その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
17 / 49

相反する二人

しおりを挟む
溢れる感情にまかせて馬を駆るロードリックは、異常な速さで侯爵邸に着いた。
止める門兵を無視して玄関の戸を叩く。

しかし、戸が開けられることはなく屋敷の左手から使用人が現れ対応にあたる。
「先触れなく訪問された場合は御取次出来かねます。主への託けは預かりましょう」
執事はそれだけ言うと姿勢を正してロードリックの言葉を待った。

「ぐっ、無礼をした。」ロードリックは謝罪する言葉しか発せず地に視線を落とす。
仮にも国家を護る騎士団長が棲む屋敷に気安く入れるほど警備は甘くない。許せば他家に侮られるだろう。
もとより、公爵家預かりだったベネット嬢の爆破事件を鑑みれば当然の警戒である。

約一か月ほど鬼隊長のもとで扱かれた彼は、ソルニエの恐ろしい形相が浮かび威きり立った心が急速に萎れた。
むしろ門前払いされたのは温情なのだと気が付く。

屋敷へ一歩踏み入れば斬り捨てられたかもしれないのだ。暴挙を働く者に身分など関係ない、苛烈なソルニエはそのような人物なのだ。

「こ、侯爵に託けを……今一度対話できる機会が欲しいと、アイリスを諦められないと伝えて欲しい」
ロードリックは震える声で執事に言葉を託して帰路に発った。

執事も門兵も哀れな男の背中を生暖かく見送った。従者さえも彼の嘆願は叶わないと知っていた。
その後、帰宅したソルニエは怒り心頭で、ロードリックの鍛錬を中止する旨をしたためた手紙を公爵邸に送った。

何もかもが後手と無駄な足掻きに終わったロードリック。
だが諦めの悪い彼は燻ぶる恋情を抱いて拗れていった。


***

一方、婚約解消を成せたアイリスは心穏やかな日々を取り戻し久方ぶりの笑顔を零した。
「リィの笑顔は何日ぶりだろうね、彼には悪いが良かったよ」

兄ウィルフレッドが労わるように妹へ声をかける、呑気な彼なりに心配していたようだ。
「ご心配かけて申し訳ないです、でも晴れ晴れとした気分ですわ。紅茶も菓子もとても美味しく感じるの」
何杯目かのおかわりをしつつアイリスは「ほうっ」と息を吐いた。

食欲が戻って良かったとウィルは改めて安堵を口にして
「彼のことは俺がケアするから気にするな」そう言ってサロンから出て行く。

2個目のマカロンを手に取れば侍女も嬉しそうに微笑んだ、屋敷中が安寧を得たアイリスに喜んでいる。
「まぁピンク色は薔薇の香がするわ、なんて美味しいのかしら!」
パクパクと平らげるアイリスはすっかり元気である。


良く笑い良く食べたアイリスは充実した日を過ごした。
家人の配慮で、ロードリックが押しかけて来たことはアイリスの耳に届くことはなかった。
美味しい晩餐と楽しい団らんを過ごしたアイリスは夜着に替えてベッドへ沈む。

不眠気味だったことが嘘のように心地良い眠気だ、いつぶりだろうと大欠伸をして目を閉じる。
明日も笑って過ごせるようにと微睡ながら彼女は祈った。


翌日、爽やかな朝を迎えた彼女は肌艶も戻り美しい顔を取り戻した。
「お嬢様、すっかりクマが消えて美少女に蘇りましたよ、毛艶もとても美しいですわ」
「あら褒め過ぎよ、ルルったら上手ね」

本当のことでございますと、侍女ルルは答える。
年が近いルルは令嬢と話が弾む、身分などがなければ良い親友になっただろう。


そして、憂いの晴れた侯爵邸に新たな結びの話が持ち込まれるのは、数日後のことである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

処理中です...