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赤子サバイバル

辺境の町ポベル (ざまぁ)

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俯瞰視点


魔の森近くの貧しい町ポベル、無駄に広く痩せた土地と取り立てて目立つ産業もない平凡な所だ。
それでも貧困層には住みやすいのか、人口だけはそれなりに多く辛うじて町として基礎自治が形成されていた。
良く言えば長閑、現実は何もない侘しい町である。

そこを治める町長と小役人は、なんとか名物を作り観光地化して盛り上げようと画策はしているが肝心の町人たちはヤル気がない。ポベルの民は各地から流れてきた者が多く、土地に対して思い入れがない。町興しをするには団結力が無さ過ぎた。


町の一角に住み付いたとある若夫婦も訳ありの流れ者だった。
つい最近、夫妻は子を失ったと噂がたった。民間療法頼りの町には整った医療機関がない故、幼くして亡くなることは少なくない。彼ら夫婦もそんな悲劇を抱えたにすぎないと世間は思った。

子を失った夫妻はさぞ悲しかろうと近所の者は労わりの言葉をかけた。
そこの妻は顔色悪くお辞儀で返し逃げるように立ち去る、挙動不審に見えたが悲嘆しているせいだろうと疑う住人は誰一人居ない。


家近くに耕した畑にやっと芋の目が出て、飢えずに済みそうだと夫が漏らす。
その妻は産後の身体に鞭を打って、隣の畝に豆を撒いていた。
葉物より穀物のほうが重宝される、ハコベラやセリくらいならいくらでも水場に自生するからだ。

「菜っ葉など腹の足しになりやしない、せめてパンが食えたら」
「あんた、そんな余裕はないわよ。虫食いの麦すら高騰してんのよ」

「チッ……後で森でなんか捥いでくるか、野イチゴが生えてるといいんだが」

森と聞いて妻が僅かに動揺した、腹を痛めた我が子を思い出したのか不機嫌になる。
左胸に気味の悪い痣を持って生まれた我が子、左右の瞳の色が違う忌み子……。

「ねぇアンタ、あれはちゃんと処理したんでしょうね?万が一……」
「あぁ?……アホォめ魔の森で生きてられるかよ、とうに骨になってらぁ」

眉間に皺を寄せて夫は吐き捨て、カウチに寝そべり寝息を立て始める。
農夫は陽の高いうちはこうやって体を休めるのがあたり前なのだ。

妻はやるせない気分のまま食器を片付ける、それから共同井戸へ水を汲みに出向いた。
なにかしていないと落ち着けないからだ。


重い足取りで木桶を手に井戸へ着くと、幾人かの婦人らが井戸端会議を開いて噂話に盛り上がっていた。
妻は彼女らに軽く会釈して水を汲むのに夢中なフリをする。
しかし……

「あら、ニウ。身体の調子はどう?」
「……ええ、なんとか。」

年齢の近い主婦のひとりに声をかけられ渋々応対した。
なにが楽しくて他人を詮索するのかと、ニウと呼ばれた女は鬱陶しいと腕に浴びた水を掃う。

「気の毒にねぇ、でも二度目の腹は丈夫だというわ。今度こそは安産よ」
「……」

無神経な物言いでマウントを取ってくる女の様子にニウは辟易した。

『ふん、女ならば誰でも子を授かりたいと切望していると勘違いしている、アンタと一緒にするな!』
ニウ夫妻にとって子は只の働き手であり愛しむ存在ではなかった。
無計画にボコボコと産む世間の女達を軽蔑している。

いつもの”うちの子自慢”が始まる前に、ニウは退散しようとしたが聞き捨てならない噂話を聞いた。
年嵩の主婦が王都から遥々やってきた役人と騎士の話を自慢そうにしていたからだ。
いつもの年貢か兵の徴用の打診ではないようだ。


「ほらうちの人は小役人じゃない、色々話が回ってくるのよ~。なんでも王様が変わった子を探してるんだってさ」
「変わった子?どんなのよ、子供なんて身分差以外でなにが違うのさ」

「それがねぇ――」


***

ニウは水桶を回収するのも忘れて脱兎の如く我が家へと急いだ。
途中で躓き木靴が割れたが、それどころではない。


襤褸小屋へ着いて早々に妻は大声で夫を呼んだ。
あまりの大きな金切声に、呑気に寝腐っていた男は驚いた拍子にカウチから落ちて目を回した。

「アンタ!アンタァ!た、たいへんだよ。あああ!あの気味悪いのが!私らはなんてことを!捨てた捨てちまったよ!王様が欲しがるほどの逸材の子を~」
「うるせぇ、落ち着いて話せよ。何がいいてぇのかサッパリだろうが」


