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相反する二人
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溢れる感情にまかせて馬を駆るロードリックは、異常な速さで侯爵邸に着いた。
止める門兵を無視して玄関の戸を叩く。
しかし、戸が開けられることはなく屋敷の左手から使用人が現れ対応にあたる。
「先触れなく訪問された場合は御取次出来かねます。主への託けは預かりましょう」
執事はそれだけ言うと姿勢を正してロードリックの言葉を待った。
「ぐっ、無礼をした。」ロードリックは謝罪する言葉しか発せず地に視線を落とす。
仮にも国家を護る騎士団長が棲む屋敷に気安く入れるほど警備は甘くない。許せば他家に侮られるだろう。
もとより、公爵家預かりだったベネット嬢の爆破事件を鑑みれば当然の警戒である。
約一か月ほど鬼隊長のもとで扱かれた彼は、ソルニエの恐ろしい形相が浮かび威きり立った心が急速に萎れた。
むしろ門前払いされたのは温情なのだと気が付く。
屋敷へ一歩踏み入れば斬り捨てられたかもしれないのだ。暴挙を働く者に身分など関係ない、苛烈なソルニエはそのような人物なのだ。
「こ、侯爵に託けを……今一度対話できる機会が欲しいと、アイリスを諦められないと伝えて欲しい」
ロードリックは震える声で執事に言葉を託して帰路に発った。
執事も門兵も哀れな男の背中を生暖かく見送った。従者さえも彼の嘆願は叶わないと知っていた。
その後、帰宅したソルニエは怒り心頭で、ロードリックの鍛錬を中止する旨をしたためた手紙を公爵邸に送った。
何もかもが後手と無駄な足掻きに終わったロードリック。
だが諦めの悪い彼は燻ぶる恋情を抱いて拗れていった。
***
一方、婚約解消を成せたアイリスは心穏やかな日々を取り戻し久方ぶりの笑顔を零した。
「リィの笑顔は何日ぶりだろうね、彼には悪いが良かったよ」
兄ウィルフレッドが労わるように妹へ声をかける、呑気な彼なりに心配していたようだ。
「ご心配かけて申し訳ないです、でも晴れ晴れとした気分ですわ。紅茶も菓子もとても美味しく感じるの」
何杯目かのおかわりをしつつアイリスは「ほうっ」と息を吐いた。
食欲が戻って良かったとウィルは改めて安堵を口にして
「彼のことは俺がケアするから気にするな」そう言ってサロンから出て行く。
2個目のマカロンを手に取れば侍女も嬉しそうに微笑んだ、屋敷中が安寧を得たアイリスに喜んでいる。
「まぁピンク色は薔薇の香がするわ、なんて美味しいのかしら!」
パクパクと平らげるアイリスはすっかり元気である。
良く笑い良く食べたアイリスは充実した日を過ごした。
家人の配慮で、ロードリックが押しかけて来たことはアイリスの耳に届くことはなかった。
美味しい晩餐と楽しい団らんを過ごしたアイリスは夜着に替えてベッドへ沈む。
不眠気味だったことが嘘のように心地良い眠気だ、いつぶりだろうと大欠伸をして目を閉じる。
明日も笑って過ごせるようにと微睡ながら彼女は祈った。
翌日、爽やかな朝を迎えた彼女は肌艶も戻り美しい顔を取り戻した。
「お嬢様、すっかりクマが消えて美少女に蘇りましたよ、毛艶もとても美しいですわ」
「あら褒め過ぎよ、ルルったら上手ね」
本当のことでございますと、侍女ルルは答える。
年が近いルルは令嬢と話が弾む、身分などがなければ良い親友になっただろう。
そして、憂いの晴れた侯爵邸に新たな結びの話が持ち込まれるのは、数日後のことである。
止める門兵を無視して玄関の戸を叩く。
しかし、戸が開けられることはなく屋敷の左手から使用人が現れ対応にあたる。
「先触れなく訪問された場合は御取次出来かねます。主への託けは預かりましょう」
執事はそれだけ言うと姿勢を正してロードリックの言葉を待った。
「ぐっ、無礼をした。」ロードリックは謝罪する言葉しか発せず地に視線を落とす。
仮にも国家を護る騎士団長が棲む屋敷に気安く入れるほど警備は甘くない。許せば他家に侮られるだろう。
もとより、公爵家預かりだったベネット嬢の爆破事件を鑑みれば当然の警戒である。
約一か月ほど鬼隊長のもとで扱かれた彼は、ソルニエの恐ろしい形相が浮かび威きり立った心が急速に萎れた。
むしろ門前払いされたのは温情なのだと気が付く。
屋敷へ一歩踏み入れば斬り捨てられたかもしれないのだ。暴挙を働く者に身分など関係ない、苛烈なソルニエはそのような人物なのだ。
「こ、侯爵に託けを……今一度対話できる機会が欲しいと、アイリスを諦められないと伝えて欲しい」
ロードリックは震える声で執事に言葉を託して帰路に発った。
執事も門兵も哀れな男の背中を生暖かく見送った。従者さえも彼の嘆願は叶わないと知っていた。
その後、帰宅したソルニエは怒り心頭で、ロードリックの鍛錬を中止する旨をしたためた手紙を公爵邸に送った。
何もかもが後手と無駄な足掻きに終わったロードリック。
だが諦めの悪い彼は燻ぶる恋情を抱いて拗れていった。
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一方、婚約解消を成せたアイリスは心穏やかな日々を取り戻し久方ぶりの笑顔を零した。
「リィの笑顔は何日ぶりだろうね、彼には悪いが良かったよ」
兄ウィルフレッドが労わるように妹へ声をかける、呑気な彼なりに心配していたようだ。
「ご心配かけて申し訳ないです、でも晴れ晴れとした気分ですわ。紅茶も菓子もとても美味しく感じるの」
何杯目かのおかわりをしつつアイリスは「ほうっ」と息を吐いた。
食欲が戻って良かったとウィルは改めて安堵を口にして
「彼のことは俺がケアするから気にするな」そう言ってサロンから出て行く。
2個目のマカロンを手に取れば侍女も嬉しそうに微笑んだ、屋敷中が安寧を得たアイリスに喜んでいる。
「まぁピンク色は薔薇の香がするわ、なんて美味しいのかしら!」
パクパクと平らげるアイリスはすっかり元気である。
良く笑い良く食べたアイリスは充実した日を過ごした。
家人の配慮で、ロードリックが押しかけて来たことはアイリスの耳に届くことはなかった。
美味しい晩餐と楽しい団らんを過ごしたアイリスは夜着に替えてベッドへ沈む。
不眠気味だったことが嘘のように心地良い眠気だ、いつぶりだろうと大欠伸をして目を閉じる。
明日も笑って過ごせるようにと微睡ながら彼女は祈った。
翌日、爽やかな朝を迎えた彼女は肌艶も戻り美しい顔を取り戻した。
「お嬢様、すっかりクマが消えて美少女に蘇りましたよ、毛艶もとても美しいですわ」
「あら褒め過ぎよ、ルルったら上手ね」
本当のことでございますと、侍女ルルは答える。
年が近いルルは令嬢と話が弾む、身分などがなければ良い親友になっただろう。
そして、憂いの晴れた侯爵邸に新たな結びの話が持ち込まれるのは、数日後のことである。
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