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フェインゼロス帝国篇
洞窟に歌う
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帝都から北東へ行った森林にそれはひっそりとあった。
人ひとりがやっと通れる幅の洞穴の先に、急ごしらえで作ったと思われる檻がある。
そこの隅に銀糸を揺らして、か細く歌う女がひとり。廃油ランプに照らされた横顔は凛としていた。
薄暗がりから響いてくる歌声には悲しみは伺えない。
「ふん、囚われの癖に見た目より豪胆だ」
「しっ、無駄口叩くな見張りに集中しろよ」
真っ暗な森に小さな篝火が二つ、頼りなげなその明かりに時折羽虫が飛んできて男達に嫌がらせしてくる。
やってられねぇなと何方ともなく愚痴る、視界には闇以外は映らない。
見張りとは一番損な役回りである。
初夏とはいえ、地形的に夜から朝はとても冷え込む。
所謂高地のそこは日中は過ごしやすいが、なんの面白みも無い場所だった。
真冬には5mもの雪が積もるため、棲みつこうなんて物好きはほとんどいない。
だからこそ選ばれたと言える。
遠くでなにかの声がした、野犬だろうかと見張りの一人がキョロキョロする。
「最悪は魔物かもなぁ」
「おい、やめろよ。たくっ!感知魔法には反応ねぇだろ」
ふたりのうちやや小柄なほうの男は大分ビビリのようで、しきりに周囲を見まわしては肩を竦める。
意味のないことだったが止めることができない。
存外、見張りには向いているようだ。
***
午前0時を少し回った頃だ。
寝静まったかと思われた囚われの女が再び歌いだした。
監視人たちはビクッとして、瞼が落ちかけた目がすっかり覚めた。
「んな、なんだよ気持ち悪い歌い方をしやがって!」
ビビリの小男が洞の奥を睨みつけた、疲れと擦り減った神経で苛立ちがつのっていた。
「ちょっと様子を見てくるぜ」
「あぁ、乱暴はすんなよ」
ゴソゴソと洞窟内へ入ると己の足音がやけに煩く感じた、男が近づいても歌声は途切れない。
「やいてめぇ!夜中にうるせぇってんだ!」
「あら、見張りさん。ごめんなさい、つい目が覚めてしまって退屈なの」
男は舌打ちして、呑気に答える女の方へ松明を翳す。
やや項垂れている女の顔ははっきりとは見えないが、銀糸の奥の目は美しく輝いていた。
ガキだと思っていた相手が、思ったより成熟していたと男は気が付いて劣情が湧いてきた。
「へっへ、暇ならどうだい相手しろよ。檻からは出してやれねぇが……」
若干膨らんだ欲を見せつける男に、女がクスリと笑う。
「そうね、ここはとても底冷えしますの、良かったらどうかしら」
女が懐から緑の瓶を出して光に晒す。
「おいおい、酒瓶じゃねーか。どうやって……。まぁ良いやちょっと相伴させてもらおうか」
期待した誘いとは違ったが、酒の相手も良いと男は判断してそれを受け取った。
栓をもどかし気に外して男はラッパ飲みをした。
「……ぷぅっはー!たまんねぇ、このくらいの役得がなきゃやってらんねぇからな」
酔いがまわって気分が高揚したのか、躊躇うことなくグビグビと喉を鳴らす。
…………
……
「……それで、貴方を雇ったのは闇ギルドなのね」
「あにいってんら、それは仲介で……俺らえ雇うのは決まって身分が高いヤツだお」
「へぇ例えば?」
「皇族、もしくはその側近らなぁ……手を汚さず悪さすんには俺らみたいのは重宝されるんらろ、ここだけの話、皇帝が絡んでるんさぁ。いつもの倍以上の報酬だからなぁバレバレよぉ、けへへえ!」
「なるほどなるほど、良くある話ねぇ、ささ、もう一瓶いかが?」
3本目の酒に手を伸ばした男だったが、その背後から怒鳴り声がした。
「おい貴様!戻らないと思ったら酒盛りしてただと!?巫山戯るな!」
「あへぇ?おめぇもろうら、すげぇ美味いろ」
ヘベレケになった相棒を蹴飛ばして、「見張りに戻れバカ野郎!」と引き摺っていく。
すると静かになった檻の中で、女はすっくと立ちあがると蠱惑に笑う。
それから変化を解くと”ゴン”と頭を岩天井にぶつけてしまった。
「アテテテ……身長差を忘れてましたァ」
彼女から彼になったその人物はゴソゴソとなにかを作り出した。
「案山子よりはマシでしょう、しっかり身代わりよろしくね」
160cmほどのそれに銀髪を一本捩じ込むとブルブルと振動して人型になった。
「はい、良い子だ。ティリル2号ちゃん、クフゥ!まさかここで猿共の魔道具が役に立つとは!良かったですねジャルバよ」
ティリルそっくりになった土傀儡はぎこちなく動くと地べたに座る。
