その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
32 / 49
遊学篇

セイン王子の不在と勘違い娘

しおりを挟む
休校日のある日、叔母アネットは早速テーラーを呼びつけてアイリスを振り回す。採寸と生地選び、仮縫いと朝から夕方まで付き合わされヘトヘトになる。

「……やっと解放された……もういや」
サロンのバルコニーで伸びをして呆けるアイリスにまたも叔母の声。

「アイリス!明日はドレスに合わせる宝石を選ぶわよ!外出しないでね」
「ウゲゲゲゲ……」

マヌケな声を出した時、よりにもよってセイン王子に聞かれた。
またも盛大に笑う王子に「嫌な人」とぶーたれた。

「セイン殿下が下級貴族に生まれてたら、すぐ斬り捨てられてますね」
「アハハハッ……ご、ごめんよ。こればかりはコントロールできなくてね」

夜会や式典ではどう誤魔化していたのだろうと従者達を見た、全員がそっぽを向く。色々やらかしているようだ。
挨拶程度しかしていなかったアイリスは観察しておけばよかったと後悔する。

その日の夕食の席でアイリスはつい船を漕ぎ、危うくスープで溺死しそうになった。
「ゴボボボボ」とスープの海で泡を吹くアイリス。

叔母と侍女が大騒ぎする中、王子は腹を抱えて床に転がったのは言うまでもない。

「君達がいると退屈する暇がないねぇ」
叔父は一人で傍観者を決め込み、ワイングラスを傾けながら嬉しそうに笑みを零す。

***

装飾品はさすがに誂えることはしなかったので午前で終了した。
「ふぅ講義がなくて良かった、鍛錬の後はゆっくり昼寝がしたいわ」

軽くランニングとストレッチを終えたアイリスは、刃を潰した剣を振り回している。
王子は学園へ行ったらしく絡まれることがないと彼女は安堵した。

屋敷の護衛兵と手合わせして貰い、ご機嫌のアイリス。
ヒャッハー達はギャラリーをしてヤンヤヤンヤとはやし立てていた。



平和に過ごした日だったと彼女は晩餐の席についた。
「あら、殿下はいないのね?」
いつもの正面の席に、歩く笑い袋ことセイン王子が不在だった。

「ええ、しばらく留守にするそうよ。自国で公務があるのでしょう」
「そうね、腐っても王子だもの働かなきゃダメよ」

口の悪いアイリスに叔母夫婦は苦笑いをする、もう少し素直なら幸せを掴めるのにと思うのだ。
「この鴨肉美味しいですね、仕留めと処理が上手なのだわ」
「おや、わかるかね?領地にいる倅が絞めて送ってくれたのだよ」

叔父が嬉しそうに息子自慢をする、臭みが出やすい野生の鴨は狩りが下手だとひどく不味くなる。
「なるべく傷つけず仕留め、素早く捌かないと臭くなるからね」
「なるほど、狩りになれてらっしゃるのね」

領地では畜産がメイン産業だというマウゼオ公爵家、肉には煩いのである。鴨も飼育しているがやはりジビエの方を好む貴族が多いのだと叔父は言う。

肉を平らげた家族は梨のソルベを楽しみ他愛ない話を交わす。
会話の合間に、セイン王子とはどうとか探りを入れてくる叔母にアイリスは困ったが楽しい夕餉となった。


王子不在の学園はアイリスにとって平和だった。だがしかし、他の生徒は違うようだ。
挨拶さえ交わした事のない女子、男子が擦りよってきた。
ウンザリするアイリスは無遠慮に嫌な顔を返す。この場において身分が最上でベルグリーンの公爵の姪である。

彼女に不躾な質問は不敬なのだが、下級貴族と平民の彼等は意に介さない。
気さくに話しかける体だが、概ね王子の事ばかり聞いてくる。女子は玉の輿、男子は政略繋がりを欲していた。

【不在の王子をこんなに気にかけています、媚てどうにかご縁を】というのが丸わかりである。
貴族はともかく平民は無駄だと思うアイリス。


「とんだ掌返しね、鬱陶しい」
「ほんとね、私もそうだったけど初日から誰もアナタを相手にしなかったもの」
いまでは友人になったスカーレットだが当初は塩対応だったことを詫びてきた。

「やめてレット、誰でもそうよ。私だって立場逆転したらきっと冷たい態度だと思う」
「まぁリィったら……ふふ、友人に選んでくれてありがとう」

微笑み合う二人に、近づけない生徒達はヤキモキしていた。
学園に通ってみて「たくさん友人を作る」というのは愚策だったのだとアイリスは思い知った。
上辺だけの友情は要らないのだと彼女は学んだのだ。

どうにか馬鹿どもを躱していたアイリスであったが、王子不在から10日ほどのある日、面倒ごとが起きた。
スカーレットといつも通りランチにきた食堂で平民の娘が絡んで来た。

「王子様を隠さないでよぉ!メロルのセインを返してぇ!」
間延びした喋り方をする変な子が挨拶もなしに話しかけてきた。

それに嫌悪したアイリスは目を眇めてメロルという娘を見た。
「ひぃぃ怖い、酷いわ酷いわ!嫉妬ね嫉妬だわぁ、私達を引き裂く気なのねぇ」

「なんなの貴女?頭が可笑しいの?セイン殿下を呼び捨てするなんて不敬ですよ」
当たり前の注意をするアイリスに学食の皆は「うんうん」と頷いた。

「はい?ふけいってなぁに?貴族だからって難しいこと言ってバカにするんですかぁ!プンプン!」
あ、コイツ駄目だ。とほぼ全員が思った。

「怒りを擬音化する人はじめて見たわ」横でスカーレットが呆れて突っ込んだ。
「なによぉ、メロルの可愛いを表現するのに文句があって?プンプン!」

この場に王子がいたら爆笑ものだろうなとアイリスは思った。
「とにかくセインはメロルと愛し合ってる予定なんですぅ!」
「愛し合ってる予定?変わった文法ね」

「うるしゃーい!邪魔する虫さんは排除なのぉ!」
メロルこと平民娘が手元にあったコップを掴み上げてアイリスへ中身をかけようと構える。

不敵に嗤うアイリスにギャラリーが青くなった。

バシャリと水音が鳴る、だがアイリスは涼しい顔のまま。
水を浴びたのは見知らぬ男子生徒だった、ヒーロー登場かと一同が注目する。

「メロル!キミは貴族相手なにをしてる!殺されたいのか!」
「え、だってぇ……その女が悪いのよぉ?メロルは王子を隠した悪女を退治しただけよ?トニーは邪魔しないで」

話が通じない相手に男子生徒はメロルの口へパンをねじ込み封じ抱き上げる。アイリスに謝罪すると食堂をそそくさ去って行った。

「なんだったのアレ?」思わずギャラリーに問うアイリス。

場にいた全員がそろって肩を竦める。
廊下から「もががー!」という声が届いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥

矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。 でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。 周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。 ――あれっ? 私って恋人でいる意味あるかしら…。 *設定はゆるいです。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?

下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。 主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...