本編完結 彼を追うのをやめたら、何故か幸せです。

音爽(ネソウ)

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騎士団にて、萎む恋の花

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主に王城を護る騎士団の規律は厳しい、面会許可が下りたのは申請して七日後のことだった。
面会者はなにを持参するかまでチェックされた、害成すようなものが持ち込まれないためだ。
幸いに兄の口利きと美味しい差し入れと聞いた武官は快く堅い門を開けてくれた。
「いや、羨ましい!騎士団の食堂も売店も甘味は少ないですからな」
「ふふ、多めに持ってきましたので良ければ皆さんも」
「うちは弱肉強食ですから争奪戦になりそうだ!」

屈強にして腹ペコ軍団の彼らは人数も多い、多めに持参しても焼け石に水らしい。プリシラは次回は侍女にも手伝って貰い多めに焼いた方が平和だろうと考えた。
「クッキーなら手間がかからないし、そうしましょう」
初回となる本日の差し入れはパウンドケーキと日持ちするフロランタンだ、どちらも気合を入れて焼いてきた。
三日前に自宅で会ってはいても、兄を介さず彼に会うのは初めての事だ。彼女は緊張で喉がカラカラ気味だった。
付いてきた侍女が気を利かせて、水筒を差し出す。

「あ、ありがとう。私ったら駄目ね――ふぅ」
「いいえ、お気持ちはわかります。好きな殿方に会うのですものね」
お付きの侍女メリアは幼い頃の自分と重ねて、まだまだ青い主を微笑ましく見守る。初恋は実らないというジンクスを押し破って欲しいと願った。

無事に面会室に通された彼女はドキドキと胸を高鳴らせて、憧れの君の登場を今や遅しと待った。
約束の時間から10分ほど遅れてドアが開かれた、プリシラはサッと立ち上がり会釈の準備をする。スカートの端を摘まんで入室してきた者を見る。
「こ、こんにちは!」
「やぁ、お待たせして申し訳ない。急遽代理を押し付け…請われてしまいまして」
「え……あの」

彼女の前に現れたのはクラレンスではなかった、赤い短髪を恥ずかしそうに掻いて礼を取ったのは想い人の同僚だ。
待ち人は”上司に呼ばれたらしい”とそれらしい言い訳を聞かされた。
目に見えて落胆する面会人を見て赤髪の青年は「ほんとうにごめんなさい」と再び頭を下げて来た。
返って居たたまれなくなったプリシラは「お気になさらず」と弱弱しい笑顔で応えた。

「貴方が悪いのではなにので謝らないで下さい。これ、良ければ皆さんで召し上がってくださいな。口にするのが怖いようでしたら捨ててかまいません」
微笑んで持参したバスケットを騎士に差し出す彼女は、とても愛らしく美しいと青年は顔を赤くする。
間違いなく美少女に成長したプリシラは異性を虜にするのだ。

「こんな美しい人から差し入れされたら誰だって喜びます!そりゃもう奪い合いになるでしょう捨てるなんて勿体ない自分一人で食べたいくらいですよ」
「まぁ、お上手です事」
独り占めしたいほど嬉しいと言う青年はニコニコと笑い、バスケットを受け取った。彼女を歓迎するのは想い人ではないのが残念だったが、プリシラは心が温かくなってホッとしたのだ。

***

「クラン様に会えなかったのは残念だけど、でも喜ばれるのはとても気持ちが良いものね」
「はい、良うございましたね」
令嬢の背後から付いてくる侍女メリアは強がって先を歩く主の華奢な背を見つめながら追った。笑顔を貼り付けている時ほど彼女が悲しいんでいるのを知っている。
「屋敷に着きましたら昼寝なさいますか?お疲れでしょう」
「……うん、そうね疲れたかも」

遠回しに「人払いいたします」と言った侍女と涙をギリギリに留めている小さな主は信頼し合っていた。

屋敷に着いて早々に居室へ閉じ籠ったプリシラは声を殺して泣いた。
嗚咽が漏れないように布団を被った、泣くほどに熱が籠り身体が火照ったが、心は逆に冷えて行く。
「やっぱり私ではダメなのですか?辛い、辛いですクラン様……差し入れくらい受け取って欲しかったわ」
滂沱に流れていく涙はいつ枯れてくれるのかと彼女は己の瞼を恨んだ。いっこうに止る様子が無いのでそのまま数時間過ごし、いつの間にか深い眠りにつく。

「――クラン……様、お慕い申し上げて…おりま……」


翌日の彼女の顔は酷い有様で誰とも会うのを拒否した、その後の五日間は食堂にも顔を出さず家族を心配させた。
漸く自室から出て来た彼女はカラ元気で、無理矢理笑う姿が痛々しかった。

妹の面会を土壇場で拒否したという親友の態度に、穏やかな性格のアーリンとて流石に立腹した。好意を持てとは言わないがあまりに酷いと怒りを露わにした。
「友人くらいの情はあったと思っていたが、それほどまでボクの妹を嫌悪していたのか」
「……悪いが俺は愛だ恋だと言ってる余裕はないんだ、知っているだろう?」
「妹を邪険にするのは何か違うだろ、受けとってあげても良かったはずだ!」

詰るアーリンに対して彼は頭を振って「それで期待させたらもっと酷だ」と呟いた。
「俺は伯爵家の三男だ、継ぐ爵位がない。せめて一代限りでも騎士爵が欲しいんだ。貴族社会に固執してはいないが生きていくには必要なことが多々ある。女に現を抜かしてる身じゃない」
自分の状況を理解してくれとクラレンスは言う。

だがそれでもアーリンは冷た過ぎると思った「しばらく家に来ないでくれ」と突き放すのが細やかな抵抗だった。
親友アーリンのエイデール侯爵家へ頻繁に出入りしていたのは打算もあってのことだ。
出禁にされたクラレンスは後悔したが、悔しさを顔に出すことはしなかった。

数日後、詫びの品がプリシラの元へ送られて来たが彼女の心は凪いでいた。
「残酷で優しい方、花束など慰めにならないわ」

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