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童子下剋上

名無の少年と狐たち

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あれから同じ季節を数えて5度目になった。正直言えば俺にとって季節は無関係なんだけどな。
ここに住み付いて5年、魔の森が薄暗い原因が上空に漂う瘴気のせいと知った俺は己のナワバリ周辺を掃うことで陽光を手に入れた。
光を存分に浴びた地はみるみる豊かになり、畑はもちろん森も実りが多くなっていた。
おかげで魔物の性格も大分丸くなったと言える、獰猛さは完全には消えないけど。

どうしてここまで瘴気が濃くなったのかは不明。
いずれは原因の究明をしたいが、生態系が崩れるのも危惧する。
余計な人間も来ないから、それなりにここを気に入ってるんだ、だから急には動く気になれない。


自分も成長して手足が伸び、魔力もぐんと跳ね上がった。5年も生き延びれた、これは単純に嬉しい。
全盛期に比べれば魔力量は4分の1にも満たないがレッサードラゴンの群れくらいは殲滅できる。

ぶっちゃけこの国の魔の森の頂点にいるわけだ、今の所だけど。

「つーまーりー俺に敵なし?別に戦ってもないけどな」
家の屋根に寝そべって小ぶりの林檎を齧る、まだ酸っぱいが食えなくはない。
もう少し改良しないといけないな。


「アノン、すっかり言葉がうまくなった」
軒下から熊のドナが声をかけてきた、足元には収穫したばかりの山葡萄の山がある。
そろそろ葡萄酒が欲しいな。身は子供でも中身はオッサンだから欲に勝てない。

「まぁね、俺も5歳だから舌を噛むようなことも減ったさ」
フワリと屋根から降り立てばドナが「相変わらずデタラメなヤツだ」と文句を言う。
彼らから見れば羽も生えてない人間がどうやって飛ぶのか理解し難いらしい。

「そんなことよりウモはどうしたの?きょうは魚が取れないのかな」
いつもなら籠いっぱいの魚を持って帰るころだ。俺のためだけにいつも狩りをしてくれるのだ。
完全草食のモルテベアにとっては肉類は興味ないだろうに。

彼らと棲むうちに呼び名が必要になり、俺は名前さえ貰えず捨てられたから”アノン・ニモ名を持たぬ者”と自らに付けた。ドナとウモは単純に女と男と呼ぶようになった。

それなりに気に入っているから変更するつもりはない。名前に拘っても無駄だからな。
成人になり本来の力が戻るまで平和に生きれたらそれでいい。



***

ウモが戻ったのは陽が傾いた頃だった、お小言のひとつもと思ったがそれどころではなくなった。
すっかり成獣のオスに成長したウモは、その背後に魔物の集団を連れて帰ってきたからだ。
うーむ、どっから突っ込めば?


気位が高くて接触ひとつさけていた狐の魔物ドーロボルペ達が大勢いた。
とても面倒で嫌な予感がした、碌なことはないとわかってはいるが黄金の狐は嫌いじゃない。
だって成獣は大きくてカッコイイし、子狐はコロコロしていて可愛いからな。

「アノン、済まない。独断で連れてきた、少々哀れな話だったのだ」
ウモが申し訳なさそうに言うので無下にもできない。

「ああ、話くらいなら聞いてやる。まずは手負いのものを癒そうそれから飯だ」
目に見えて虫の息と見える若い2頭の狐をゴザの上に横たえさえて具合を見る。
赤黒く壊死した部位を洗浄して、傷の様子を見た。

「……なるほど毒にやられたのか、息が辛そうなのは失血だけではないな」
解毒魔法をかけてやると”ハッハッ”と短い呼吸で辛そうだった狐の息が長く深いものに変化した。
2頭ともに同じ毒を受けたようだ、辛かったな。


「ストラレ、オーメントサングエ」
二頭に縫合魔法と増血をかけてやった、俺は医者じゃないからこれくらいしかできない。
体力はありそうだから死ぬことはないだろう。

俺は庭の中央に藁ゴザを敷いて簡易な宴の場を設えた。
狐は雑食だから適当に精がつきそうなものを出して彼らを歓迎してやった。
族長らしい、ひと際でかい狐が人型に化けて一歩前へ出てきた。

精悍な顔つきの青年の姿はとても美しい。


「手厚い看護と歓迎に感謝する、我は族長デモテスタだ。我が同胞が助かって嬉しい」
「あぁ、俺はアノン。見ての通りただの人間だ、楽にしてくれ」


孤高の種族とはいえ、ここまでされれば交流するほかないだろう。
俺は取って置きのサルナシ酒を提供して族長の出方を見た、デモテスタは大人しく酒を飲んだ。
盃を交わすことは他種族同士の同盟を表す。俺は密かにほくそ笑んだ。


「それで、ドーロボルペ黄金の狐ほどの強い魔物を苦しめる相手はなんだ?集団で狩りをする君達が負ける相手なのか」

俺がそう問うとデモテスタは苦い顔をしたが吐露する。
彼らを襲ったのは東から流れてきたオーグル族だと言った、鬼の魔族が敵と聞いて俺は酒を吹きだしそうになった。
ヤツらは狡猾で残忍な化物だ、できれば関わりたくない。

「なってこった、静かに暮らしたかったんだがな」
俺の感想を聞いてデモテスタが申し訳なさそうに頭を下げた。

「我の名も鬼の意味を含む、それなのに鬼人相手では歯が立ちそうにもない。面目が立たぬ」
「……まぁまぁ、俺を頼ってくれたのはシンプルに誇らしいよ。役に立てるのは悪くない」

「それでは!?」
「あぁ、盃を交わしちゃったからな。狐のみんなは俺が守ってやろう」

族長は本来の姿に戻ると俺に擦り寄って感謝を表した。尻尾がグルングルンと旋回していて嬉しそうだ。
若干獣臭いがこのモフモフの肌触りは悪くないな。
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