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戦火の先に(覚醒)篇
ティリル・フェインゼロ
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隠遁生活をしていた本物のティリルが、公の場に姿を現したのは騒動より七日後のことだった。
彼女は窶れた様子もなく、仲間と離れた時のまま美しい顔をしていた。国賓のように丁重に持て成されていたことが窺われる。
「ガルディ陛下、長いごと私を匿ってくださり感謝に耐えません。根無し草の私に出来ることは限られますがご恩をお返ししたく存じます」
「うん、畏まらなくて良いよ。私達は同じ国の上に立つものだろう、ティリル・フェインゼロ王女殿下」
王女として真名を呼ばれたティリルは身を固くした、王族から排斥されて約6年すっかり平民として生きていた彼女には受け入れがたい呼ばれ方だった。
「陛下、私に王族に戻るようにおっしゃるのですか?」
「……そうだね、君の生国には碌な指導者がいない。このまま敗戦国として存続するのは民にとって辛酸を舐めることになるだろう。」
「王族として国を立て直す、それがご恩返しとなるのでしょうか」
「うん、汚名を着せられ追い出された君には酷なこととは思うが為政者として頼みたい、もちろん帝国の属国となった重鎮らからも嘆願がたくさん届いている、私はその声を纏める者として援助を惜しまない」
テトラビスの王に頭を下げられたティリルは、小さく息を吐くと目を閉じて自由に生きた日々を振り返る。
「ただのティリルは冒険者として楽しい毎日を送りました。ダンジョンで食べ物に困窮することもありましたわ。危険なことにも首を挟み、海の町で不思議な出会いをしました。獣王国で起きたスタンピードで仲間と共に戦ったことは誇りです。焚火を囲み労い合い友と一緒に食べたご飯はとても美味しかった……人目を気にせず大声で笑い合ったあの日、あの時を私は生涯忘れないでしょう」
御前失礼しますと述べて、彼女が戻ったのはレオニード達が待つ屋敷ではなかった。
新しい歴史が始まろうとしている。
***
とある日の午後。
ルヴェフル侯爵邸でバリラは長い長い手紙に目を通していた。王城から届いた封書はパンパンに膨らんでいて小さな枕が届いたのかと思うほど手紙が幾枚も入っていた。王族特有の上質な紙を使った手紙を何度も撫でて彼女は泣きそうになった。
居室のドアを叩く音がして、バリラは慌てて返事して部屋へ招いた、ドアの陰にはレオニードがいて背後にフラウットとジェイラが手を振っていた。
「バリラ、オヤツを用意したよ。桃のゼリーだよ、フラとジェイラが収穫の手伝いを奮闘したらしい」
「そっか、ありがとう。キラキラして美味しそうだ」
「えへへ~傷物だけどとても美味しいよ、いっしょに食べよう」
「来週はねブドウ園の手伝いをするんだ!」
桃といえばジュレバニカを狩ったことがあるな、とレオニードが呟いた。ストロ村のダンジョンは今頃どうなのかと言った。
「懐かしいね、あの桃はとても美味しかった」
「少し怖かったもん!でも人食い桃はすごーく美味しかった!」
「え?え?私が知らないことだわ!ずるーい!ご主人様、今度は私もダンジョンへ連れてって!」
姦しく騒ぐ少女たち、そこには当たり前にあった顔がいない。どこか悲しい空気がそこに漂っていた。
レオニードは半開きの窓へ近づいて、黄色く色づき始めた庭の木を見下ろす。彼は何かが動き出す兆候をそこに見た気がした。
戦後の片付けが中盤となった晩秋の頃、レオニードの元に数人の使者がやってきた。
銀盆に乗せられた召喚状がポツンと乗っていた、それから贈り物だといってもう一人の使者が女子たちに花束を手渡す。あまりの仰々しさに抵抗したくなったが、辛うじて侯爵として威厳を出し報せを受け取った。
「ふぅ……とうとう来たか」
やや分厚い二つ折りのカードを広げて開口一番にレオニードは言う。
「ティリルの戴冠式?いつなの?」
バリラが花束を乱暴にテーブルに置いて駆け寄って来た。親友の晴れ舞台だけに期待と心配でいっぱいの様子だ。
レオニードは落ち着けよと言って紅茶を淹れてやった、どこか不満そうなバリラだったが大人しく座る。
「戴冠式は来年の春だよ、ただ彼女の身柄はずっとテトラに置いとくらしい。うん、さすがガルディ気が利くじゃないか、帝国の政敵だらけの城では寛げないだろうし」
「あぁ、有難いことだよ。皇帝も酷かったけど配下も腐った連中ばかりだからな」
やがて女帝として君臨することになるティリルを慮って、仲間たちは憂いた顔をした。
「ティルに会いたいねぇ」
フラウットが少し拗ねた口調でそうこぼした、誰もが思っていたことだ。同じ国内にいるというのに面会もままならない。それほどに戴冠前は厳重警戒に入っているのだ。
「手紙を書こうよ、ティルに負けないくらい分厚いヤツをさ!」
「うん、そうだね!フラもたくさん伝えたいことがあるんだぁ!」
「可愛い便箋を買いに行きましょう!ティルに似合う素敵なものを、ねぇご主人様!」
沈みがちだった彼女たちが元気になったので、レオニードは安堵の溜息を吐く。
「買い物ついでに木こり亭で食事をしようか、久しぶりにグーズリーのカレーが食べたいや」
