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「お母様……」
「まぁ、コリンヌ妃殿下このような所に来てはいけませんわぁ」

花園で佇むブリジッタは弱弱しく微笑み、諌言を口にする。彼女がここに来るときは現実逃避したい時ばかりだ、20も離れた夫から逃げる時も同じようにしていた。

「お母様、伯爵位を剥奪されたと聞いています。お屋敷も取り上げられると……お母様ひとりで放逐されるだなんて耐えられません!」
涙を浮かべた瞳がとうとう決壊してポロポロと幾筋も線を描く、そんな娘にハンカチを当てて「しょうのない人ねぇ」と苦笑した。

「せめてこれをお持ちください、私の預金と装飾品の一部です。こんな事でしか助けられず申し訳ないです」
「まぁ……妃殿下、畏れ多いです」
受けとれ受け取らないと押し問答をひとしきりした後で折れたのはブリジッタだ、彼女は預金通帳を受け取り「一部返還します」と言った。

「装飾品はいただけないわ、これは血税で買われたもの。妃殿下としての誇りであり国の宝だわ、貴女はそれをお借りしているだけ、忘れてはダメよ?」
「はい、お母様わかりました……どうか、息災で」

どこか浮世離れした母だったが、いつの間にか間延びした物言いはしなくなった。コリンヌはすべて演技だったのだと漸く知る。



そして、従者も一人も付けず彼女は静かに門を潜っていった。




***


「コリンヌ妃殿下には累が及ばなかった、彼女はすでに籍を外れていたからな。それだけは幸いだ」
ディオンズは静かにそういうと、これまでの調書を閉じた、もう全て終わったのだ。

後はカシュト元伯爵の処刑を待つだけになったのだ、謀反を起こした角で幽閉されている彼は狂ったように妻の名を叫んでいたが、やがて本当に狂ってしまい。受け答えできぬほど憔悴していた。ついには糞便を垂れ流し看守を困らせている。

「堕ちるところまで堕ちたな、まぁ当然か」
彼は眉間を揉み疲れをとる、彼の仕事はまだまだ終わらない。今度はゲルネイル共和国の長としての職務がある。だいぶ風通しがよくなったもののまだ膿は僅かに残る。

「へいへーい大統領閣下、仕事の追加ですよ~」
「うげ!またか!」
レイモンは山のような書類を両手にやってきた、新しい政治は始まったばかりだ。政治体制を整え、民主主義になったことで嘆願書はつきない。

「そうおっしゃいますな、俺だって休日返上で頑張ってるんですよ。お互い様っしょ?」
「ああ、わかっている。もう暫く我慢させるな長期休暇楽しみにな」
「そうこなくっちゃ!」

仕事がひと段落した頃、尋ねる者が来た。遠慮がちなノックに首を傾げる二人だ。
「あ、あの、ディオンズ様、お茶などいかがでしょう?仕事を捗らせるには休憩は必要ですわ」
「おお、セレン!ありがとう頂くよ!」
「ごちになりまーす」

セレンジェールが自ら焼いたというクッキーは争奪戦になり、男ふたりは「私の」「俺の」と奪い合いになった。
「あらあら、まだクッキーは残っていますわ。持ってきましょうか?」
「「是非!」」

「ふふ、承知しました。たくさん食べてください」
「あ!セレン……その」
「はい?」
去ろうとする彼女の腕を掴み、懇願するような瞳でディオンズは口をモゴモゴする。

「どうかしましたか?」
「あの……抱擁をしても良いだろうか……癒しが必要なのだ、絶対に!」
「まあデイオンズ様、そんな事でしたらいくらでも」

彼女はギュウっと抱きしめて「偉いですよ、デイオンズ様。頑張って」と言った。
土砂崩れを起こした彼の顔は「見られたもんじゃない」とレイモンによって吹聴された。







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