20 / 49
歪む文字
しおりを挟む
「表が騒がしいようだったが?」
青白い顔を僅かに窓辺へ向けるロードリックは執事に声をかけた。
「とある平民が、いいえ、チャダル夫人の連れ子が戻って暴れたそうです」
「……誰だそれ?」
「ベネット嬢ですよ、お忘れですか?」
誰だっけとロードリックは濁った目でボンヤリ空を見つめたが、すぐに興味が失せて考えるのを止めた。
今の彼の頭にはアイリスと面会する算段でいっぱいだった、何度手紙を出しても一向に返事が届かない日々。
彼は気を取り直して書きかけの手紙にペンを走らせる、綴られる文字はどこか歪で読み難いものだった。
まるで彼の歪んだ愛情そのものである、届けた所で受取人は恐怖するだけだろう。
【愛しているよアイリス、いますぐ駆け寄ってキミを抱きしめ顔中にキスを落としたい。お願いだ早く早く、この恋慕の炎で身が焼け焦げる前に会っておくれ、でないと俺の心が壊れてしまうよ。女神のように美しく、天使のように優しいキミのことだ理解してくれるよね?キミも素直になるべきだ、俺のことを愛しているのだろう?はじめて会ったあの幼い日から俺を恋い慕うキミの瞳を忘れるものか。さぁ婚約などとばしていますぐ結婚しよう。】
愛と言う毒を含んだ言葉が並ぶ紙面は、まるで呪符のようである。
「手紙を送れ、それから返事はきてないか?」
「畏まりました、夜会のお知らせが一通ございます」
ロードリックはアイリスからの手紙ではないと知ると開きもせず、次の手紙を書きだす。
「きみに俺の真意が届くまで何枚でも何通だって送るからね。クフフフ……俺から逃げないで、素直に愛し合おうよアイリス、キミは俺のものだよ」
執事は手紙を預かり退室した、日に日に狂った物言いが増えて行く令息に不信感が湧き上がる。
「早めに転職したほうが良さそうだ」歪な宛名の文字を見て執事はぼそり本音を漏らした。
***
「聞いているのか、ロディ」
威圧的な父の声にのろのろと顔を向けるロードリック、その目は濁りきっており覇気がない。
「……食事中にする話ではないです、不愉快だ」
不遜な物言いで返すロードリックである。
「不愉快なのはお前の存在だ。ロディの手紙が日に何通も届いて迷惑だと侯爵から抗議がきておる」
「は、宛てたのは恋人のアイリスへです。侯爵は関係ありませんよ」
それを聞いたデンゼルはがくりと肩を落とす、いつからこんな自己中心的になったのだろうと。
勤勉で社交界でも評判のよい我が息子は自慢だったはずなのにと額に手をやり嘆いた。
「手紙を書くのを控えろ、それからお前達はもう婚約していないのだ、未婚女性に付きまとうような真似は看過できぬ。止めぬなら法的処置か廃嫡を覚悟しろ」
父デンゼルはそう言い放つと食事半ばで退席していった。
しかし、愚息には苦言は届かない。
「俺達の愛を引き裂くつもりか、邪魔だてするのなら身内だろうと許さないぞ」
沸々と湧き上がる怒りにロードリックは冷静さを欠いていく、父親もアイリスの両親も自分の障害になるばかりだと拳を握る。爪が食い込み血が滴った。
「可哀そうなアイリス、俺に会うのを邪魔されているのだね。大丈夫さ近いうち俺から会いに行くから」
アイリスを描いた絵姿をそっと撫でる。
指は頬、唇、首筋を愛おしそうに何度も巡る。
「アイリス、アイリス……愛しい人待っていて」
それから彼は便箋を広げ、ペンを手にすると本日17通目の手紙を書きだした。
ただし、それはアイリスではなく、その兄ウィルフレッド宛てであった。
青白い顔を僅かに窓辺へ向けるロードリックは執事に声をかけた。
「とある平民が、いいえ、チャダル夫人の連れ子が戻って暴れたそうです」
「……誰だそれ?」
「ベネット嬢ですよ、お忘れですか?」
誰だっけとロードリックは濁った目でボンヤリ空を見つめたが、すぐに興味が失せて考えるのを止めた。
今の彼の頭にはアイリスと面会する算段でいっぱいだった、何度手紙を出しても一向に返事が届かない日々。
彼は気を取り直して書きかけの手紙にペンを走らせる、綴られる文字はどこか歪で読み難いものだった。
まるで彼の歪んだ愛情そのものである、届けた所で受取人は恐怖するだけだろう。
【愛しているよアイリス、いますぐ駆け寄ってキミを抱きしめ顔中にキスを落としたい。お願いだ早く早く、この恋慕の炎で身が焼け焦げる前に会っておくれ、でないと俺の心が壊れてしまうよ。女神のように美しく、天使のように優しいキミのことだ理解してくれるよね?キミも素直になるべきだ、俺のことを愛しているのだろう?はじめて会ったあの幼い日から俺を恋い慕うキミの瞳を忘れるものか。さぁ婚約などとばしていますぐ結婚しよう。】
愛と言う毒を含んだ言葉が並ぶ紙面は、まるで呪符のようである。
「手紙を送れ、それから返事はきてないか?」
「畏まりました、夜会のお知らせが一通ございます」
ロードリックはアイリスからの手紙ではないと知ると開きもせず、次の手紙を書きだす。
「きみに俺の真意が届くまで何枚でも何通だって送るからね。クフフフ……俺から逃げないで、素直に愛し合おうよアイリス、キミは俺のものだよ」
執事は手紙を預かり退室した、日に日に狂った物言いが増えて行く令息に不信感が湧き上がる。
「早めに転職したほうが良さそうだ」歪な宛名の文字を見て執事はぼそり本音を漏らした。
***
「聞いているのか、ロディ」
威圧的な父の声にのろのろと顔を向けるロードリック、その目は濁りきっており覇気がない。
「……食事中にする話ではないです、不愉快だ」
不遜な物言いで返すロードリックである。
「不愉快なのはお前の存在だ。ロディの手紙が日に何通も届いて迷惑だと侯爵から抗議がきておる」
「は、宛てたのは恋人のアイリスへです。侯爵は関係ありませんよ」
それを聞いたデンゼルはがくりと肩を落とす、いつからこんな自己中心的になったのだろうと。
勤勉で社交界でも評判のよい我が息子は自慢だったはずなのにと額に手をやり嘆いた。
「手紙を書くのを控えろ、それからお前達はもう婚約していないのだ、未婚女性に付きまとうような真似は看過できぬ。止めぬなら法的処置か廃嫡を覚悟しろ」
父デンゼルはそう言い放つと食事半ばで退席していった。
しかし、愚息には苦言は届かない。
「俺達の愛を引き裂くつもりか、邪魔だてするのなら身内だろうと許さないぞ」
沸々と湧き上がる怒りにロードリックは冷静さを欠いていく、父親もアイリスの両親も自分の障害になるばかりだと拳を握る。爪が食い込み血が滴った。
「可哀そうなアイリス、俺に会うのを邪魔されているのだね。大丈夫さ近いうち俺から会いに行くから」
アイリスを描いた絵姿をそっと撫でる。
指は頬、唇、首筋を愛おしそうに何度も巡る。
「アイリス、アイリス……愛しい人待っていて」
それから彼は便箋を広げ、ペンを手にすると本日17通目の手紙を書きだした。
ただし、それはアイリスではなく、その兄ウィルフレッド宛てであった。
124
お気に入りに追加
686
あなたにおすすめの小説
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。
その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。
学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために
ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。
そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。
傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。
2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて??
1話完結です
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる