その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
42 / 49
遊学篇

星降る夜の下で

しおりを挟む
サロンまでの廊下がこれほど遠いと思わなかったと、アイリスは苛立ちながら王子と共に歩く。その後に続く侍女のルル。

漸く着いたサロンはシャンデリアの火は落とされて、柱のランプだけが薄ぼんやりと灯っていた。
ムードはあるけれど晩秋とは思えない蒸し暑さが漂っていた。

「お嬢様、バルコニーにてお話ください、私は内側で控えております。」
「そ、そう分かったわ、殿下よろしい?」
セイン王子は頷き無言で肯定した。

バルコニーへ続く扉を開けて二人は向き合う、風はないが程よく冷えた夜気が心地良く二人は大きく息を吸った。
なんとなしに空を眺めたアイリスは満天の星空に感嘆した。

「寒くなるほど星が輝くわね、これからもっと綺麗になるわ」
「あぁそうだね、澄み切っていて美しい空だ」

ふふ、とアイリスが笑みを漏らす。
「殿下はいつのまにか語尾が敬語でなくなったわ」
「あー、社交用の言葉使いだったからね」

でも丁寧な言葉が頑なな心を解いたとアイリスは告白する。ロードリックとのすれ違い、そして破談。それは本人が思う以上に彼女の心を傷つけていた。


「この人は、殿下は他の殿方とはなにか違うと思ったわ」
「うん、ありがとう」

貴族男子特有の上から目線の言葉使いが大嫌いだとアイリスは言う。
謝罪していても、頭を下げていても威圧的で一欠片ほども気持ちが届かないのだと。

「男のよく使う『すまない』って言い方が特に嫌い、あれって全然反省してないわよね」
「はははっ、確かに!表面だけ謝罪して己の矜持を誇示してるよね」

二人は声を揃えて笑いあった。

「私は『ごめんなさい』と言い続けるよ」
「殿下……」

星空から目を離しお互いの目を見つめ合った、暗がりで視認できないがどちらの頬も染まっている。
微かな冷風が頬をなぜる度に己の熱を自覚する。

「キミを好きになってごめんなさい」
「……いつから?」

アイリスの問に少々言葉は詰まらせる王子、だが決意したように瞳からいつもの軽薄さが消える。
「細かく告白するなら、ウィルの相談から始まった。妹をロディの狂った愛から護る手助けをして欲しいとね」
「はい」

アイリスの短い返答から知っていたのだと王子は悟った。
「だって急に歌劇に誘うのだもの、警戒しますよ」
ケラケラ楽しそうに笑う彼女に、王子は少し気持ちが軽くなり、言葉を続ける。

「あの日、食事に誘ったキミはとても可愛かった、純粋に劇を楽しんで笑顔を見せてくれた」
「殿下……それ普通じゃないですか?」

そうじゃないと王子は頭を振る、なにかが他の令嬢と違ったのだとそう続けた。
「当初はロディを罠にかけるためのワンクッションだったさ。うまく言えなくてもどかしいのだが、とにかくあの日から君の顔や声が焼き付いてはなれなくなった。」

ロードリックを撃退したのは結局アイリスだったが、その後も守りたい女の子だと思ったのだと王子は告白した。
「ちょっとヤンチャで食いしん坊で、そしてさっぱりとした君の性格が好きだよ」
「で、殿下!?」

「それから時々、猫みたいに甘えてくるアイリスが愛しくてたまらない、愛しています。生涯の伴侶になってください」
王子はアイリスの手を取り甲に唇を押し付けた。
それは触れるだけではない熱い口づけで、離れる瞬間にリップ音が鳴ったほど。


彼女の顔は熟れて真っ赤なトマトを通り越し、燃える溶岩石のようだった。
「セイン殿下はズルイです……臣下の私は断れませんよ」
「ごめんね」

「私よりずっと綺麗な顔をして、あ、愛だなんてスラスラ言うし」
「うん、ごめんね」

「それってご自分の美しさを認めてるんですか……?引くぅ」
「うん、だって私はもてるから」

殿下の自惚れバカとポカポカ叩くアイリス、それは攻撃力がほぼないヒョロヒョロした拳だった。
「ふふ、まるで猫パンチだね。可愛いなぁ」
「可愛いっていうな~!バカァ!嫌い!好きだけど嫌い!」

罵りながら「好き」と吐いてしまったアイリスを王子は強く抱きしめた。
扉の向こうからルルの咳払いが王子を牽制してきた。

勢いに任せ危うく口づけをする寸前だった。

「むぅ、星空の下で愛の告白を出来ても監視付じゃムード半減だね」
「で、殿下ぐるじい」

失神寸前だったアイリスを解放して椅子へ座らせる。それから王子は跪いてプロポーズの返事を待った。
「……私は平民になるつもりでした、経営学を学んだのは自活するためでした。一生結婚するまいと思っていました。」

彼女の言葉の端が過去形だったことに王子は安堵する。
「……私を泣かせたら母は殿下を殺しますよ、大祖父はきっと謀反を起こすでしょう。それでも?」
「うん、泣かせるつもりないから怖くないよ」

セイン王子は動じない笑顔でアイリスを再び口説く。
「愛してます、結婚してください」
「……はい、貴方の妻になります」

それを聞いた王子は歓声を上げて、またもアイリスを抱きしめる、今度はしっかり唇を奪うのも忘れなかった。
侍女のルルが憤怒に満ちた顔で王子を説教したのは言うまでもない。


星空の下で結ばれた幸せな一騒動だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥

矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。 でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。 周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。 ――あれっ? 私って恋人でいる意味あるかしら…。 *設定はゆるいです。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...