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戦火の先に(覚醒)篇
月下の密談 曇らないように
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とある荒野の丘の上。
煌々と輝く月に照らされた白い頬がかすかに動いた、やや緊張の色を覗える面差しは美しいが冷たくも見えた。
月明かりを利用して能力を上げる白蝙蝠ことミューズは面倒そうに振り向く。
兄モルティガが黒装束に身を包み、満天の星空と大きな月を忌々しそうに見上げて立っていた。妹ミューズとは対極に月明かりを嫌う。
「明るいからこそ影は濃くなるのよ、うまく使いなさいよ」
「潜めば良いだろうと言いたいのでしょうが私は空を駆ける蝙蝠ですゥ。地を這い移動するのは得意ですが本懐にあらず」
「ふん、どうでもいい」
やや遅参した兄に対して可愛げのない反応を返す愚妹に「お前とはそりが合わない」とそっぽを向く。
妹はお互い様だろうと目を眇めて睨んだ。
どうして不仲な二人がこの地に揃ったのか、それは「真の主」に呼び出しを受けたからだ。
テトラビスの王都で会うには目立ちすぎるからと未開拓地のここを指定してきたのだった。
「国の名が変わるそうね……あの子の名を使うのかしら?」
兄の方へ視線を逸らしたまま、ぶっきら棒にミューズがそう言った。
「でしょうねェ、内外に旧皇帝派が瓦解し国の中枢が丸ごと変わったことを知らしめるにはそれが妥当なのでしょ」
珍しく口数が多い妹に兄は少し驚いてから返答した、主に会うことでテンションが上がっているようだと悟る。
”正式”に会うのは50年ぶりのことだなとモルティガは過去を振り返った。
秘密が多い主、秘密を作るのが好きな主。
真名を知る者は少ない。
やや退屈だと肩を竦めた時、岩陰からスルリと人が出て来た。白いマントを羽織ったその人物こそが待ちかねた主である。跪き挨拶を述べようと兄妹が動いたが「やめろ」と手で制する。
「堅苦しいのが嫌いなの知ってるでしょ?待たせてゴメーン、ちょっと事務官に掴まってしまったんだ」
その人物はオレンジの髪の毛をワシワシと掻いて飄々と言った。
「あるじー!会いたかったよー!」
挨拶もそこそこにミューズは彼に飛びつき頬擦りをした。兄への塩対応とは真逆である。
「ちょっとミューズ!頬骨ゴリゴリは止めて、痛いよ」
「じゃあスリスリ♪」
じゃれつく二人を引き気味に見守るモルティガであったが、数分待っても終わらないので強引にミューズを引きはがした。妹は不満そうに膨れたが兄は構ってられないとその細い身をぽいと投げた。
「久方ぶりです、主。一月後に迫ったアレに関することでしょうかァ?」
「うん、そのとーり!警戒はしていたけど思わぬ敵が現れてね。作戦を練り直しだ」
「それは面倒な……それで主を煩わせるものとは?」
「うん、それがね友好国だと思ってたところが最近きな臭いんだ。大帝国の名というかブランドは相当価値があるからね」
地に堕ちたとは言っても大陸の覇者であったフェインゼロスの名は各国にとって未だ畏怖するものなのだ。
その名の古豪にあやかりたい為政者は少なくないだろう。
「虎の威を借りてなにを成す……愚かなことだ」
モルティガは嫌そうに吐き捨て、懐に仕舞っていた干しブドウを噛む。かすかに甘い香気がたった。
「だよねー、馬鹿だよねーモシャモシャ。小国が帝国の名を借用してどうするんだかムシャムシャ」
主なる人物は干しブドウの袋に遠慮なく手を伸ばして勝手に食べた。倣ってミューズが盗ろうとしたが兄はペシリと叩き落とす。
「それでェ迂愚なる国はどこでしょうか?」
「うん、元植民地のバヴリガ共和国さ。海沿いの小国が合併してできた国。そのせいで王はいないけどね、なかなか老獪な3大貴族が治めてる。船団を持っているのが強みだねぇムシャー」
すっかり袋を空にして主はゲップをすると地図を2枚と封書を2通取り出して兄妹に手渡した。
「地理を叩きこんどけ、覚えたらすぐ燃やすんだ。それから各々への隠密指示書だ、いつも通り頼むぞ」
厳しい口調に変化した主の言葉にふたりは緊張して応えた。
「了解しました」
「もちろんです」
部下のハキハキした返答に気を良くした主は、いつものへにゃりとした笑顔を見せてふたりの頭を撫でた。
「いい子いい子、ボクは良い仲間を持てて幸せだ!」
「ちょ……主、子供じゃないのですからァ」
「もっと撫でてあるじー」
お強請りするミューズに主はちょっと意地悪そうな笑顔を浮かべて問う。
「ねぇ、あの日は子供ジジイとか変人て罵倒してたよね。あれって本心かな?」
「え……演技に決まってるでしょ主!」
