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ランドルの初恋事情
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オルドリッチ兄妹と出会ったのはランドル4歳の誕生日の祝いの席であった。
ランドルの父親ウィスダム公爵はワイン愛好家で、中でもオルドリッチワインに目が無かった。その縁での繋がりであるが、オルドリッチとて順風満帆だったわけではない。
長男アレンが2才の時、葡萄の収穫が芳しくなく不作となった年にやや傾きかけた過去を持つ。
ウィスダム家は親子揃ってお気に入りのワインが飲めなくなるのは忍びないと利子なしの融資を申し出た経緯がある。
恩義に報いるためにオルドリッチ家は天候に左右されない品種を育て、伯爵家を建て直したのである。その事情もあり両家は良い関係を保ってきた。
大人たちの諸事情はともかくとして兄妹とランドルの付き合いは順調だった。互いの性格は真逆ではあるが妙に馬が合って、催しなどがなくても交流するようになった。
まるで三兄妹のような仲の良さに周囲は暖かい目で彼らを見守る。
ランドル五歳、エメライン4歳の時に婚約してはどうかと話が上った。しかし、当時のエメラインは良く熱を出す子で大人し過ぎる性格のこともあり、騎士を輩出しているウィスダム家に嫁ぐには酷なのではと白紙になった。
だが、そのような裏事情を知らないランドルはエメラインに恋をしていた。少年ランドルが小さな胸を痛めていたなど大人達は知らなかった。恋心を育む彼はなんとか彼女の気を引きたくて仕方がない。
そこで好きなものを共有すれば、もっと仲良くなれるのではと間違った方向へ動いてしまったのだ。
『エメ、ほらトンボを捕まえたんだ!とても立派だろう?オニヤンマと言うんだぞ』
『ひぃ!怖い!なんなのその虫!近づけないで』
子供の小さな手には収まりきらない巨大な虫の姿にエメラインは興味ではなくて恐怖を覚えたのだ。だが、なんとか虫を好きにさせたいランドルは嫌がる彼女を追いかける。
己が好きなものは他人も好きなはずと思い込んでいる幼い少年は泣いて逃げる彼女を”理解しない子”と認定してしまう。
『好き嫌いは良くない!ちゃんと向き合えば良さがわかるんだ!』
『いやあ!あっちへ行って!お兄様助けて!』
家の壁際に追い詰められたエメラインは必死に抵抗して泣いた、触れて見ろと迫る悪童と化したランドルは彼女の細腕に巨大トンボを押し付けてしまった。
肉食であるオニヤンマは柔肌に噛みついた、捕食ではなく敵に対しての抵抗である。オバカなランドルは噛まれて流血したエメラインを見て茫然とする。当然泣き叫ぶエメラインの声は屋敷中に響き渡った。
盛大に父親からゲンコツを食らったランドルは”良かれと思って”と不貞腐れる。
幼いが故の過ちだったが、なにがいけなかったのか当時のランドルにはわからなかったのだ。
そのオニヤンマ事件を境にエメラインは公爵家へ遊びに行くことを拒絶した。しかし、兄アレンはランドルはバカだけど気の良いヤツだと仲良くあり続けた。
『エメ、ランドルには会いたくないのかい?彼は残念がっていたよ』
『絶対遊ばない!トンボに噛まれた所がまだ痛いのよ!彼なんか大嫌い』
距離を置かれてしまったランドルはすっかり悄気て、何をしていても上の空となった。
謝罪の手紙を何通も出してみたが、彼女から返事が来ることはなかった。
そんな時、ワイン蔵の創立記念祭が開かれることになった、当然上得意先であるウィスダム家は招待された。是非一家全員でと招かれたことでランドルは喜んで参加した。
久しぶりの再会を喜ぶランドルと顔も見たくないと思うエメラインでは温度差が凄かった。仲良くさせたいアレンは仲介に入ってアレコレと世話を焼く。
