公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)

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戦火の先に(覚醒)篇

三大公

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「陛下、ご不便をおかけしますがしばし御辛抱を」
脱出の最中にラトリは申し訳なさそうに詫びたが、ティリルは「ダンジョンで餓死寸前に陥った体験に比べれば優しいものだ」と微笑む。
上品な物腰の女帝からとんでもない体験話を聞かされてラトリたちは大いに驚いた。女神は思ったよりやんちゃな生き方をしているのだと面食らう。

「もう少しです、この先の林を抜ければ帝都へ続く道があります。馬車が用意してございます」
「ええ、なにもかもありがとう。獣王様には頭が上がらないわ」
林をなんとか抜けるとそこには軍馬が引くやや厳つい馬車が彼女を待っていた。若干、顔が引きつったティリルだが数秒で立ち直る。

ティリルが乗り込み失神したままのジェイラが運び込まれると馬車はゆるりと動き出して帝都へ向かう。小さなラトリ隊が手を振って見送っている。女帝もまたそれに応えるように車内から手を振り返す。
「あぁ、やっと一息ね……。着いたらすぐにジェイラを医者に診せなくては」
彼女は治癒魔法をジェイラにかけたが、効果が薄いように感じて心配そうに手を握り絞める。

「なにか良くないものがジェイラに纏わりついてるようだわ」
いっこうに目覚める気配がない彼女を見て、ティリルは慮る。頬についた小さな傷さえも治らないからだ。それから目の下の隈が以前より濃くなっていたことも気にかかった。ただの寝不足とは思えないとティリルは感づく。

横たわる彼女の頬にかかった髪の毛を整えようと手を伸ばした時、ジェイラの目がカッと見開いた。
そしてティリルの腕を強く握って引っ張った、互いの身体の位置が逆転する。

「ジェ、ジェイラ?どうなさいましたの、気が付いたのは良かったけれど無茶はいけませんよ」
優しく問いかけるティリルにジェイラは表情の抜け落ちた顔でギリリと握る手に力を込めて来た。
堪らず「痛い」と抗議したティリルだが抵抗しても頑として自由にして貰えない。

「きっと混乱しているのね、ジェイラ。私は味方よ、友人で仲間だわ。お願いよ落ち着いてくださいな」
「――グゥゥゥゥ……ティリル……ティルベルの皇帝…」

「ぐ、どうしたと言うの。私の事をわかっていて乱暴を働くの?痛いわジェイラ」
「ぐぎいいいい!あの方のために……ベングド様のために……お前を連れて行く」
「ジェイラ!?」

***

白亜の居城の一室で監視魔道具を前に顔を綻ばせる男がいた。青みががった銀髪を揺らして笑う。
「その調子だ、少しづつ嬲るのも面白いがなにせ時間がない。切り裂いて屠れと言いたいがそれはまだだ」
女帝を狙うバヴリガ共和国の大公の一人、ベングド・アルメルは愉快そうに笑う。
鏡型の魔道具を通してジェイラの愚行ぶりを見物している、彼女は友人ティリルを害成す道具として使われているのだ。

「ところでタヴァナ公爵が用意した誘拐実行隊は失敗したね、ね?」
対面に座っていた小太りの男にそう嫌味を飛ばしてベングドは口角を上げる。神経に障る物言いをされた側が額に青筋を立てて睨んだ。

「ふん、失敗?ワシが飼っている狗共が身柄を拘束したからこそだろうが!」
「嫌だな、すぐ激高するクセは治らないんだね。癇癪持ちのタヴァナ」

「二人ともいい加減にしたまえ、作戦はまだ途中なのだぞ。互いを尊重する寛容さを持ちたまえ」
言い合いをする二人を傍観していたもう一人の公爵が割って入る。3人の中で一番年嵩の男は白髪交じりの短髪を撫でつける。名はエイギル・オリアンという、陰謀を発起し練ったのはこの人物である。

「そうは言いますがね、私の用意した小娘のほうがよっぽど役にたつと思うのですが」
「口が過ぎるぞベングド、君の精神操作術は素晴らしいとは思うがね。万能ではあるまい?」
「クッ!」
ベングドの精神操作とは所謂強めの催眠術であって、精神抵抗が強い者には全く効果がない。

ふたりを宥めた人物、エイギル公爵は乗船所を運営し、世界各国と取引をする大商人でもある。密かに軍艦を増産するという計画も着々と進めているところだ。大公の中でも彼の意見は強い。

「ところで女帝の王婿におさまるのはやはりベングド公なので?」タヴァナはやや不機嫌にそう問う。
年齢を考えれば一番若く独身で27歳のベングドが有力だ、残りふたりはすでに伴侶がおり離縁してまでとはいかない。
「当たり前だろう、相手は女帝だ。まさか愛人になれとも言えんだろう?舐め過ぎだ」
「うぬ、宰相におさまるのはエイギルとしてワシは?つまらん役職など就かんぞ」
それを聞いたエイギルは「憂慮することはない」と断言する。

「君は裏社会に顔が利くからな、表向きは軍部大臣で闇政府を牛耳るものとして就いてくれたらと思う」
「おお!なるほど!エイギルが表の宰相ならワシは裏の宰相というわけだな!」
大いに納得して満足だと小太りタヴァナは腹を揺らして笑った。

「それからベングドよ。先ほどは不穏なことを言っていたが本気ではあるまいな」
「え?なんのことだい?」
素っ呆けるベングドだが、厳しい眼光で見つめてくるエイギルに脂汗をかいた。

「悪かった……ほんの冗談さ、悪乗りして済まなかった」
「貴殿は嗜虐趣味があるからな油断ならん」

こうして帝国を簒奪する謀は、小さな海辺の国で企てられていた。
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