「私はパスタとエビフライ!ナス料理も捨てがたいな」
「フラはフラは……んーっとキノコリゾットが食べたい!プリンがあるならなお良し!」
「そこのメニューにタコ焼きはあるの?」
そんなものないよと突っ込まれたジェイラは「明日はタコパを強行する」と宣言するのだった。
*次回グルメ話になります。
彼女は窶れた様子もなく、仲間と離れた時のまま美しい顔をしていた。国賓のように丁重に持て成されていたことが窺われる。
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「うん、畏まらなくて良いよ。私達は同じ国の上に立つものだろう、ティリル・フェインゼロ王女殿下」
王女として真名を呼ばれたティリルは身を固くした、王族から排斥されて約6年すっかり平民として生きていた彼女には受け入れがたい呼ばれ方だった。
「陛下、私に王族に戻るようにおっしゃるのですか?」
「……そうだね、君の生国には碌な指導者がいない。このまま敗戦国として存続するのは民にとって辛酸を舐めることになるだろう。」
「王族として国を立て直す、それがご恩返しとなるのでしょうか」
「うん、汚名を着せられ追い出された君には酷なこととは思うが為政者として頼みたい、もちろん帝国の属国となった重鎮らからも嘆願がたくさん届いている、私はその声を纏める者として援助を惜しまない」
テトラビスの王に頭を下げられたティリルは、小さく息を吐くと目を閉じて自由に生きた日々を振り返る。
「ただのティリルは冒険者として楽しい毎日を送りました。ダンジョンで食べ物に困窮することもありましたわ。危険なことにも首を挟み、海の町で不思議な出会いをしました。獣王国で起きたスタンピードで仲間と共に戦ったことは誇りです。焚火を囲み労い合い友と一緒に食べたご飯はとても美味しかった……人目を気にせず大声で笑い合ったあの日、あの時を私は生涯忘れないでしょう」
御前失礼しますと述べて、彼女が戻ったのはレオニード達が待つ屋敷ではなかった。
新しい歴史が始まろうとしている。
***
とある日の午後。
ルヴェフル侯爵邸でバリラは長い長い手紙に目を通していた。王城から届いた封書はパンパンに膨らんでいて小さな枕が届いたのかと思うほど手紙が幾枚も入っていた。王族特有の上質な紙を使った手紙を何度も撫でて彼女は泣きそうになった。
居室のドアを叩く音がして、バリラは慌てて返事して部屋へ招いた、ドアの陰にはレオニードがいて背後にフラウットとジェイラが手を振っていた。
「バリラ、オヤツを用意したよ。桃のゼリーだよ、フラとジェイラが収穫の手伝いを奮闘したらしい」
「そっか、ありがとう。キラキラして美味しそうだ」
「えへへ~傷物だけどとても美味しいよ、いっしょに食べよう」
「来週はねブドウ園の手伝いをするんだ!」
桃といえばジュレバニカを狩ったことがあるな、とレオニードが呟いた。ストロ村のダンジョンは今頃どうなのかと言った。
「懐かしいね、あの桃はとても美味しかった」
「少し怖かったもん!でも人食い桃はすごーく美味しかった!」
「え?え?私が知らないことだわ!ずるーい!ご主人様、今度は私もダンジョンへ連れてって!」
姦しく騒ぐ少女たち、そこには当たり前にあった顔がいない。どこか悲しい空気がそこに漂っていた。
レオニードは半開きの窓へ近づいて、黄色く色づき始めた庭の木を見下ろす。彼は何かが動き出す兆候をそこに見た気がした。
戦後の片付けが中盤となった晩秋の頃、レオニードの元に数人の使者がやってきた。
銀盆に乗せられた召喚状がポツンと乗っていた、それから贈り物だといってもう一人の使者が女子たちに花束を手渡す。あまりの仰々しさに抵抗したくなったが、辛うじて侯爵として威厳を出し報せを受け取った。
「ふぅ……とうとう来たか」
やや分厚い二つ折りのカードを広げて開口一番にレオニードは言う。
「ティリルの戴冠式?いつなの?」
バリラが花束を乱暴にテーブルに置いて駆け寄って来た。親友の晴れ舞台だけに期待と心配でいっぱいの様子だ。
レオニードは落ち着けよと言って紅茶を淹れてやった、どこか不満そうなバリラだったが大人しく座る。
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「あぁ、有難いことだよ。皇帝も酷かったけど配下も腐った連中ばかりだからな」
やがて女帝として君臨することになるティリルを慮って、仲間たちは憂いた顔をした。
「ティルに会いたいねぇ」
フラウットが少し拗ねた口調でそうこぼした、誰もが思っていたことだ。同じ国内にいるというのに面会もままならない。それほどに戴冠前は厳重警戒に入っているのだ。
「手紙を書こうよ、ティルに負けないくらい分厚いヤツをさ!」
「うん、そうだね!フラもたくさん伝えたいことがあるんだぁ!」
「可愛い便箋を買いに行きましょう!ティルに似合う素敵なものを、ねぇご主人様!」
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「私はパスタとエビフライ!ナス料理も捨てがたいな」
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