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下町の窟の中で
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王都の端で雪がちらつき始めた頃。
比較的に刑期が短く済んだアニタは牢屋から解放されたが、自由の身になったわけではない。彼女は手錠と目隠しをされたまま下町の奥へと連れられていった。粗末な荷馬車に放り込まれたアニタは文句を垂れたが「その丹力があるなら生きていけるだろう」と女衒の男は大笑いする。
上品さなど皆無のその者にアニタは悪感情が沸き上がる、己で作った借金を支払うために働きに出されると知った彼女は抵抗して暴れたものだが、鳩尾に蹴りを入れられると急激に大人しくなった。
蝶よ花よと甘やかされて育った彼女は、力でねじ伏せられる恐怖を覚えたのだ。
「ほらよ、しっかり稼ぎな。生娘ってわけでもないだろうからな」
アニタのその身から噴き出す厭らしさを嗅ぎ取った女衒は下卑た笑みを浮かべて、とある店のドアを乱暴に開けて彼女を押し込む。
「何するのよ!痛いじゃない」
「うるせぇ、次は蹴るだけじゃ済まさないぞ」
気が強いアニタだったが出立する際に蹴られた箇所を撫でて青褪める、他人から受ける暴力に慣れていない彼女はワナワナと震えることしか出来ない。
店内に入ってやっとアニタは目隠しを剥ぎ取られた、手錠は嵌められたままなのに苛立つ。
店主と女衒が商売のやり取りをしている間、アニタは店内を観察した。目隠しの隙間から見た店の外観は薄汚い印象だったのに中はとてもキラキラした内装であることに驚く。
世間知らずな彼女はそこが娼館であるとは夢にも思っていない、やや派手な装飾が目立ったが食堂のような所かと勘違いする。
やがて取引を終えたらしい女衒が帰って行くと店の女将が付いてくるように言う。
わざとノロノロしていたら手錠に繋がった縄を引っ張られて前のめりに転びそうになる。
「ここの遊女達を纏めてるのは私さ、逆らったら容赦なく折檻されるからね。肝に銘じな」
偉そうな物言いをする初老の女をアニタは睨む、さっそくと癪に障ったらしい女将が手にした鞭で手に平を打ってきた。
「顔は商売道具だから殴らないがね、でも叩かれても改心しないようなら尻に焼き印だよ」
「ひぃ!?」
暴力的なことを宣言されてさすがのアニタも従順なフリをする、皮膚を焼かれるのだけは勘弁らしい。
やがて連れて来られたそこは大部屋で、数人の女達が気怠そうにそこにいた。
「売れないヤツはずっとこの雑居で暮らすことになる、精々頑張る事さ」女将はそう言ってタオルと安っぽい肌着を彼女に押し付けた。
「おい、アンタ。この子にここでの仕来たりを教えてやりな」
「はいよ、任せて」
一番年嵩らしい女に少しの金を渡すと女将は去っていく。
***
女衒に連れてこられて訳が分からなかったアニタだったが、ここが性を売る場所だと理解すると震えた。
見知らぬ好きでもない不特定多数とまぐわう事に畏怖したのだ。
「い、嫌よ!どうして私が!」
愛する兄の身体しか知らない彼女は身を竦めるが、それが仕事だと割り切れとしか言われない。
「拒否すんのはいいけど客を取れない能無しはもっと悲惨な場所へ送られるよ」
「え……そんな、酷いわ!」
雨風凌げるこの娼館は優遇されている方だと娼婦らに聞かされた。
「最低限の飯が出て、寝具も与えられる。借金をこさえた己を恨みながらここで生きてくしかないのさ」
「……うう、そんなぁ私は伯爵家の娘なのに」
身分のことを掲げるアニタに同僚達は「ド阿呆が」と失笑をする、こんな場末に来たのだからとっくに身分など失っていると笑われた。
これまで我儘放題に振る舞い借金を作って来たという真実をアニタは受け入れられないのだ。
ここにきて三日目の朝、寝コケている所に冷水を浴びせられた彼女は悲鳴をあげて飛び起きた。
「いい加減にしな、御指名を袖にするとは何様のつもりだい!貧民窟の夜鷹に落ちたいのかい!」
「わ、わかったわよ!今夜から客を取るから折檻はやめて!」
ブチ切れた女将の恫喝に恐れをなしたアニタは漸く覚悟をした。
渋っていた彼女だったが、元から性的にふしだらな性格だったことから知らない男と性交するのはすぐに慣れてしまう。どのような行為でも受け入れ、やがて人気娼婦となったアニタは大部屋を抜けて個室を与えられた。
「強かに媚を売るだけで男は喜ぶのね、テリーとさして変わらないわ」
爪を磨いて息を吐く彼女はすっかり娼婦が板に付いた。しかし、天職であると思うと同時にここから出たいという願望も捨てきれない。
「外に出たい……自由に歩きたい、流行りのカフェでお茶を楽しみたいわ。テリーは今頃どこにいるの?」
ここで耐えていればいつか再会できると信じていたアニタは虚しい希望を燻ぶらせる。
半年もすれば上客がつき、店に囚われながらも贅沢できるようになった。それでも自由になることを望むのだ。
「ねぇ旦那様、私を愛人にしてここから出してくださらない?」
見目が良い若い客にしな垂れかかってアニタは色香で誘惑する、その必死な様子に客は笑った。
「は?そんな無駄金があったら、こんな見窄らしい下町の娼館で女など買いやしないよ」
「な……なんですって!?」
「ほんと世間知らずだな、この店はそれなりの箔を持ってはいるが貴族相手の高級娼館には遠く及ばない。そこは高いし通うにはキツイ、だから俺はここに来てるんだ」