甕に溜めた水をグビグビと煽って妻は漸く落ち着いた。
そして、井戸端で聞いた噂をゆっくり夫に話して聞かせた。
その事情を呑み込んだ夫もやはり驚愕して狼狽え始めた、”そらみたことか”と妻は言ったがそれどころじゃないと夫は一蹴する。


「す、すぐに探して来る!置いてきた場所は覚えてるからな!」
「なに言ってんのさ!今更行ったところで回収できんのは骨くらいだろう!?」

「うるさい!万にひとつも生きてたら儲けもんだろうが!」
「……何を言ってんだい、ばかばかしい」


止める妻を無視して、夫は一縷の望みもないというのに痩せ馬に跨り森へ急いだ。
魔の森は恐ろしいが欲に眩んでいてそんな事を感じる暇もない。

妻が持ち帰った噂話を頭の中で反芻する。自然と下卑た笑みが零れる。
高度な魔法が使える魔法師の素質が捨てた我が子にあるという。

「なんてこった、左右の色違いの目が高い魔力を宿す証だなんて!魔法なんざとうに忘れられたお伽話だと思ってたが……ヒヒヒヒッ!奴隷なんざ勿体ねぇ売らなくて良かったぜ」

ついさっき『とっくに骨になっている』と言った口で都合の良いことである。

その貴重な人材とやらが自分達の息子と知った、王に召し上げられ王宮魔法師になればその報酬は破格だろうと貰っても無い褒美に夢を見る。転がり込んだ幸運に夫は興奮冷めやらない。



馬から降りてカンテラを片手に茂みを探した。
「たしかこの辺りのはずだ……獣道からさほど離れてないからな」

形跡を必死に探すがみつからない、捨てた赤子が自活して、とっくにそこを去っているなど想像もつかないだろう。
そこら中を這いまわって探したが、野ネズミや気味の悪い虫しか発見できなかった。

「くそっどこへ行った!まさか獣に持っていかれたか?」
諦めきれずに周囲を探し回るがなんの成果もえられなかった。

薄暗がりの森がさらに暗くなった、陽が傾き始めた合図だ。
欲深い男は探す範囲を広げて赤子を探す、けれどもやはり布切れ一つ見当たらなかった。

止む無く明日探すことにした男は馬を繋いだ木へ戻った。
魔の森の入口とはいえやはり不気味である、今さらになって背に嫌な汗が伝う。
大急ぎで戻れと本能が急かした、バクバクと心臓が煩い。

馬に跨ろうとした時だ。
斜め後方から茂みを掻き分ける音が聞こえた。

臆病な馬が先に異変に驚いて、けたたましく嘶き飼い主を振り払うと一目散に駆けて行ってしまった。

「んな!?チクショー!俺を置いて行くなんて、後で躾直してやるからな!」
状況を考えれば愚痴を言う暇はないはずだが、男は反応が大きく遅れた。


「ゴルルルッ」
長い犬歯を剥き出しにした体長2mほどの銀狼が背後から男を威嚇している。怒りと空腹を綯交ぜにした形相だ。大きく裂けた口から涎が滴り落ちて余計に恐怖心を植え付ける。

「え!ひぎぃ!?な、なんでセーガウルフがこんな人里近くに……あぁ……そんな待ってくれ!俺は」
「グルルルルッ」

無駄な命乞いをする男に獣は容赦するはずもなく。

「ヒギャァアアア!いだいぃい止めろぉ!ウガアァァ!」
利き手と脇腹を噛みつかれ、左足を噛み砕かれもんどり狂う。

追い詰められて尚、カンテラを無我夢中で振り回した、偶然にカンテラが銀狼にぶつかって火が燃え移った。
背に火傷を負った狼は食い千切った足だけを咥えると森の奥へ消え去った。

重症を負った男だったがなんとか入口まで這いずり、魔の森周辺を警邏していた自警団に救われた。
なんとか一命をとりとめたが、ズタボロになった男は働くことが出来なくなった。

世話をするのが嫌だと妻ニウに捨てられたのは言うまでもない。

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