完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)

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灯台守りの青年

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すっかり海街ブルホフを気に入ったドーラは、暫く腰を落ち着かせることにした。
例え追手が来たところで追い返してしまえば済む事と彼女は腹をくくったのだ。
「だって美味しい魚介を食べたいものね、海の仕事にも興味あるし」

ドーラは海街のギルドに足を運びカードを提示した。
受け付けでは”なんだFランか”というガッカリした態度を取られたが気にしない。ちゃんと仕事さえこなせば良いだけなのだから。

「どんな依頼があるのかな~♪」
王都のギルドに比べれば規模が小さいが、冒険者はそこそこ出入りしてる様子だ。やはり海に関する依頼が多いとみられる。定置網などを荒らすサメ退治や秋ごろはクラゲ駆除の依頼が多いと受付で教えて貰った。
「へえ、素潜りで貝採りか。面白そう……でも実入りは微妙かな」
そもそも泳げるかどうか怪しい海初心者のドーラは少し躊躇う。デタラメに強い魔女とて万能なわけでもないのだから。

「水に潜るには空気が必要……うーん。どうしたもんかな?」
いろいろ考えたがどれもシックリこなかった、彼女は一旦依頼を受けるのを諦めて海辺を散策することにした。
まずは土地の事をしっかり把握する方が先だと判断したのである。

雨季の空は相変わらずパッとしなかったが、鈍色の雲の合間から薄っすら陽の光を見つけて顔を綻ばせる。
雨が降らない日はいつぶりだろうかと思い返しながら、細かい砂の上を歩いていた。
時々打ち上げられたらしい海藻を見つけて観察したり、浜辺を歩くヤドカリを追ったりもした。

しばらく歩いていると子供たちが数人ほど湿った砂の前でなにかの作業をしていた。
その手には白い塩らしきものが入った袋があった。
「こんにちは、何をしているの?」
「え、あぁ……これを知らないってことは旅人かぁ。貝探しだよ」
「え?砂しか見えないけど」

湿った浜辺にスコップで均した後があったが、生き物の類が存在しているようには見えない。
少年が「見てな!」と得意そうに言うと小さな穴に塩を振りかけたではないか。
するとどうだろうか、白っぽい何かがニョキっと飛び出してきた。
すかさず少年はそれを素早く掴み取り持ち上げてみせた、大人の指くらいの筒状の貝が現れたのだ。

「へぇ面白~い!穴は貝の家だったのね!どういう習性なのかしら?」
「知らね!ばっちゃんに習った通りに捕まえてるだけだよ」
マテ貝と呼ばれる細長な貝の収穫は子供たちの小遣い稼ぎなのだと少女が教えてくれた。
それから岩に張り付いた貝類も小粒だが良いダシが出るという。子供らに袋一杯に獲った奇妙な貝を見せられて「ウギャ」と声を上げたドーラ。

「近くの食堂におろしてるから食べてみてね」
「うん、昼になったら行ってみるよ!教えてくれてありがとね」
見た目はアレだがとても美味しいと聞いたドーラは豊かな海の街は素敵なところだと感慨深く言う。
楽しみが増えた彼女は足取りも軽く散策を続ける、吹き付ける潮の香りを吸いこんで海を堪能するのだった。

***

浜を歩き続けていたらいつの間にか少し小高い所に着いていた、見晴らし良いそこで立ち止まり水平線を眺める。
海は空と同じく灰色だったが、荒れている様子もなく穏やかな波を立てていた。
すると視界の端に白い建物を発見する、目を凝らすとそれは塔だった。
好奇心を刺激されたドーラはさっそくそこを目指して歩きだす、時々漁船が通る音が耳に届いた。目に映るものすべてが新鮮なドーラはワクワクが止らない。


30分ほどで着いた塔は何処もかしこも白い、他人の家にいきなり押しかけるほどドーラは図太くないので少し離れた所から眺めた。
「取り立てて変わった様子もないか、引き返そう」
彼女は知らないがそこは灯台と言われる海を護る施設である、夜間に航行する船同士が接触しないように照らすものだ。

踵を返したその時、重厚そうな扉がギギギッと鳴って開いた。
驚いて振り向くと目をショボつかせた青年がそこにいた、顔色が悪く痩せた身体は姿勢も悪い。全体に青白い印象の彼を見て「幽霊かと思った」とドーラは口にしてしまう。

「出会い頭に幽霊あつかい……ずいぶん辛辣な人だね」
「え、あ、ごめんなさい。すぐに離れますから!」
逃げようとしたドーラだったが、青年は呼び止めて「ギルドの人じゃないの?」と声をかけてきた。
「私が?一応冒険者だけど依頼を受けたわけでは……」
彼女の返事にガックリ肩を落とした青年は「やっぱり来てくれないのか」と心から残念そうだ。

気になった彼女は事情だけでも尋ねようと青年の方へ近づく、落胆ぶりが酷くて放っておけなかった。
青年は灯台守りをしてるティモと名乗って「塔内は気が滅入るから」と外のテラスに似たところへ案内する。
朽ちかけのテーブルとイスが心許無くそこにあった。
埃を払い椅子を勧められてドーラはそこに座る、ギシシと軋むので少し怖い。

「ボクは5年契約でここで守りをしてきた、契約が切れたので交代か手伝いを頼んでるんだが全然来ないのさ」
彼は憂いた顔をして事情を話した。依頼を出したのは3年前だという、ティモは14歳からここに独りぼっちで働きずっと交代を待っているらしい。

「そんな、3年も……てことは8年間も一人でいたの!?」
「ああ、そうだね。賃金も契約が切れてから支給されてないから散々さ」
ドーラは己の境遇とよく似た相手に同情せずにいられなかった。


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