相変わらず虫が嫌いだというエメラインに好きになる秘策を用意していたランドルはとんでもない失敗をするのだ。
虫に模した草ならば害はないし、慣れるに違いないと思い込んだ彼は摘み取って茶色に枯れさせた猫じゃらしを大量に用意していたのである。
そんなサプライズなど知るはずもないエメラインはランドルから距離を置いて油断していた。記念祭とあって気合の入った装いの彼女は誰から見ても可憐で妖精のように輝いていた。
だが、幼く愚かなランドルは、着飾ってお澄まししていた彼女に毛虫そっくりのそれを頭上からばら撒いたのである。
『きぃやーーー!け、毛虫が!私の頭とドレスに!ひぃいいいい!誰か助けてぇぇぇ!キャアアアア!』
『あはは!やだなそれは猫じゃらしだよ。ただの雑草の実だよ』
だがパニックに陥ったエメラインにはランドルの声は届かない、騒ぎに気が付いた大人達もワラワラと寄って来て彼女を宥めたが効果はなかった。
白目を剥いて倒れたエメラインは強かに体を床に打ち付けて怪我までしてしまった。
『騎士を目指す者が人に害を与えるとは恥を知れ!』
ウィスダム家に戻ったランドルは祖父と父親にきついお灸をすえられた。二度も大好きな子に怪我を負わせてしまったランドルは流石に猛省をするのだった。
『ごめんなさいエメ、俺はただ仲良くなりたかった……それだと言うのに。方法を間違えてしまった』
大好きな気持ちを伝えることも出来ないまま、彼は初恋を拗らせて距離を取らざるを得なかったのだ。
自分がエメラインの周囲にいる限り傷をつけるのだと思った彼は”毛虫事件”依頼は挨拶以外に接触することは遠慮するようになった。
成人して恋はやがて愛へと変化していたが、エメラインは違う男と婚約してしまった。
身を切るような辛さを体験したランドルだったが「彼女が幸せになるのなら」と身を引いたのである。
「だが、今度は間違えない!エメラインをこの世で一番幸せにしたいんだ!」
苦い思い出から彼は逃げず、ずっと一途に温めてきた初恋をいま開花させようと彼は張り切るのである。
「空回りしてるけどな」
「え」
ランドルの父親ウィスダム公爵はワイン愛好家で、中でもオルドリッチワインに目が無かった。その縁での繋がりであるが、オルドリッチとて順風満帆だったわけではない。
長男アレンが2才の時、葡萄の収穫が芳しくなく不作となった年にやや傾きかけた過去を持つ。
ウィスダム家は親子揃ってお気に入りのワインが飲めなくなるのは忍びないと利子なしの融資を申し出た経緯がある。
恩義に報いるためにオルドリッチ家は天候に左右されない品種を育て、伯爵家を建て直したのである。その事情もあり両家は良い関係を保ってきた。
大人たちの諸事情はともかくとして兄妹とランドルの付き合いは順調だった。互いの性格は真逆ではあるが妙に馬が合って、催しなどがなくても交流するようになった。
まるで三兄妹のような仲の良さに周囲は暖かい目で彼らを見守る。
ランドル五歳、エメライン4歳の時に婚約してはどうかと話が上った。しかし、当時のエメラインは良く熱を出す子で大人し過ぎる性格のこともあり、騎士を輩出しているウィスダム家に嫁ぐには酷なのではと白紙になった。
だが、そのような裏事情を知らないランドルはエメラインに恋をしていた。少年ランドルが小さな胸を痛めていたなど大人達は知らなかった。恋心を育む彼はなんとか彼女の気を引きたくて仕方がない。
そこで好きなものを共有すれば、もっと仲良くなれるのではと間違った方向へ動いてしまったのだ。
『エメ、ほらトンボを捕まえたんだ!とても立派だろう?オニヤンマと言うんだぞ』
『ひぃ!怖い!なんなのその虫!近づけないで』
子供の小さな手には収まりきらない巨大な虫の姿にエメラインは興味ではなくて恐怖を覚えたのだ。だが、なんとか虫を好きにさせたいランドルは嫌がる彼女を追いかける。
