その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
24 / 49

侵入者 対峙するふたり

しおりを挟む
意気投合とまではいかない二人ではあったが、帰路の馬車内では穏やかな雰囲気ですごした。
ブルフィールド侯爵邸に着くとアイリスは御礼を述べて、是非お茶をと誘った。

セインは即答で誘いにのる、半分は社交辞令で誘ったアイリスだが頬を引きつらせつつ案内する。
王子相手に門前で帰れとは非礼にあたるので止むを得ない。


当たり障りない世間話をしながら玄関へ歩く二人と従者。
フットマンがドアを開いた時だった、庭園の茂みから這い出るなにかが彼等の前に立ちはだかる。
「リリィ……会いたかったよ、俺の女神」

痩せこけて姿は変貌していたが、それはロードリックだった。
どう侵入したのか疑問だが目の前の怪人物を撃退するのが先決だ。

セイン王子がアイリスを庇うように立ち剣の柄に手をやる、友人相手にも躊躇はなかった。
「ロディ、不法侵入とは見下げたな。夜分にどういうつもりだ?斬られても文句は言えないぞ」
「……なんでセインがアイリスといるんだ?彼女は俺の恋人だ、俺の物だぞ!」


唾を飛ばし激高するロードリックは飢えた魔物のようだった。
落ち窪んだ目は正気を失い、尋常ではない殺気と嫉妬をセイン王子に向けている。

「不敬ですよ、アイスブラド令息。それに屋敷に無断で侵入とは許せません!」
アイリスの固い台詞を耳にしたロードリックは目を見開いて反論する。

「き、キミは俺の妻になるのに!なんでそんな他人行儀なのだ!そうか、王子に誑かされて洗脳でもされたのだね、可哀そうに俺が助けてあげるよ。こっちへおいで?邪魔者はすべて排除して幸せになろうじゃないか」

狂気の沙汰に陥っているロードリックは、自分の都合の良い思考で捲し立ててくる。
アイリスはかつて恋した相手にただただ嫌悪する。

「気持ち悪い」
「え?」

「気持ち悪いと言ったのです、アイスブラド令息。私達は婚約解消した他人ですよ。いつまで恋人気取りなんでですか!脳みそにウジでも湧きましたか?はっきり言って迷惑なんです!」

「あ、アイリス……あの」

「おだまり変質者!勘違いしているようなのではっきり申します、あの最後の茶会で私は貴方を見限りました。冷たい態度ばかりとられ続けて愛想が尽きたのですよ、恋心も情けも木っ端微塵ですよ!一片たりとも貴方に心などありません!視界に入れるのも不快です、まるで汚物を見てるようですわ!貴方の顔を見ると吐き気がします、出て行ってください!貴方なんか大嫌いです!二度と目の前に現れないで!」

一気に本音を吐いたアイリスと嫌悪の感情をぶつけられたロードリックは対局な表情だ。
すっきりした顔のアイリス。
この世の終わりを迎えたかのような顔のロードリックは地面に崩れ落ちて死にそうだ。

「あ、あ……アイリスが俺を嫌い……?そんな……うぅ大嫌いって……あああぁぁぁ」
子どものように泣き叫び、滂沱に涙を流す哀れな姿は社交界で羨望された氷の貴公子の片鱗は残っていない。


彼等の問答を見てセイン王子が盛大に吹き出した。
「ぶっふー!ご、ゴメン……耐え切れない!ぶっは!アハハハハハ!」
目の前の悲劇は彼にとっては喜劇に映ったらしい。夜の庭園に王子の笑い声が響いた。

「ひどいぞ!お前友人じゃないか……手ひどく振られたのに!」
「ぶっふ!だってお前げっふー!あの晩言っただろう?諦めろってブハッ……ブハハハハハ!」

地面に這いつくばって泣く男と笑い転げ悶絶する男を見下ろして、アイリスはどうしてこうなった?と頭痛に襲われた。

屋敷へ入ったアイリスはすぐに公爵家へ伝令を飛ばす。
事の顛末を知った公爵側は、後日正式に謝罪すると言い残してバカ息子を回収して行った。



「はぁ……疲れましたわ」
「いやぁ面白い物を見せて貰ったよ」

笑い疲れたセインは冷茶を一気にあおり氷の音を鳴らしておかわりを所望した。
「殿下は良い性格してらっしゃいますね」
「あれ?今頃気が付いたの?フフフ」
「……」


サロンに合流した兄ウィルが「お疲れ」と労いの言葉をかける。
「まさか侵入するとは、酷い騒ぎだったね」
「せっかくの歌劇の感動が失せてしまいましたわ」

そう嘆くアイリスに、また誘って欲しいと強請られたと勘違いしたセイン王子は大喜びする。
「そういう意味じゃなくて」
「ふふ、私はいつでも機会を作るよ?」

セインを胡乱な目で見るアイリスとニコニコ相好を崩しご機嫌な王子を見たウィルは、急に仲良くなったなと首を傾げた。



騒ぎの翌日に、早速謝罪に訪れたデンゼル公爵は平謝りであった。
「毎度毎度、わが愚息が申しわけないことを……」

不法侵入したロードリックを衛兵に渡さなかった慈悲に感謝しつつ、納めて欲しいと大金貨がぎっしり詰まった箱を差し出してきた。
アイリスは荒事にしたくなかっただけと受け取りを拒否したが、面目が潰れるからと押し切られてしまう。
「では、これっきりロードリック様との係りはごめん被ります」
「はい、わかってますアイリス嬢。夜会であっても声をかけさせません!」

それを聞いてやっと安堵したアイリスは両親に目配せした。
「うむ、デンゼルきみとの友情は永遠であると約束しよう、頭をあげたまえ」
「あぁ、ありがとう!君の心の広さに感謝する」

いまだ大失恋の傷が癒えないロードリックは置いといて両家は手打ちした。
こうして漸く婚約解消の悲喜劇は幕を下ろしたのである。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。 学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。 その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

処理中です...