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夜会にて

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予定通り夜会に参加した二人は衆目を集めた、滅多に催しものに参加しないランドル・ウィスダムは当然に目立ったし、彼が伴った女性は訳ありの”エメライン・オルドリッチ”なのだから。
スキャンダルが大好物な貴族は遠慮もせずに厭らしい視線を二人に向けるのだ。テリアスと離縁してから社交から距離を置きがちだったエメラインは居たたまれない。

小さな茶会には参加はしていた彼女だが、やはり公爵子息と王家主催の夜会への参加は注目度が違うらしい。自然と体を硬直させて俯き気味なエメラインに気が付いたランドルは優しく彼女の肩に手を置いた。
「護ると言っただろう、キミはとても美しいよ。ほら堂々として」
「え、ええ。そうねありがとう」
ややぎこちないが、上を向き笑顔を見せた彼女はキラキラと眩しい。ランドル色に着飾った彼女を見て「俺は果報者だ」と呟いた。

贈られたアクセサリーに合わせた青いドレスは流行の物ではなかったが、高級絹生地をふんだんに使ったそれはとても品があり彼女に似合っていた。やがて、王妃への言祝ぎを述べる挨拶が一段落するとダンス音楽が流れだした。
「一曲いいかな?不慣れだけれど」
「ええ、よろしくお願いします」
ランドルは謙虚に誘ったが、踊ってみれば素晴らしいリードをしてエメラインを驚かせた。いつも父か兄としか踊っていない彼女には衝撃だった。

「ふわふわと羽が生えた様に軽やかに踊れますわ、なんて素晴らしいの」
「羽のようにか、それはエメが天使だからさ、いいや女神かな?」
「まあ、揶揄わないで」
優雅に踊るには洗練された所作はもちろん、筋力がいるものだ。騎士として厳しい鍛錬を重ねているランドルは条件が揃い過ぎていたのだ。ヒールを着用しても身長差三十センチもありながら、違和感なく踊りこなす美技は彼の能力ありきだろう。

どのカップルより美しく舞う姿に侮蔑の視線をぶつけていた貴族らの表情が変わっていく。軽蔑から賞賛へと変化するのはあっと言う間だった。
「素晴らしいですわ!」
「とても美しく華やかだ」
「なんてお似合いなのでしょう」
手の平返しが見事な噂雀たちの言葉を聞いた彼らは苦笑して二曲続けて舞い、傍観者たちを魅了した。


喉を潤そうとエメラインの手を引き立食スペースの方へ歩む。
軽く手を上げれば給仕が銀盆に乗せたシャンペンを持ってきた、一杯では足らないランドルは追加を頼んで軽く食事を摘まもうとエメラインをテーブルへ誘う。皿にいくつかオードブルを乗せていると横合いから声が掛かった。

「ランドル様、ごきげんよう」
「……おや、キミも参加していたのか。はて、下位の者は招待されないはずだが」
かつての部下ジョルジュの登場に少し驚いた、伯爵以下の貴族は招待されない王妃の誕生会に準男爵令嬢がいたことに違和感をおぼえる。

「某伯爵の御子息にパートナーとして誘われましたの、問題はないでしょう?」
「あぁそれなら……しかし驚いた、あのような事があって俺に話しかけてくるとは」
厚顔無恥な態度のジョルジュにさすがのランドルも苦言を呈したが、肝心の彼女はどこ吹く風である。そして、ランドルの横にいたエメラインへちらりと視線を向けた。

するとランドルは彼女を庇うように一歩前に出て、広い背中で愛しい者を隠した。なにをやらかすかわからない女狐を警戒しているのだ。彼の双眼は厳しくジョルジュを捕えていた。それを見たジョルジュはギリッと奥歯を噛みしめて苛立ちを露わにする。
「なんだ?その手元にあるワインでも彼女に浴びせる算段だったのか、悪いな阻ませてもらう」
「……いいえ、そんな勿体無いこと。私はただ」
並々と注がれたワインは零れそうなほどグラスにあった、明らかに不自然な量である。女性の心には愚鈍なランドルだが警備に関しては一流だ、不審な行動は見逃さない。

「それより……先ほどのダンスは見事でしたわ、是非、私と一曲」
一向に引こうとしない彼女は白い手をスッとランドルの胸もとに伸ばして強請ってきた。だが、応じる気配はない。
「悪いが、今宵に限らずダンスの相手はエメラインただ一人と決めている。これまでもこれからも」
これまで数える程度しか舞踏がつく会に参加していないランドルではあるが、母親とすら手を取った事はない。彼の恋はいつも真っ直ぐなのだ。

「――ッ!さようですか、残念ですわ。とてもとても残念」
ジョルジュはそう言うと手にしていたワイングラスを傾けてダラダラと床に零した。そのワインは王族が愛しているオルドリッチのものだ。彼女なりの精一杯の抵抗なのだろうか。
「失礼、些か酔ったみたい。高級なワインは下賤な私に合わないようですわ」
己のドレス裾と床に染みを作ったジョルジュは悪びれる様子もなくその場を去っていった。王妃が用意した極上ワインを捨てた不敬を後悔するとも知らずに。


「嫌な思いをさせて済まなかった」
「そんな!ランドル様は守ってくださったじゃない。私は……その、嬉しかったですわ」
家族以外の殿方に丁寧に扱われ、護らたことがないエメラインは頬を染てモジモジしていた。その仕草がとても愛らしくてランドルは「この可愛い生き物を持ち帰って良いかな?」と天井を仰いだ。ともに熟れたトマト化した彼らは初な少年少女のようにそこにいた。

その様子を遠くで見守っていたアレンが「やれやれ」と肩を竦めて、群がって来る女子男子を躱していた。




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