者は進入していないかと目を光らせていた。
その鋭い目線の先に友人アーリンとその家族の姿があった。遠すぎて彼らは視線に気が付かない。縁のある者同士で談笑していた。
アーリンは近々結婚すると聞いていた、生真面目が過ぎる彼の伴侶とはどんな女性だろうと笑みが零れる。
しかし、数秒後には再び護衛の顔に戻り険しい顔になる。
先ほど目に止めていたアーリンの周囲に成長したプリシラがいたことを彼は気が付かないままだ。
プリシラ本人が目指した妖艶美女となれたか定かでないが、メリハリのある肢体の美女に変貌していたのは確かである。
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