その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

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都合の良い夢を見る少女2

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内門から1メートル離れたところに公爵が不機嫌な顔で立っていた。
諸事で外出の用意をしていた所にベネットをみつけたのだ、このままでは馬車が出せないと立腹していた。
「お義父様!助けて兵が意地悪するのよ!」

縋るベネットの声に公爵は冷たい声で現実を打つけてやった。
「義父ではない。貴様とは養子縁組などしておらん、一時的に保護したまでだ」
「そ、そんな!?お母様と婚姻したのでしょう?だったら」

「しておらん、彼女の亡き夫チャダルが私の親友だった縁で居場所の提供をしただけだが?なにを勘違いすれば貴様が娘になれるのかね、教えて欲しいものだ平民ベネットよ」
平民と呼ばれたベネットは目を見開きワナワナと震え「バカなバカな」と呟いた。

「ところで私へ刃を向けるとは斬り伏せられても文句は言えんぞ?」
ベネットが握りしめた短剣を鋭い目で睨む公爵。

「ち、ちちち違います!門兵が分からず屋で意地悪するから躾けようと思って」
「なるほど平民風情が我が公爵家に物申すというのか、相変わらず豪胆なことよ」

公爵が手を振るとどこから湧いたのか数名の護衛達がベネットを取り囲む。

しかし猿轡を噛まされる直前までベネットは抵抗した。
「いや!いやよう!お義兄様!ロードリック様!ロディいるのでしょう?私を助けて!私の愛しい人!」

ロディロディと大声を上げて暴れるベネットは、少女とは思えない強力で兵達を殴り蹴って手こずらせた。
短剣は暴挙に及んだ証拠品として押収され、罪人とともに貴族街の衛兵に引き渡された。


公爵邸の地下牢でも問題はなかったのだが、一歩たりと邸内へ入れたくなかった公爵はそう処理したのだ。
「まったく厄介な、放逐してもなお噛むとは……野犬のようだ」


外出時にケチが付いたと公爵は居室に戻ることにした。
「きょうの日和は良くない、仕事に没頭しよう」

薄曇りの空を見上げてデンゼル公は深いため息を漏らした。

***


投獄されて1週間後、解放されたベネットは風呂も入れず益々薄汚くなっていた。
行く当てといえばかつてのチャダル家しかない、歩く気力もなく止む無く乗合馬車へ乗り込んだ。

乗り込んですぐに刺すような視線に気が付く、顔を上げてみればあからさまな嘲笑が目に入った。
向かい側の席には数人の町娘がコソコソ話している、同じ平民だというのに彼女達のほうが上等なドレスを纏っていた。

「臭い」「生ゴミみたいな臭い」「吐き気がする」などという言葉が聞こえてきた。
ベネットは自分がそんな存在に落ちているのだと今になってわかり、羞恥と怒りで真っ赤になった。
目的地に着く数分の間が生き地獄のようだとベネットは思った。

小銅貨2枚を支払い、降りて5分ほどで元チャダル家に着く。
精神を削られたベネットは初めて味わう屈辱でかつての我が家の前を通り過ぎてしまう。

「……いけない、歩きすぎたわ。戻らないと」
数メートルほど戻ったところで元我が家の異変に気が付いた。

「な、なによこれ!?」
裕福な商家に売られたと聞いていたのに、その有様に愕然として膝から力が抜け落ちた。
チャダル家だったそこは、ただの更地になっていた。

「私が生まれた日、植樹した楓は?美しかった池は?」
どこを見回しても長方形にならされた土地は名残が一片も見当たらなかった。


「そんなそんな!……思い出さえも消えていたなんて!」

悲し過ぎてどこをどう歩いたかわからないが、いつの間にか東門へ戻ってきていた。
王都のどこにも彼女の居場所はなかったからだ。

城壁の隅へ座り込みこれからどうしようかと虚ろな目で街を見ていた。
小娘なんてどこも雇って貰えない、想像せずとも絶望しかない。
「このまま野たれ死ぬのかしら」そんな言葉が簡単にでてくる。
すると誰かが駆けてくる足音が耳に響いた、死神の足音にしては軽いとベネットは思う。


「ベネット!良かった無事だったんだね!」
小走りにやってきたのはルダだった、焦りと安堵が綯交ぜになった顔をしている。

「な……んで?」
「キミを待ってたに決まってるだろ?危なかったよ、明日の午後で帰宅するところだったんだよ。どこに行ってたの、あちこち探したんだよ。心配したんだから」

自分を心配していたと涙目になって語る少年に驚いた、こっちはうまいこと使い捨ての道具だと見下していたというのにとベネットは思った。生まれて初めて良心が咎めた。

「あ、ありがとう……グス、私の家どこにもなかった……。公爵に捨てられて生家も無くなってた、死ぬしかないと諦めてたわ」

鼻水をすすりながら泣く少女に優しく手を差し伸べるルダ。
「お腹空いてない?ちゃんと食べないと悪い方向に考えちゃうよ、ベネットは心が疲れちゃってるんだよ」
そういうと下町の商店街のほうへ手を取りルダは歩き出した。

屋台の串焼きと果実水を奢って貰い、ベネットはゆっくり咀嚼した。
「!?美味しいわ、初めて食べた」
「ふふ、そうだろ下町は安くて美味しいものがいっぱいあるんだよ」

貴族だった頃には体験できない味に吃驚しながら何本も平らげた。
「ありがとう、あの……今度は私に奢らせて?」
「気にしないでよ、商売の手伝いで駄賃はたんまり貰ったばかりなんだ!」

陽に焼けた顔をにっこりと綻ばせる純朴な少年ルダ、その顔をベネットは初めてしっかり見た気がした。
「ベネと呼んでルダ、友達になってくれると嬉しいわ」

ほんのちょっぴり頬を染める彼女の顔を、ルダは見て自分も真っ赤になる。
「ボクらはとっくに友達なんだぜ?ベネ」

まぁそうだったのとベネットは嬉しそうに笑う、その笑顔にはいつもの腹黒さは潜めてない。
とても可愛く無垢なものだった。
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