「ふぉーん?」
「主だって私の事をさも他人みたいに!悲しかったよ!」
「見事な芝居でしたよ、二人ともクフッ」
煌々と輝く月に照らされた白い頬がかすかに動いた、やや緊張の色を覗える面差しは美しいが冷たくも見えた。
月明かりを利用して能力を上げる白蝙蝠ことミューズは面倒そうに振り向く。
兄モルティガが黒装束に身を包み、満天の星空と大きな月を忌々しそうに見上げて立っていた。妹ミューズとは対極に月明かりを嫌う。
「明るいからこそ影は濃くなるのよ、うまく使いなさいよ」
「潜めば良いだろうと言いたいのでしょうが私は空を駆ける蝙蝠ですゥ。地を這い移動するのは得意ですが本懐にあらず」
「ふん、どうでもいい」
やや遅参した兄に対して可愛げのない反応を返す愚妹に「お前とはそりが合わない」とそっぽを向く。
妹はお互い様だろうと目を眇めて睨んだ。
どうして不仲な二人がこの地に揃ったのか、それは「真の主」に呼び出しを受けたからだ。
テトラビスの王都で会うには目立ちすぎるからと未開拓地のここを指定してきたのだった。
「国の名が変わるそうね……あの子の名を使うのかしら?」
兄の方へ視線を逸らしたまま、ぶっきら棒にミューズがそう言った。
「でしょうねェ、内外に旧皇帝派が瓦解し国の中枢が丸ごと変わったことを知らしめるにはそれが妥当なのでしょ」
珍しく口数が多い妹に兄は少し驚いてから返答した、主に会うことでテンションが上がっているようだと悟る。
”正式”に会うのは50年ぶりのことだなとモルティガは過去を振り返った。
秘密が多い主、秘密を作るのが好きな主。
真名を知る者は少ない。
やや退屈だと肩を竦めた時、岩陰からスルリと人が出て来た。白いマントを羽織ったその人物こそが待ちかねた主である。跪き挨拶を述べようと兄妹が動いたが「やめろ」と手で制する。
「堅苦しいのが嫌いなの知ってるでしょ?待たせてゴメーン、ちょっと事務官に掴まってしまったんだ」
その人物はオレンジの髪の毛をワシワシと掻いて飄々と言った。
「あるじー!会いたかったよー!」
挨拶もそこそこにミューズは彼に飛びつき頬擦りをした。兄への塩対応とは真逆である。
「ちょっとミューズ!頬骨ゴリゴリは止めて、痛いよ」
「じゃあスリスリ♪」
じゃれつく二人を引き気味に見守るモルティガであったが、数分待っても終わらないので強引にミューズを引きはがした。妹は不満そうに膨れたが兄は構ってられないとその細い身をぽいと投げた。
「久方ぶりです、主。一月後に迫ったアレに関することでしょうかァ?」
「うん、そのとーり!警戒はしていたけど思わぬ敵が現れてね。作戦を練り直しだ」
「それは面倒な……それで主を煩わせるものとは?」
「うん、それがね友好国だと思ってたところが最近きな臭いんだ。大帝国の名というかブランドは相当価値があるからね」
地に堕ちたとは言っても大陸の覇者であったフェインゼロスの名は各国にとって未だ畏怖するものなのだ。
その名の古豪にあやかりたい為政者は少なくないだろう。
「虎の威を借りてなにを成す……愚かなことだ」
モルティガは嫌そうに吐き捨て、懐に仕舞っていた干しブドウを噛む。かすかに甘い香気がたった。
「だよねー、馬鹿だよねーモシャモシャ。小国が帝国の名を借用してどうするんだかムシャムシャ」
主なる人物は干しブドウの袋に遠慮なく手を伸ばして勝手に食べた。倣ってミューズが盗ろうとしたが兄はペシリと叩き落とす。
「それでェ迂愚なる国はどこでしょうか?」
「うん、元植民地のバヴリガ共和国さ。海沿いの小国が合併してできた国。そのせいで王はいないけどね、なかなか老獪な3大貴族が治めてる。船団を持っているのが強みだねぇムシャー」
すっかり袋を空にして主はゲップをすると地図を2枚と封書を2通取り出して兄妹に手渡した。
「地理を叩きこんどけ、覚えたらすぐ燃やすんだ。それから各々への隠密指示書だ、いつも通り頼むぞ」
厳しい口調に変化した主の言葉にふたりは緊張して応えた。
「了解しました」
「もちろんです」
部下のハキハキした返答に気を良くした主は、いつものへにゃりとした笑顔を見せてふたりの頭を撫でた。
「いい子いい子、ボクは良い仲間を持てて幸せだ!」
「ちょ……主、子供じゃないのですからァ」
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お強請りするミューズに主はちょっと意地悪そうな笑顔を浮かべて問う。
「ねぇ、あの日は子供ジジイとか変人て罵倒してたよね。あれって本心かな?」
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