その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
26 / 49

お前に期待するのを諦めた

しおりを挟む
侯爵一家に頭を下げて帰宅したデンゼル公は、居室に戻るなりベッドに仰向けになる。
愚息に対する怒りと、危うく無二の親友を失いかけた焦りで酷い頭痛に苛まれた。

今後どうしたものかと我が家の未来を憂う。
「私の代で公爵家は終わってしまうのか……?」

教養面では厳しくしてきたが、生活面で甘くしてしまったのだろうかとデンゼルは後悔した。
僅か3歳で母を病で失くした息子を哀れに思ったがゆえに、甘さがあったのかもしれない。

先祖に申し訳がたたないと泣きそうになるデンゼル、末席とはいえ王族の血を引いたご先祖に心から詫びた。
息子を再教育しようにもすでに18歳である、そうそう性格など変わらないだろう。
鬼と呼ばれるブルフィールド侯爵夫人に騎士団で扱かれても性根は治らなかったのだ。

「やはり弟のベルメールを頼るしかないか」
彼の弟ベルメール伯爵は子だくさんで3人の男子と双子の女子を授かっている。
弟の娶ったニーナ夫人は腰の大きな女性で「まだまだ産むわよ!」と宣言している壮健な人だ。
次男はまだ11歳だが聡明だと聞いている、是非養子に迎えたいとデンゼルは思った。


ベルメール伯爵へ手紙を出して、愚息ロードリックを呼び出す。
二日前の顛末の後で益々憔悴した息子をゲンナリした顔で迎え座るよう促す。

説教が長くなる合図にロードリックは顔を顰めた。だが、説教がマシと言える酷い宣告を受けることになる。

「さて、ロディ昨夜はどうやって屋敷を出た?」
「……護衛を昏倒させました、交代で護衛している彼等を労う建前で茶に導眠剤を」

デンゼルはすでに把握していた事だが敢えて息子から聞きたかったのだ、反省の色を見たかったのだ。
だが彼からは失態を恐れ隠蔽をできなかったことに苛立っている表情しか見えない。

「お前を甘く育て過ぎたようだ、すまないな」
「父上!?」

怒鳴られる覚悟だったロードリックは、まさか父から謝罪をされるなど信じられないと瞠目した。
「な、なぜ謝るのですか?言いつけを破ったのは俺です」
「もういいのだ、お前に期待するのは諦めたのだよ。わかるな?」

父のいうことが全く理解できない様子の愚息に残酷な言葉を叩きつける。
「お前を次期公爵から外す、次代は我が弟の次男ロフィールを任命する。以上だ」
「なんですかそれ!まさか俺を追い出すつもりですか!?」

事実上の廃嫡宣告を受けたロードリックは憤慨して声を荒げた。
「自己中心的な思想しか持てないお前が領地運営と加工品事業を回せるとは思えん、世の中はお前が考えるほど甘くはないのだ。主ひとつの言葉で民の生活は左右されるのだ、領民の命を預かり護るのが我らの責務なのだぞ」

「そ、そんな事わかっております!幼少より学んできました!」
「……先駆者の知恵と言葉を借りただけで公爵になれるとでも思っていたか?痴れ者が!」

父の厳しい叱咤に言葉を失うロードリック。
「そんな、そんな……俺が公爵になれないなんて……廃嫡されたら俺は」
「20歳になるまでは屋敷に住むことは許してやる、約2年間のうちに身の振りを考えよ、平民になる心得は従者に教えを請え。メイドと下男は下町育ちだ良い教師になるぞ」

父デンゼルはそう言い放ち退室するよう命令した。
動けないロードリックを従者たちが無理矢理立たせて退去させた。


***

加工品事業の定期打合せと報告会に顔を合わせたアンリオとデンゼルはなんとはなしに硬い握手を交わす。
「ずいぶん清々しい顔をしているなデンゼルよ」
「あぁ、度重なる不祥事に幕を下ろしたからな。申し訳なかった」

先日、ロードリックの廃嫡を決定して弟の息子を養子に迎えることになったとデンゼルは報告をした。
溌剌としたデンゼルの様子にアンリオは安堵する。


改めて頭を下げる親友デンゼルにアンリオは肩を叩いて鼓舞する。
「流そうといったじゃないか、さてさて加工品の試食をして検討しようか。おっと!その前に売り上げの報告だな!」
従業員たちを見回しアンリオは楽しそうに仕事の話を始めるのだった。


それから一月後。

「本日より世話になる、ロフィールだ。よろしく頼む!」
正式に養子になったロフィールはサロンに集められた従者一同に挨拶をした。

11歳とは思えない弁舌に皆は驚き、新たに加わった主に頭を垂れて忠誠を誓う。
利発そうな顔のロフィールは一人一人に名を尋ねて握手をしていく。
たった一巡で全員の顔と名を覚えたロフィール。


「まだ甘えたい年頃でしょうになんとしっかりされてるのでしょう!」
従者らは口々に養子ロフィールを敬う言葉を連ねる。
可愛らしい容姿も相まって侍女とメイドを中心に公爵家のアイドルになっていた。


それを苦々しく見つめるロードリックではあるが、身から出た錆びを理解していたので騒ぎたてることはしなかった。期限2年のうちに自活できるための学習に集中していた。
父デンゼルの事業に携われば簡単だが、それを公爵は許さない。なんらかの形で関われば、後ろ指をさされ比較されたあげく蔑まれるのはロードリックである。

そんな惨めな生き方はして欲しくないとデンゼルの父としての思いだ。
分かりづらいが折れることなく邁進せよと愚親なりの激励なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

完結 この手からこぼれ落ちるもの   

ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。 長かった。。 君は、この家の第一夫人として 最高の女性だよ 全て君に任せるよ 僕は、ベリンダの事で忙しいからね? 全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ 僕が君に触れる事は無いけれど この家の跡継ぎは、心配要らないよ? 君の父上の姪であるベリンダが 産んでくれるから 心配しないでね そう、優しく微笑んだオリバー様 今まで優しかったのは?

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

処理中です...