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エイマーズ家の終焉

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靴店オーナーが敵わない相手と知ったテリアスは土下座する勢いで謝罪した。事態が飲み込めないアニタだけが偉そうに対応する紳士に訝しい視線を送った。
「アニタやめろ!相手が悪すぎる!大人しくしてるんだ!」
「な、なによう……テリーのバカ!オタオタしちゃってカッコ悪いわね」

王都一の店の品で高級革を使用した靴だ、一度足を入れた靴は買い取りと言われたテリアスは渋々と支払いに応じる。しかし、肝心の金子が心許無い、保証人としてアニタを靴店に置き、一旦店を出てテリアスは質店に駆け込んだ。
腕輪と指輪を剥ぎ取られて泣き喚くアニタと己が身に着けた装飾品を売り払ったが請求された額には程遠く足りなかった。
「どうしてこう買い叩かれるんだ!どれも一級品だぞ」
「お客様、たしかに彫金は凝っていて素晴らしいが全部家紋が彫られていて削らねば売り物になりません。名工の逸品でしたら色は付けますが、どれも普通の工房の物で付加価値がないんですよ」
「そんな!」

結局支払いが無理なテリアスはトボトボと店に戻り謝罪するほかないが、軽い頭を百万回下げたところで赦されるわけもない。来店からの態度が悪すぎた彼らは公爵に嫌われて『金も無いのにやってきた不届き者』と衛兵隊に突き出されてしまった。
エイマーズ伯爵家から罪人が出てしまったのである。


一方、息子たちの経緯を知らないまま帰路についた両親は空っぽの屋敷へ着いて早々に愕然とする。
玄関ホールには膨大な数の何かの封書が散らばり足の踏み場がない。片づけさせようと侍女や執事の名を呼んだが反応がなかった。伯爵の未来は破滅しかないと知った侍従達はとうに辞表を出して屋敷から去っていたのだから。
「どういうことなの!?それにこの忌々しい糊付けの札はなによ!ソファもテーブルも……棚までにも貼られてるじゃない」
”差押”と書かれたそれを一枚剥ぎ取った夫人はそれを床に叩きつけて癇癪を起す。

伯爵の方は妻の金切声に耐えられずに耳を塞いで書斎へ駆けこんだ。
重厚な作りのデスクの上には手つかずの帳簿と書類の山があった、どれもこれも家令に丸投げしていた仕事だ。うっすら埃が溜まっているのを見るにだいぶ前からその状態で放置されていたことがわかる。
下女一人見当たらないことに気が付いた伯爵は侍従達に見切りをつけられたのだと覚った。

夫人より僅かに常識が残っていた主はエイマーズ家の栄光は過去の物になったのだと理解したのだ。ホールに散らばる封書はすべて請求書であることも一目でわかっていた。
「終わりだ……何もかも……なにが嫁に任せておけば安泰だ、生家からの支援など今日までなかったではないか」
妻に言われるがままにオルドリッチの名を使って散財してきたが、冷静に考えればすぐに詐欺行為であると気が付いていたはずだ。

いつも従順な態度を貫き柔らかな表情を浮かべていた嫁のエメライン。
目の前でバカ息子の浮気を見せつけられても顔色ひとつ変えはしなかった大人しい嫁。
「大人しく従順……はたしてそうだったか?オルドリッチ家に手紙を出すといつも言っていたが、まさか」
金の無心ではなく、エイマーズ家の愚行を報告していただけなのだとしたらと伯爵はいまさら考えた。

「アレは息子を愛していたのか……いいや一度とて恋慕のような目を向けていない。本当に愛していたなら嫉妬に狂う発言をしただろう、泣いて縋って愛を請うに違いない……」
この二月の間の出来事を思い返しても嫁が息子に愛を囁くような仕草をまったく目にしていない。

伯爵は渇いた笑い声を漏らした、目は虚ろになり光を失って頽れた。
「は、はははは……なんてことだ。最初からもう……初日から冷遇されてきた嫁はとっくに息子に愛想をつかしていたのだ」
どうして単純明快な答えが目の前に転がっていながら気が付かずに暮らしていたのか。
ワイン醸造の富豪オルドリッチ家を同格だと侮り過ぎてきたことを今頃後悔するエイマーズ伯爵だった。



邸の全てを差し押さえられて全てを失くしたエイマーズ夫妻は名ばかりの貴族に落ちた。
そして、獄中にて泣き叫ぶ兄妹と再会したのは屋敷を追い出されてすぐの事だった。

「母上、父上!あぁやっと家に帰れるのだな、エメラインの愚図に手紙出しても返事も寄越さないんだ!帰ったら躾直さないと」
「――ないんだよ、テリー」
「え?なんですって父上。事情はともかく早くここから出してくださいよ」
両親は酷く疲れた顔をして面会室のガラスの向こう側から息子を見ていた、反応の悪さにテリアスは声を荒げたが看守に「騒ぐなら面会は中止だ」と怒鳴られた。

「チッ!下っ端役人風情が!父上早くして、保釈金を持ってきたのでしょ?」
「ない、そんなもの1セントもない……ないんだ」
「は?」
最低限の通貨すら所持していないという親の言動にテリアスは両親に胡散臭い物を見る目を向けた。よくよく見れば両親の服装は薄汚れており手入れを怠っていた。しかも饐えたような臭いまでした。




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