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負の財産
しおりを挟むこれまで何とかやってこられたのはアネッタのお陰だった。彼女は土地を担保に投資をしてきた、そうしてギリギリ子爵家をきりもりしてきたのだが、先の入院でそれも出来なくなった。
彼女が不在となった子爵家で、やりたい放題してきたトンマーゾは喰い潰していた。その頃の家令は期間内従事していただけで諌言しなかった。『好きにやらせろ』という公爵からの指示通りだ。
子爵となったトンマーゾは咆える。
「どういうことだ!子爵家は財がほとんど残っていないじゃないか!」
それどころではない、負債額が山盛りで今後は支払いに追われることになる。ざっと見積もって1.500万もある。爵位を売っても間に合わない。
なんとか管財人を使ってやり繰りしたが、数万ほどの負債が残った。
残りはトンマーゾが日雇いで働いて返済したが、丸っと持って行かれて何も残らなかった。
「ああ……俺はいったい何のために好きでも無い女と結婚したのか」
愛人たちはあっさりと手を引いたし、頼りのボルタニア夫人さえ逃げて行った。生家のボルタニア男爵家は領地を持たない貧乏貴族だ、どうにかしてくれるわけもない。
三男坊のトンマーゾは行き場を失った。
***
サロモーネ公爵家の離れで暮らすアネッタ・ロマーノは何もかも終わったと報告を受けた。
彼女は頭を垂れて謝罪する、すべてはサロモーネが手配してくださったことを涙を流す。
「何から感謝したら良いかわかりません、御恩を返したいのですが何もないのです」
せめて町で暮らしながら細々と返済したいと申し出た。
ところがサロモーネは不快そうに首を横に振った。
「貴女は何か勘違いをしている、私は良心から施しするような善人ではない」
「それはどういうことでしょう?」
青褪めたアネッタは声を震わせて問う、顔色ひとつ変えない御仁がそら恐ろしく思えて来た。
「私は貴女が欲しかった、まるで子ウサギが震えて泣いているような儚い貴女を……」
「え、なにを」
「私を恨んでくれて構わない、子爵家を買ったのも自分だ。返せというのなら返そう。だが、貴女だけは失いたくない」
僅かだったがオリンド・サロモーネの顔に朱が射した。
なんということか、彼はアネッタを愛していたのだ。
「恨むなんてあり得ないことです、どうぞ私をお好きに」
彼女の頬には美しい涙の筋が幾本も流れていた。
それから半年後、体がすっかりもとに戻ったアネッタはサロモーネの姓を名乗った。
静かに二人だけの挙式を上げた、ただそれだけで十分に幸せだった。
「私を受け止めてくれてありがとうオリンド」
「なにを言う、其方だけが私の幸せだよ」
白い結婚とはいえ、アネッタには醜聞が付きまとった。それでも彼女を手放したくないと言ったオリンドは公爵家を離れて子爵を名乗ったのだ。
「父母のことも頭が上がらないわ」
「止してくれ、当たり前のことをしたまでさ」
蟄居していた父母のことを気にかけて、いまでは共に暮らしている。少しだけ騒がしくなった子爵家はもう一人増えた。
丸く膨れた腹を撫でて、優しい春風にその身を預けて彼女は言う。
「私は幸せだわ」
完
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