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後日談

災害

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多忙の中、縁談の話をすっかり忘れ去ったころ、それはやってきた。
アズバン侯爵が廊下を歩いていた時に現れて「やあ、これは王子殿下」とにこやかに挨拶してきた。縁談の話ならばとうに王から跳ね退けられたはずだ、今更何用かと警戒した。

アズバン卿はとにかく外面が良い、顔は優しく笑みを称えていてとても人懐こい。だが、腹の内はドロドロでなにを企んでいるのかわからない。
「ああ、アズバン侯爵久しいですな」
「ふふふ、夜会などはあまり参加しませんので、申し訳ない」
彼は領地に引き籠りタウンハウスにあまり来ないのだ、高位であっても政務についているわけではない、カントリーハウスでのんびりと暮らしている。

表向きは――。
彼は人誑しだ、ありとあらゆる手段で侯爵におさまった人物だ。いまも巧妙に金を転がして大臣らを誑かしているという噂がある。

「では、私は公務があるので」
「おやあ、久しくお会いしたのにつれない。どうか時間を作っていただけませんか?」
「……何用かね、私は用事などないのだが」
そこで卿は大袈裟に嘆き「私のような田舎者には話相手にすらなれませんか」と宣った。

面倒に思ったクリストフは「用件があるのなら先触れを出せ」とそのまま去って行く。


「狸が……どうせ縁談のことだろうに、頭が痛い」

それからも執拗なまでにお会いしたいと寄越したが、いつも忙しいと突っ撥ねた。じっさい、本当に忙しい時期だった、季節は真夏であり突然の大雨やらで水害が発生しがちだ、無論、秋口になれば嵐や台風で悪天候になる。
地方での災害対策に追われる、そのような事情からアズバン侯爵のことは後回しになった。


***

「なんだと?アズバン領がそのように……」
「はい、先の天災に見舞われまして、いまや先行きが見通せない事態です」
アズバン領は膨大な植物油を収益していた、いまは菜種の収穫時期ではないが大豆の栽培がままならない事態に陥った。これにはクリストフも頭を抱える。

「それで被災者たちは民は無事なのか?そこが重要だぞ」
「は!それは直ちに被災地に赴き家屋などを失ったものを中心に保護しております、それと騎士軍が支援物資を運びました。死者数は6名ほどでましたが因果関係は調査中です」

それを聞いた彼は被害が最小限に抑えられたのは僥倖だと安堵した。
「引き続き被災のようすを調査せよ、それとアズバン侯爵だが彼はなにをしている?」
「はあ、それが……いの一番にタウンハウスに逃げ込んだ様子でして……」
文官の話だと私財を確保してさっさと避難したらしい、尻拭いは政務官に任せきりだという。

そのことを聞いたクリストフは激高して、責任を果たさないアズバン卿を激しく罵った。
「父上!此度の事は耳に入っているのでしょうな!」
「う、うむ、わかっておるぞ、余は無能ではない。アズバンは更迭して私財を取り上げた後に降格とする。それで文句はなかろう?」
「賠償金をたっぷり搾り取ってください!」
「うむ、任せないさい」

アズバンはいきなり男爵位にまで落とされた、とうぜんの結果だろう。領地は取り上げられ財のほとんどを失った。だが、そこで終わりではなかったのだ。
「叩けば埃がというが違法栽培が露見したな」
彼はケシの実を密かに栽培していて、その販路も把握した。加担した幾人かの大臣たちは逮捕された。さらには闇ギルドとも結託していた。

「これらは初期段階で潰せました、まあ僥倖といえなくないです」
側近の話では一斉検挙に動きだしたとのことだ、ひとつの闇組織を潰せたことでクリストフは溜息した。
「思わぬことだったが良かった、腹黒いとは思っていたが……いやはや」


こうして何かもを失ったアズバン一家は赤子以外は重罰に処された。アズバン卿は死罪、正妻たちは奴隷の烙印を押されて鉱山行きとなった。

「ああ、どうしてこうなった……」
地下牢に一旦幽閉となったアズバンは目を潰されてギロチンで断頭されるのを待つだけとなった。
見えない目から血の涙を流すアズバンは打ちひしがれる。そこへクリストフがやってきてこう言った。

「やあ、久しいねアズバン。キミのところに愛娘を嫁がせなくて正解だったよ、危うく巻き込まれるところだ」
「ぐぅ……おのれぇ!」
悪態をつく彼だったが興奮していて何をいっているのかわからない、無様だとクリストフは肩を竦める。

「さあ、出たまえ、会場は大盛り上がりだぞ。目立つのが好きじゃないようだが我慢してくれ」
「うわああああ!」

衆人環視の中、銀色のギロチンが鈍く光っていた。
「殺せー!」
「そうだ!悪人は殺してしまえ!」
口々に叫ぶ人々は最期のショーに釘づけだ、泣き喚き抵抗するほど彼らは興奮した。
そして填め口に首を通されたアズバンは失禁して「いやだ、助けて」と震えて言った。

「執行!」



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