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某日、ラーボック侯爵邸――
第三織物工場の完成と、新たに縫製所を興した細やかな祝賀会が開かれた。
産業省の重鎮をはじめ、取引各社の重役等と職員らが祝杯をあげた。
織物産業に携わる極わずかな集まりだった。
祝宴は恙なく客人を持て成していたが、そこに場にそぐわない異物が混じった。
なんの交流もなく無関係な珍客、ダニエル・ガバリル氏だ。
ガバリル公爵が愚息を招待するよう圧を掛けたのだ。
恥も外聞もないダニエルは愛人レイチェルを連れ侯爵の前に現れた。
「ご招待を感謝する、連れは我が最愛レイチェル嬢だ。以後お見知りおきを」
厚顔無恥な二人に侯爵は侮蔑の目を向けた。
「……ほう、身分差を超え寵愛を捧げるとはダニエル殿は寛容なのですな」
「ふ、共に涅槃に眠るまで我が愛は燃え続けましょう、それほどに彼女は素晴らしい人なのですよ」
遠回しの嫌味を理解しないダニエルは、悦に入って彼女を誉めちぎった。
「可憐だ」「心根が優しい」など薄っぺらな方便を次々と並べる。
耳障りでしかないソレは、ラーボックの神経を逆なでしていくばかり。
ラーボック侯爵は無駄を嫌う倹約家である。
極力支出を減らし、捻出した利益は貢献する社員等に還元する主義である。
それに加え、慈善事業に快く参加し貧困層への援助も惜しまない寛大さも備えている。
その姿勢は内外に関係なく尊敬の眼差しを集める、徳高い御仁なのだ。
一方、身の丈以上の贅沢な暮らしを続け賭け事に興じ、家を傾けたガバリル公爵家とそりが合うわけがない。
ダニエルが愛人を囲い正妻を虐げた挙句追い出した、その愚行はラーボックの耳に入っている。
華がある美女だろうが傾城姫であろうが、彼の心に響くわけもない。
喉が枯れるほど愛人レイチェルを誉めそやし続け、ダニエルはラーボックの顔色を覗う。
「……如何でしょう?」
「はて、なにがかね」
無感という面持ちのラーボックにダニエルは困惑する。
(これほどレイチェルの素晴らしさを訴えたというのに!なんて失敬な態度か)
ダニエルは腹の内で焼石を飲むような苛立ちを感じた。しかし、なんとかレイチェルを売り込み養女にさせなければと怒りを抑え込む。
「出生は平民ですがレイチェルはとても品のある淑女で」
「あぁ、もう宜しい。私は大臣と話がありましてな。失礼する」
お待ちくださいと尚も纏わりつくダニエル、だが侯爵は耳を貸さなかった。
「貴様!我らより下位の分際でその態度は不敬であろう!」
とうとう激高したダニエルはラーボックを怒鳴りつけた。
「いつから貴公は我が家を見下す身になったのかね?」
「え?」
憤懣やるかたないダニエルは、目の前の男の言葉が信じられなかった。
「我が家はたしかに侯爵ではあるが、現王妃は我が姉。それから事業の功績と慈善活動が陛下に評価されましてな、近く陞爵することになった。どこぞのボンクラ公と挿げ替えると陛下はお考えだ」
3大公爵から蹴落とさると聞いたダニエルは目の前が真っ暗になった。
侯爵がありもしない虚言をするはずがない、崩れ落ちそうな足を辛うじて踏ん張った。
「ダニー、顔色が悪いわ。お暇しましょう」
手を引くレイチェルに促され、幽鬼のような足取りでダニエルは会場を出た。
第三織物工場の完成と、新たに縫製所を興した細やかな祝賀会が開かれた。
産業省の重鎮をはじめ、取引各社の重役等と職員らが祝杯をあげた。
織物産業に携わる極わずかな集まりだった。
祝宴は恙なく客人を持て成していたが、そこに場にそぐわない異物が混じった。
なんの交流もなく無関係な珍客、ダニエル・ガバリル氏だ。
ガバリル公爵が愚息を招待するよう圧を掛けたのだ。
恥も外聞もないダニエルは愛人レイチェルを連れ侯爵の前に現れた。
「ご招待を感謝する、連れは我が最愛レイチェル嬢だ。以後お見知りおきを」
厚顔無恥な二人に侯爵は侮蔑の目を向けた。
「……ほう、身分差を超え寵愛を捧げるとはダニエル殿は寛容なのですな」
「ふ、共に涅槃に眠るまで我が愛は燃え続けましょう、それほどに彼女は素晴らしい人なのですよ」
遠回しの嫌味を理解しないダニエルは、悦に入って彼女を誉めちぎった。
「可憐だ」「心根が優しい」など薄っぺらな方便を次々と並べる。
耳障りでしかないソレは、ラーボックの神経を逆なでしていくばかり。
ラーボック侯爵は無駄を嫌う倹約家である。
極力支出を減らし、捻出した利益は貢献する社員等に還元する主義である。
それに加え、慈善事業に快く参加し貧困層への援助も惜しまない寛大さも備えている。
その姿勢は内外に関係なく尊敬の眼差しを集める、徳高い御仁なのだ。
一方、身の丈以上の贅沢な暮らしを続け賭け事に興じ、家を傾けたガバリル公爵家とそりが合うわけがない。
ダニエルが愛人を囲い正妻を虐げた挙句追い出した、その愚行はラーボックの耳に入っている。
華がある美女だろうが傾城姫であろうが、彼の心に響くわけもない。
喉が枯れるほど愛人レイチェルを誉めそやし続け、ダニエルはラーボックの顔色を覗う。
「……如何でしょう?」
「はて、なにがかね」
無感という面持ちのラーボックにダニエルは困惑する。
(これほどレイチェルの素晴らしさを訴えたというのに!なんて失敬な態度か)
ダニエルは腹の内で焼石を飲むような苛立ちを感じた。しかし、なんとかレイチェルを売り込み養女にさせなければと怒りを抑え込む。
「出生は平民ですがレイチェルはとても品のある淑女で」
「あぁ、もう宜しい。私は大臣と話がありましてな。失礼する」
お待ちくださいと尚も纏わりつくダニエル、だが侯爵は耳を貸さなかった。
「貴様!我らより下位の分際でその態度は不敬であろう!」
とうとう激高したダニエルはラーボックを怒鳴りつけた。
「いつから貴公は我が家を見下す身になったのかね?」
「え?」
憤懣やるかたないダニエルは、目の前の男の言葉が信じられなかった。
「我が家はたしかに侯爵ではあるが、現王妃は我が姉。それから事業の功績と慈善活動が陛下に評価されましてな、近く陞爵することになった。どこぞのボンクラ公と挿げ替えると陛下はお考えだ」
3大公爵から蹴落とさると聞いたダニエルは目の前が真っ暗になった。
侯爵がありもしない虚言をするはずがない、崩れ落ちそうな足を辛うじて踏ん張った。
「ダニー、顔色が悪いわ。お暇しましょう」
手を引くレイチェルに促され、幽鬼のような足取りでダニエルは会場を出た。
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