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罠を踏む

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ツケで散財したエイマーズ家は気分良い日々を呑気に過ごしていた。
だが欲に任せて買い漁るのも飽きた彼らは違う刺激を欲し始めていた。もちろん、己たちの懐を減らす考えは毛頭ない。

「は~あ、カフェも飽きちゃったわ。お菓子だって食べ過ぎれば太っちゃうもの」
連日のように通い詰めていた高級店の味に慣れた舌は違う贅沢を求めていた。その太々しい貪欲さは娘アニタだけではない。
夫であるテリアスに至っては文官として城務めしていたことを辞めてしまっていた。
オルドリッチ家に寄生していれば金に困らないと愚考した結果である。当主である義父も同様だ。

空っぽの伯爵家は有閑だけが膨大に膨れて行くばかりなのだ。
第三者から見れば贅沢な悩みだが、旨味を知った愚か者たちは更なる旨味を渇望するようだ。
十分過ぎるほど優雅な生活をしていた義母だが、安穏とした日々に不満が噴き出して「なんとかしろ」と嫁を恫喝した。

暇を持て余して不満ならば働けば良いのにとエメラインは至極当然なことを思った。だが、それを言うつもりはない。彼女は笑顔を貼り付けて提案をする。
「義父母様には王都で流行の歌劇団の鑑賞をオススメしますわ、そして一流ホテルに宿泊されては如何かしら?環境が変われば楽しいものですわ」
嫁の提案に義母はすぐに食いつき、すぐに仕度せんとサロンから飛び出して行った。執事に宿泊の予約を取れと言う声が廊下から響いてきた。

その単純な思考に苦笑するエメラインに、今度はテリアスが俺達はどうするのだと詰め寄った。
「そうですわね、ご両親同様に外泊されては?余暇を楽しむならうちの領地の湖をオススメしますわ。閑静な避暑地です、湖で釣りや舟遊びも楽しめますもの」
「ほお、気が利く提案じゃないか。では早速お前の実家に手配するよう連絡をするのだ。もちろん豪華なホテルに部屋を取れ、俺とアニーは旅の子細を練ることにする」

エメラインは従順な態度で「畏まりました」と述べて席を立った。

***

嫁の提案した通りに愚かな義実家はそれぞれ邸宅を後にした。

空っぽの屋敷にただ一人残されたエメラインは深くため息を吐く。
エイマーズに嫁いで二月が経つが未だに彼女は”家族”として扱われることは一度とてなかったことに気が付く。
食事の席は参加していたが、居心地は最悪で義実家の誰ひとりエメラインに話題をふることはなかった。
たまに声がかかるのは何かを強請りたい時だけだ。

「馬鹿な人達……定期に届くワインも町での買い物も全部無料と信じてるなんて」
一度とてオルドリッチ家が肩代わりするなど契約を交わしたことなどない、妻のエメラインとて口約束すらしていないのだ。
エイマーズ家が二カ月間に散財した金額は怖ろしいことになっている。
各商会からの請求書はたしかにオルドリッチへ送られたが、肝心のエメラインのサインがどこにもない。
すべてはエイマーズ一家が勝手に押し付けたことだと知らされた商人たちは大慌てした。実際に商店に現れたのは義実家の面々であり、エメラインは一度たりも来店していないのだから。

「うちの娘が買い物したという事実はどこにある?ないのだろうが、贅沢して町を食い散らかしたのはエイマーズ一家だろう。そちらに請求したまえ証拠ならいくらでもあるぞ」
山と積まれた請求書を一瞥してエメラインの父オルドリッチ伯爵は集りに来たハエ共を蹴散らした。
多くのツケをされた商会は土気色の顔になって戻って行った。



「お父様、彼らの財だけでは支払い切れなかったら商人の方々が気の毒ですわ」
「うむ、その際は立て替えてやっても良い、その代わりきっちりエイマーズから搾り取ってくれよう」
魔王のような笑顔を見せた父親にアレンが恐る恐る声を掛けた。

「父上、搾り取るとは……まさかとは思いますが」
「うん?借金が返せない者の末路は労働奴隷に決まっておろう?」
「わー怖い!でも回収する方法がそれしかないなら仕方ないのか」

最低賃金で酷使される労働奴隷に就いた彼らは一体何年苦しむことになるのか。
他人事ながら想像したエメラインは青褪めて卒倒しそうになった。


その頃、窮地にたっているとも知らないエイマーズの者達はそれぞれ最後の娯楽に興じていた。贅沢すればするほど己の首を絞めると知らないテリアスとアニタは避暑地でやりたい放題である。
妻の名で予約していると勘違いしてる彼はホテルのスイートに寝泊まりしてバンバンルームサービスを使っている。
高級ホテルはサービス料がなんにでも加算されているものだ。

例えるならハーフカットのグレープグルーツに通常の10倍以上の値が付いてる。部屋に用意された菓子類と玩具も有料であって迂闊に手を出すものではない。もちろんサービスでフルーツや飲料が用意されていることもあるが全てではないのだ。

「ねーぇ、この品書きには値段がついてないのだけど?」
小腹が空いてルームサービスを頼もうとメニューを開いたアニタが首を傾げる。先ほどまで寝具で乱れていたせいか凭れ毛が艶っぽく首元に張り付いている。
「ああ、別に気にするな、支払うのはオルドリッチのオッサンだからな」
「そっかー♪それならこのティーセットとフルーツ盛り頼んじゃおう、テリーにはシャンペンね」

彼女が受話器を持ち上げる度に宿泊料はどんどん加算されていく。

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