上 下
13 / 23

親睦を深めたい男

しおりを挟む
早朝訪問の騒ぎ以来、ランドルは足繁くオルドリッチ家へ訪ねるようになった。目的はもちろんエメラインの心を得るためだ。だが、彼女ばかりを攻めたとて上手く行かないと彼は理解している。
ただのバカだと思い込んでいたアレンは意外な成長ぶりに驚いた。「脳みそまで筋肉かと思っていたぞ」と辛辣な台詞はランドルの心を抉る。

「酷いぞ、俺だっていつまでもクソガキのままでいるものか!いまは優しく丁寧にがモットーなのだから」
「へぇ、まぁ以前よりはマシな男になったようで安心したよ。エメはとても繊細な子だから気を配ってくれ」
泣き虫で気が弱いエメラインも大人になって強さは身に着けてはいたが、エイマーズ家と関わったせいで人間不信な面を持っている。
「時間はかかっても妹には幸せになって欲しい」
アレンは心からそう思わずにおれない、そんな彼も21歳になり大量の釣書きと格闘する日々を送るようになった。

全てにおいて凡庸そうなアレンではあるが、存外人誑しな面を持っていて社交界では一目置かれていた。常に柔らかな笑みを浮かべ物腰柔らかな青年に育った彼はどこに顔をだしてもモテた。
「お前って男にまで虜にするよな、小悪魔め」
「よせよ、そっちに興味はないから」
ランドルの言葉は揶揄ってはいない、実際に男色家と噂の王子から幾度も誘われた経験があった。もちろん丁重にお断りしている。

幼馴染であるランドルと仲が良すぎて邪推する輩もいるがそれは別の話である。

「で、妹は落とせそうか?マイナスからのスタートだから心してかかれよ」
「うぐ……わかっているさ、この通り厳つい印象だからな……お前みたいな優男に憧れるぞ」
「おい!言い方!どうしてお前は誤解を生む言い回しをするんだよ!」
腐のつく女子たちが騒ぐようなやり取りをしていると、四阿で寛いでいる彼らの元へエメラインが侍女を伴って現れた。

「小春日和とはいえ外は冷えますわ、サロンでお茶が宜しいのに」
抱えたバスケットに茶菓子を持参したエメラインは苦笑してテーブルへ並べる、侍女は茶器を丁寧に扱ってすぐに湯で椀を温めた。

「無骨な男二人がサロンでは様にならない、特にコイツとはな」
「チッこっちの台詞さ」
小突き合う二人を見て、エメラインはクスクスと笑う。二人の仲の良さはほんとうの兄弟のようである。
「殿方同士の友好は羨ましいわ、私にも親友がいたら素敵なのに」
彼女は少々憂いた顔を覗かせて頬に手を置く、学園にも通わなかった箱入りのエメラインは友と呼べる相手がいないのだ。

「そ、それならば俺ではダメだろうか!先ずは友人として親睦を深めたく思う!」
「ま、まあ……落ち着いてくださいなランドル様」
彼の気迫に押されたエメラインは眉をハチの字にして困惑した、長く交流を絶ってはいたが知らぬ間柄ではない。いまさらだろうと彼女は苦笑した。

「私達は幼馴染で友人ですわ、親友かはあやしいけど他人とは思ってませんわ」
「あ、ああそうか。そう思ってくれたなら嬉しいよ!」
自己評価を低めにしているらしいランドルは、エメラインの気遣いに頬を朱に染めた。そのように落ち着いた態度でおれば好青年なのだが、地が出ると台無しになる。
そう、黙ってさえいれば銀髪の似合う美形なのだが、本人はその自覚が足りないのである。

騎士団内において鍛錬場へ見物にやって来る女子からは黄色い声援を送られている。汗を滴らせて前髪をかき上げる仕草はなんとも艶があり評判が良い。だが本人はやはりエメラインにしか興味がないらしく恋文を貰っても読むことはなかった。彼の一途さは本物なのだ。


「この焼き菓子はとても美味しいな。騎士団でも食べられたら最高なのに」
「あら、そうですの?」
男だらけの騎士団には甘味にありつける機会があまりないのだそうだ、筋力をつけるためには肉料理が多く、すぐにエネルギー補給するために口にするのはナッツかドライフルーツばかりだという。
「仕方ないけどな……有事の際にすぐ動ける携帯食として重宝されるのは日持ちするものばかりだし」
「それなら焼き菓子だって日持ちするだろう。……ならばエメ、おまえが差し入れしてはどうか?」
兄のアレンが名案が閃いたとばかりにテーブルを叩いて言った。

「お、お兄様?」
「そうかその手があった!どうだろうエメライン、是非一度騎士団へ鍛錬の見学に来てくれないかな?」
困惑するエメラインを余所にすっかりその気になってしまったランドルである。
趣味程度の菓子しか作れない彼女は「勝手に話を進めないで」と声高に言ったが男達は聞こえないふりを通すのだ。


***

「まったくもう……私はクッキーくらいしか出来ませんのよ」
厨房におりた彼女はテーブルの上に山と積まれた材料を見て頬を膨らませた。製菓用のチョコを摘まみ上げて指先で弄ぶ。テンパリングしていないそれはザラザラで艶が無くすこし粉がふいているように見えた。
「チョコがお好きと言ってたわね……うーん。私一人では無理ね」
「もちろんお手伝いいたしますわ、お嬢様!ですから騎士団に行く際は是非にお供を」
年若い侍女は騎士に興味があるようだ、エメラインは「お年頃なのねぇ」と微笑む。

「お嬢様だってお年頃です!一緒に殿方のハートを射止めましょう!」
気合十分過ぎる侍女を見て彼女は面食らうのだった。

「どうして私の周囲は熱い人が多いの?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

嫉妬の代償は旦那様からの蜜愛でした~王太子は一夜の恋人ごっこに本気出す~

二階堂まや
恋愛
王女オリヴィアはヴァイオリンをこよなく愛していた。しかし自身最後の音楽会で演奏中トラブルに見舞われたことにより、隣国の第三王女クラリスに敗北してしまう。 そして彼女の不躾な発言をきっかけに、オリヴィアは仕返しとしてクラリスの想い人であるランダードの王太子ヴァルタサールと結婚する。けれども、ヴァイオリンを心から楽しんで弾いていた日々が戻ることは無かった。 そんな折、ヴァルタサールはもう一度オリヴィアの演奏が聴きたいと彼女に頼み込む。どうしても気が向かないオリヴィアは、恋人同士のように一晩愛して欲しいと彼に無理難題を押し付けるが、ヴァルタサールはなんとそれを了承してしまったのだった。

恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。  伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。  婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。  恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。 「俺の子のはずはない」  恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。 「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」  だけどカトリオーナは捨てられた――。 * およそ8話程度 * Canva様で作成した表紙を使用しております。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。 * 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

寡黙な彼は欲望を我慢している

山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。 夜の触れ合いも淡白になった。 彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。 「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」 すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

処理中です...