その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
27 / 49

アイリスは外に出たい

しおりを挟む
やっと平穏を取り戻したアイリスは鍛錬ばかりでは刺激が足りないと感じてきた。
生活を潤すなにか、自分に足りないなにか…。


午前の鍛錬を張り切り過ぎてグッタリとした彼女は、適当に選んだ小説を読むともなく開いてボンヤリ眺める。
文字を追ってもさっぱり頭に入ってこない。

「どうしたことかしら?生活にハリがないのよね」
元から社交に積極的でない彼女に友人と呼べる相手がいなかった、婚約していた時期は何度か夜会には出ていたが敵ばかりいた。なぜなら社交界の華であるロードリックのせいで妬まれていたからだ。

「家庭教師ではなく学園へ通えば良かったかしら?でも今更よねぇ」
そんな彼女の愚痴を拾ったのは母ソルニエだった。

「短期留学なんてのはどう?」
「あら、お母様いつのまに……」
さきほどドアをノックして入室したとお小言を貰う。

「遊学なら良いですわ、もちろん期限付きは嫌です」
「あら、珍しく我儘だこと」

疲れているのね、そう言って娘の髪を撫でるソルニエは鬼の顔を封印して淑女モードである。
「そうね護衛を5人以上つけて半年に一回戻るのなら許してあげる」
「ほんと!?お母様大好き!」

「だってあなた、このままでは一生恋も結婚もしないでしょ?」
母の見透かした台詞にドキリとするアイリス。

「そ、そんなこと……あるかも。いっそ騎士団へ入ろうかと思ってました」
「あらま、嬉しい事。でもね視野が狭いままでは成長はなくってよ?」

そう言われてはぐうの音も出ないアイリスだった。
それから綿密に母と相談した結果、叔母が嫁いだ隣国ベルグリーンへしばらく遊学することに話は纏まる。
父と兄は渋ったが婚約解消の件を出されてはなにも言えなくなる。


「ここにいて夜会に出ても噂のタネにされるだけだもの」
暇を持て余してる貴族達のことだ、あることないこと醜聞の的にしてアイリスを攻撃してくるだろう。
膳は急げと荷造りを始めるアイリスと侍女ルルである。

「ルルと一緒に旅行なんて嬉しいわ!楽しみ♪」
「私もです!アイリス様とならどこへでも参りますよ!」

うら若き乙女が二人、旅の想像話に花を咲かせていると先触れを伝えるメイドがやってきた。
「まぁ、王子がくるの?ちょっとメンドイ」
あからさまに曇った顔をするアイリスにルルは苦笑いしつつ、お召換えしましょうと仕度するのだった。


ウィル兄様も同席するようお願いすれば「任せろ!」と張り切る。
これまでの騒動で心が疲れ気味の妹を気遣っているのだ。
「ふふ、兄様が他人でしたら良かったのに」
「おや、どういう意味?」

「だって血のつながりがなければ婚姻できますよ」
「おいおい、危険な発言だな」
可愛い妹に言われ満更でもないウィルフレッドだ、もちろん家族愛である。

クスクスと悪戯な笑みを零す兄妹のところへ割って入る声がした。

「やぁ楽しそうだね、悪だくみの相談かい?」
いつものサロンへ遠慮なくやってきたのはセイン王子だ。


「ようこそセイン殿下」
立ち上がって礼を取る兄妹に手を上げて制する王子、堅苦しいのを拒むのはいつものことだ。

「なんでウィルがいるの?」
「婚姻前の妹を護るナイトを仰せつかってね」
若干不機嫌な声の王子を兄は揶揄うように応対する。執事と侍女が壁に控えているので二人きりにはなれないのだが王子的にはウィルフレッドが邪魔らしい。

「私がお願いしましたの、問題ありまして?」
「……いいや、突然の訪問をしたのだから」

牽制された王子は仕方ないと肩を竦めて、チケットを数枚テーブルにおいた。
「劇団の新作が発表されたんだ、今度はご家族の分も用意したんですよ」
「まぁ素敵!今度はどんない話かしら?」

アイリスはチケットを一枚手にとると残念な顔になった。
「どうかした?」
王子の問いに苦笑しながら遊学に旅立つことを告げたアイリス。公演の日はすでに旅立った後なのだ。


「なんだって!?隣国へ無期限遊学?聞いてないぞ!どういうことだ!」
なんで王子に許可を取らねばならないのかとアイリスは困惑する、不機嫌な顔になった彼女に王子は慌てた。

「あ、いや失礼しました……突然のことで声を荒げてしまったよ」
王侯貴族男子特有の居丈高な物言いに少々ガッカリするアイリスだ。

「アイリス許してやって、セインは友人のつもりで接しただけさ。脅したわけじゃない」
「ふぅん……そうなの」

言葉少なに答えたアイリスは目に見えてウンザリしていた、淑女としてよろしくない態度。だがセインが友達以上になりたいと個人的に会いに来たのだから咎めることもない。

「あ、えっと困ったな、そんな貌をさせたかったんじゃないんだ」
オロオロしだしたセインだが、笑顔が消沈したアイリスは下を向いたまま彼を見ようとしない。
そんな二人に兄ウィルはニヤニヤ観察していた。


「言葉足らずはアイリスが嫌う事だよ、前例があるからね」ウィルが助け船を再度だす。
「そ、そうか。ごめんねアイリス、キミと仲良くなろうとした矢先に距離を置かれた気がして焦ってしまったんだよ、どうか許してください」

丁寧に詫びる王子にアイリスは顔をあげた。
「いいえ、ただし遊学はやめませんよ。この国には良い思い出がないし、今後も社交界から弾かれると思います。でも家に籠るのも癪ですから広い世界を見たいと思いましたの、ご理解ください」

そういう彼女の目は決意の固さが籠っていた。
王子といえど見分を広げたいと望む少女を引き止める権利はない。

「そうか、そうだね……広い世界か、たしかにこの国の貴族は性根が腐ったヤツばかりだからね」
優しい瞳で返す王子にアイリスは漸く安堵の笑みを浮かべた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。 学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。 その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

処理中です...