公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)

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戦火の先に(覚醒)篇

戴冠式

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「思っていたほど緊張はありませんのよ、むしろ落ち着き過ぎていて自分でも驚いております」
美しい銀髪を見事に結い上げたティリルは可憐な微笑みを浮かべてそう言った。
年が明けた春先、彼女は成人して20歳になったことを機に旧帝国を改め新国の女王となる。


金糸銀糸で刺繍されたドレスとマントが揺れる。見事な装いの彼女は威厳に満ち溢れていて、生来の優美さも相まって戴冠前からすでに女王として君臨していそうな雰囲気であった。

「ティルなら多くの民を慈愛する素敵な女王になれるよ、信じてる!でも生真面目さはも少し緩くてもいいかな」
「まぁバリラ……ふふ、君主がふざけていては国が崩壊しちゃうわ」

女王と剣士の娘、身分は大きく離れても二人は永遠に無二の親友のままだ。
即位の話が出た頃から遠慮がちにしていたバリラであったが、寂しい悲しいとティリルに泣きつかれて今まで通りの付き合い方に戻ったのだ。

もっとも公式の場では身分相応の話し方を強要されるのだが。

「旧帝国の膿は一掃されても口煩いジジィはまだのさぼってんのな」
バリラはどうにも納得できない部分があってか、つい口調が乱れがちになる。

「穏健派の重鎮はさすがに排除できないわ、処世術に長けている外交関係者は特にね」
「うーん、大丈夫なのかな~2枚舌の狸には気を付けろよ」
バリラは眉間に皺を作って高い天井を見上げ長い溜息を吐く。

そこへ隅の方で見守っていたらしいレオニードが割って入った。彼の引く銀のワゴンの上にはサンドウィッチとスープ、それからカスタードプリンが乗っている。

「不安を煽るなバリラ、ほらティルは式前に軽食を食べておきな暫くは休憩できないだろ?」
「あら、嬉しい!レオのお料理を食べられるなんて!まぁ!プリンだわ、久しぶりに味わえるのね」

女王から少女の顔に戻ったティリルはキラキラと顔を輝かせた。どれもこれも美味しい、懐かしいと頬を紅潮させて食べ進めていく。

「はぁー最後の一口になってしまったわ……美味し物は儚いわね」
彼女は名残惜しそうに最後のひと匙のプリンを堪能して溜息を吐く。
「ぷっ!ティルは大袈裟だな。また作って届けてやるよ、なんたってどこにでも現れる蝙蝠男が仲間にいるからな」

「うふ、そうでした神出鬼没の頼もしい方。あの方がいたからこそ私はいま生きられているのですわ」
ティリルは直接に命を救われた礼をできないままだったことを悔やんでいる。しかし、蝙蝠男モルティガは『やるべき仕事をしたまで』とお礼されるのを遠慮していた。

「案外シャイなのかもねぇ、団欒とかもあんま参加しないんだもん」とフラウットが会話に参加する。
「そういえばそうだな……今もどこで何をしているんだか」
紅茶のおかわりを淹れながらレオニードは首を傾げた、茶請けのクッキーを遠慮なく貪るバリラはモゴモゴと何か言ったが誰も聞き取れなかった。

控室の柱時計がボーンと鳴って式があと30分後だということを報せた。



***

穏健派だけで固められた新政府の重鎮ら、そして各国から招かれた首脳陣が赤絨毯を挟んで総立ちしている。
旧帝国の玉座の間に緊張が走り、空気が張り詰め衣擦れの音さえしなくなる。
テトラビス王の護衛名目で並んでいたレオニードは、まるで無音のような状態に耳が痛いと小さく息をする。

戴冠式の開始を告げる厳かな声が響いた。
玉座を目指して歩くティリルに一斉に視線が集まる、しかし彼女は怯まない。ここに集った誰よりも冷静沈着で威厳に満ちた面差しで優雅に歩を進めて行く。

『ティル……すっかり大人だな』
ゆっくり目の前を通り過ぎて行く彼女を見送りながら、レオニードは改めて感心するのだった。少し遠くなった旅の仲間は王冠を乗せた台座を持つ宰相と大神官の待つ中央へとたどり着く。

黄金の豊かな髭を蓄えた大神官が一歩前に出て口上を述べはじめた。
「ティリル・フェインゼロ、新帝国ティルベルの初代女帝の任と栄誉を与える。大陸一の大国に相応しい偉業を成すことを民の代表として望む。畏まって受け入れよ」

「はい、私ティリル・フェインゼロ。身命を賭して国と民を護る事を宣誓し、謹んで就任いたします」
彼女は宣誓を終えると腰を落とし頭を垂れた。

「偉大なる神の恩寵が帝国ティルベルに永遠に賜らんことを――」
滔々と続いた神官の口上が終わると新たに宰相に就任した穏健派ワイアット公爵が言祝ぎを述べた。

「古今未曾有の覇業を期待する、大いに励みたまえ」
「ありがとう存じます」

全ての儀礼が済むとどっしりと重い宝冠が神官の手によってティリルの頭に乗せられた。彼女の細首が折れやしないかとレオニードはハラハラする。次いで黄金の宝剣と盾が彼女の手に渡された。

代々男子が受け継いできた皇帝の証のせいか、やたら厳つい造りで世辞にも「似合う」とは言い難かった。
宝剣には禍々しい大蛇の飾りが付いており、盾には牙を剥きだし威嚇する獅子が彫られている、華奢なティリルには少し酷ではないかと、その場に集った誰もが思った。

実際、玉座につくまで両脇を騎士たちに護られながら歩き、3mほどしか歩いていないにも関わらず彼女はかなりゲッソリしていた。
見守っていたテトラビス王のガルディは、いまにも吹き出しそうに腹をプルプル震わせていてレオニードに肘で突かれ足を踏まれていた。

こうして厳かに行われた戴冠式はなんとか無事に終了したのである。



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