「そんな……」
仮初の愛にしがみ付いたアニタは心が壊れだした。
比較的に刑期が短く済んだアニタは牢屋から解放されたが、自由の身になったわけではない。彼女は手錠と目隠しをされたまま下町の奥へと連れられていった。粗末な荷馬車に放り込まれたアニタは文句を垂れたが「その丹力があるなら生きていけるだろう」と女衒の男は大笑いする。
上品さなど皆無のその者にアニタは悪感情が沸き上がる、己で作った借金を支払うために働きに出されると知った彼女は抵抗して暴れたものだが、鳩尾に蹴りを入れられると急激に大人しくなった。
蝶よ花よと甘やかされて育った彼女は、力でねじ伏せられる恐怖を覚えたのだ。
「ほらよ、しっかり稼ぎな。生娘ってわけでもないだろうからな」
アニタのその身から噴き出す厭らしさを嗅ぎ取った女衒は下卑た笑みを浮かべて、とある店のドアを乱暴に開けて彼女を押し込む。
「何するのよ!痛いじゃない」
「うるせぇ、次は蹴るだけじゃ済まさないぞ」
気が強いアニタだったが出立する際に蹴られた箇所を撫でて青褪める、他人から受ける暴力に慣れていない彼女はワナワナと震えることしか出来ない。
店内に入ってやっとアニタは目隠しを剥ぎ取られた、手錠は嵌められたままなのに苛立つ。
店主と女衒が商売のやり取りをしている間、アニタは店内を観察した。目隠しの隙間から見た店の外観は薄汚い印象だったのに中はとてもキラキラした内装であることに驚く。
世間知らずな彼女はそこが娼館であるとは夢にも思っていない、やや派手な装飾が目立ったが食堂のような所かと勘違いする。
やがて取引を終えたらしい女衒が帰って行くと店の女将が付いてくるように言う。
わざとノロノロしていたら手錠に繋がった縄を引っ張られて前のめりに転びそうになる。
「ここの遊女達を纏めてるのは私さ、逆らったら容赦なく折檻されるからね。肝に銘じな」
偉そうな物言いをする初老の女をアニタは睨む、さっそくと癪に障ったらしい女将が手にした鞭で手に平を打ってきた。
「顔は商売道具だから殴らないがね、でも叩かれても改心しないようなら尻に焼き印だよ」
「ひぃ!?」
暴力的なことを宣言されてさすがのアニタも従順なフリをする、皮膚を焼かれるのだけは勘弁らしい。
やがて連れて来られたそこは大部屋で、数人の女達が気怠そうにそこにいた。
「売れないヤツはずっとこの雑居で暮らすことになる、精々頑張る事さ」女将はそう言ってタオルと安っぽい肌着を彼女に押し付けた。
「おい、アンタ。この子にここでの仕来たりを教えてやりな」
「はいよ、任せて」
一番年嵩らしい女に少しの金を渡すと女将は去っていく。
***
女衒に連れてこられて訳が分からなかったアニタだったが、ここが性を売る場所だと理解すると震えた。
見知らぬ好きでもない不特定多数とまぐわう事に畏怖したのだ。
「い、嫌よ!どうして私が!」
愛する兄の身体しか知らない彼女は身を竦めるが、それが仕事だと割り切れとしか言われない。
「拒否すんのはいいけど客を取れない能無しはもっと悲惨な場所へ送られるよ」
「え……そんな、酷いわ!」
雨風凌げるこの娼館は優遇されている方だと娼婦らに聞かされた。
「最低限の飯が出て、寝具も与えられる。借金をこさえた己を恨みながらここで生きてくしかないのさ」
「……うう、そんなぁ私は伯爵家の娘なのに」
身分のことを掲げるアニタに同僚達は「ド阿呆が」と失笑をする、こんな場末に来たのだからとっくに身分など失っていると笑われた。
これまで我儘放題に振る舞い借金を作って来たという真実をアニタは受け入れられないのだ。
ここにきて三日目の朝、寝コケている所に冷水を浴びせられた彼女は悲鳴をあげて飛び起きた。
「いい加減にしな、御指名を袖にするとは何様のつもりだい!貧民窟の夜鷹に落ちたいのかい!」
「わ、わかったわよ!今夜から客を取るから折檻はやめて!」
ブチ切れた女将の恫喝に恐れをなしたアニタは漸く覚悟をした。
渋っていた彼女だったが、元から性的にふしだらな性格だったことから知らない男と性交するのはすぐに慣れてしまう。どのような行為でも受け入れ、やがて人気娼婦となったアニタは大部屋を抜けて個室を与えられた。
「強かに媚を売るだけで男は喜ぶのね、テリーとさして変わらないわ」
爪を磨いて息を吐く彼女はすっかり娼婦が板に付いた。しかし、天職であると思うと同時にここから出たいという願望も捨てきれない。
「外に出たい……自由に歩きたい、流行りのカフェでお茶を楽しみたいわ。テリーは今頃どこにいるの?」
ここで耐えていればいつか再会できると信じていたアニタは虚しい希望を燻ぶらせる。
半年もすれば上客がつき、店に囚われながらも贅沢できるようになった。それでも自由になることを望むのだ。
「ねぇ旦那様、私を愛人にしてここから出してくださらない?」
見目が良い若い客にしな垂れかかってアニタは色香で誘惑する、その必死な様子に客は笑った。
「は?そんな無駄金があったら、こんな見窄らしい下町の娼館で女など買いやしないよ」
「な……なんですって!?」
「ほんと世間知らずだな、この店はそれなりの箔を持ってはいるが貴族相手の高級娼館には遠く及ばない。そこは高いし通うにはキツイ、だから俺はここに来てるんだ」
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