「はい、ティリルちゃん。貴女は誰の仲間?」
『ワタシハ ナニモ ハナシマセンワ』
土人形ティリルはそう言うとふわりと微笑んだ。
「うん、良くできましたァ」
人ひとりがやっと通れる幅の洞穴の先に、急ごしらえで作ったと思われる檻がある。
そこの隅に銀糸を揺らして、か細く歌う女がひとり。廃油ランプに照らされた横顔は凛としていた。
薄暗がりから響いてくる歌声には悲しみは伺えない。
「ふん、囚われの癖に見た目より豪胆だ」
「しっ、無駄口叩くな見張りに集中しろよ」
真っ暗な森に小さな篝火が二つ、頼りなげなその明かりに時折羽虫が飛んできて男達に嫌がらせしてくる。
やってられねぇなと何方ともなく愚痴る、視界には闇以外は映らない。
見張りとは一番損な役回りである。
初夏とはいえ、地形的に夜から朝はとても冷え込む。
所謂高地のそこは日中は過ごしやすいが、なんの面白みも無い場所だった。
真冬には5mもの雪が積もるため、棲みつこうなんて物好きはほとんどいない。
だからこそ選ばれたと言える。
遠くでなにかの声がした、野犬だろうかと見張りの一人がキョロキョロする。
「最悪は魔物かもなぁ」
「おい、やめろよ。たくっ!感知魔法には反応ねぇだろ」
ふたりのうちやや小柄なほうの男は大分ビビリのようで、しきりに周囲を見まわしては肩を竦める。
意味のないことだったが止めることができない。
存外、見張りには向いているようだ。
***
午前0時を少し回った頃だ。
寝静まったかと思われた囚われの女が再び歌いだした。
監視人たちはビクッとして、瞼が落ちかけた目がすっかり覚めた。
「んな、なんだよ気持ち悪い歌い方をしやがって!」
ビビリの小男が洞の奥を睨みつけた、疲れと擦り減った神経で苛立ちがつのっていた。
「ちょっと様子を見てくるぜ」
「あぁ、乱暴はすんなよ」
ゴソゴソと洞窟内へ入ると己の足音がやけに煩く感じた、男が近づいても歌声は途切れない。
「やいてめぇ!夜中にうるせぇってんだ!」
「あら、見張りさん。ごめんなさい、つい目が覚めてしまって退屈なの」
男は舌打ちして、呑気に答える女の方へ松明を翳す。
やや項垂れている女の顔ははっきりとは見えないが、銀糸の奥の目は美しく輝いていた。
ガキだと思っていた相手が、思ったより成熟していたと男は気が付いて劣情が湧いてきた。
「へっへ、暇ならどうだい相手しろよ。檻からは出してやれねぇが……」
若干膨らんだ欲を見せつける男に、女がクスリと笑う。
「そうね、ここはとても底冷えしますの、良かったらどうかしら」
女が懐から緑の瓶を出して光に晒す。
「おいおい、酒瓶じゃねーか。どうやって……。まぁ良いやちょっと相伴させてもらおうか」
期待した誘いとは違ったが、酒の相手も良いと男は判断してそれを受け取った。
栓をもどかし気に外して男はラッパ飲みをした。
「……ぷぅっはー!たまんねぇ、このくらいの役得がなきゃやってらんねぇからな」
酔いがまわって気分が高揚したのか、躊躇うことなくグビグビと喉を鳴らす。
…………
……
「……それで、貴方を雇ったのは闇ギルドなのね」
「あにいってんら、それは仲介で……俺らえ雇うのは決まって身分が高いヤツだお」
「へぇ例えば?」
「皇族、もしくはその側近らなぁ……手を汚さず悪さすんには俺らみたいのは重宝されるんらろ、ここだけの話、皇帝が絡んでるんさぁ。いつもの倍以上の報酬だからなぁバレバレよぉ、けへへえ!」
「なるほどなるほど、良くある話ねぇ、ささ、もう一瓶いかが?」
3本目の酒に手を伸ばした男だったが、その背後から怒鳴り声がした。
「おい貴様!戻らないと思ったら酒盛りしてただと!?巫山戯るな!」
「あへぇ?おめぇもろうら、すげぇ美味いろ」
ヘベレケになった相棒を蹴飛ばして、「見張りに戻れバカ野郎!」と引き摺っていく。
すると静かになった檻の中で、女はすっくと立ちあがると蠱惑に笑う。
それから変化を解くと”ゴン”と頭を岩天井にぶつけてしまった。
「アテテテ……身長差を忘れてましたァ」
彼女から彼になったその人物はゴソゴソとなにかを作り出した。
「案山子よりはマシでしょう、しっかり身代わりよろしくね」
160cmほどのそれに銀髪を一本捩じ込むとブルブルと振動して人型になった。
「はい、良い子だ。ティリル2号ちゃん、クフゥ!まさかここで猿共の魔道具が役に立つとは!良かったですねジャルバよ」
ティリルそっくりになった土傀儡はぎこちなく動くと地べたに座る。
「はい、ティリルちゃん。貴女は誰の仲間?」
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