己が好きなものは他人も好きなはずと思い込んでいる幼い少年は泣いて逃げる彼女を”理解しない子”と認定してしまう。
『好き嫌いは良くない!ちゃんと向き合えば良さがわかるんだ!』
『いやあ!あっちへ行って!お兄様助けて!』
家の壁際に追い詰められたエメラインは必死に抵抗して泣いた、触れて見ろと迫る悪童と化したランドルは彼女の細腕に巨大トンボを押し付けてしまった。
肉食であるオニヤンマは柔肌に噛みついた、捕食ではなく敵に対しての抵抗である。オバカなランドルは噛まれて流血したエメラインを見て茫然とする。当然泣き叫ぶエメラインの声は屋敷中に響き渡った。
盛大に父親からゲンコツを食らったランドルは”良かれと思って”と不貞腐れる。
幼いが故の過ちだったが、なにがいけなかったのか当時のランドルにはわからなかったのだ。
そのオニヤンマ事件を境にエメラインは公爵家へ遊びに行くことを拒絶した。しかし、兄アレンはランドルはバカだけど気の良いヤツだと仲良くあり続けた。
『エメ、ランドルには会いたくないのかい?彼は残念がっていたよ』
『絶対遊ばない!トンボに噛まれた所がまだ痛いのよ!彼なんか大嫌い』
距離を置かれてしまったランドルはすっかり悄気て、何をしていても上の空となった。
謝罪の手紙を何通も出してみたが、彼女から返事が来ることはなかった。
そんな時、ワイン蔵の創立記念祭が開かれることになった、当然上得意先であるウィスダム家は招待された。是非一家全員でと招かれたことでランドルは喜んで参加した。
久しぶりの再会を喜ぶランドルと顔も見たくないと思うエメラインでは温度差が凄かった。仲良くさせたいアレンは仲介に入ってアレコレと世話を焼く。
相変わらず虫が嫌いだというエメラインに好きになる秘策を用意していたランドルはとんでもない失敗をするのだ。
虫に模した草ならば害はないし、慣れるに違いないと思い込んだ彼は摘み取って茶色に枯れさせた猫じゃらしを大量に用意していたのである。
そんなサプライズなど知るはずもないエメラインはランドルから距離を置いて油断していた。記念祭とあって気合の入った装いの彼女は誰から見ても可憐で妖精のように輝いていた。
だが、幼く愚かなランドルは、着飾ってお澄まししていた彼女に毛虫そっくりのそれを頭上からばら撒いたのである。
『きぃやーーー!け、毛虫が!私の頭とドレスに!ひぃいいいい!誰か助けてぇぇぇ!キャアアアア!』
『あはは!やだなそれは猫じゃらしだよ。ただの雑草の実だよ』
だがパニックに陥ったエメラインにはランドルの声は届かない、騒ぎに気が付いた大人達もワラワラと寄って来て彼女を宥めたが効果はなかった。
白目を剥いて倒れたエメラインは強かに体を床に打ち付けて怪我までしてしまった。
『騎士を目指す者が人に害を与えるとは恥を知れ!』
ウィスダム家に戻ったランドルは祖父と父親にきついお灸をすえられた。二度も大好きな子に怪我を負わせてしまったランドルは流石に猛省をするのだった。
『ごめんなさいエメ、俺はただ仲良くなりたかった……それだと言うのに。方法を間違えてしまった』
大好きな気持ちを伝えることも出来ないまま、彼は初恋を拗らせて距離を取らざるを得なかったのだ。
自分がエメラインの周囲にいる限り傷をつけるのだと思った彼は”毛虫事件”依頼は挨拶以外に接触することは遠慮するようになった。
成人して恋はやがて愛へと変化していたが、エメラインは違う男と婚約してしまった。
身を切るような辛さを体験したランドルだったが「彼女が幸せになるのなら」と身を引いたのである。
「だが、今度は間違えない!エメラインをこの世で一番幸せにしたいんだ!」
苦い思い出から彼は逃げず、ずっと一途に温めてきた初恋をいま開花させようと彼は張り切るのである。
「空回りしてるけどな」
「え」
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