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フェインゼロス帝国篇
閑話 裏切りの聖女
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時は5年ほど前に遡る――
帝国と小国カルムソルとの国境、そこは戦火の渦中にあった。
疲弊しつつも最後の抵抗にうつったカルムソルは帝国兵を翻弄していた。
帝国から南東に位置する南国は規模は小さくも豊かな地であった、そこに目をつけた皇帝は是が非にも掌握したいと願った。
無理に植民地化せずとも、国交があったカルムソルからは輸出入は十分されていた。
『なんの為の戦いか』と帝国側の重鎮からも疑問の声があがっていたが、当時の皇帝ザインドが戦いをゴリ押した。
要するに皇帝の我儘によって無理矢理起こされた戦争だったのだ。
損害を被る民のことなど捨て置けというのが彼のやり方だ。
愚行を咎める派閥と皇帝派に内部分裂を始めていた頃である。
「父上はなにを考えておられるのかしら……何一つ光明が見えない戦いですわ」
第一王女ティリルは、お忍びで向かった戦地で怪我に苦しむ兵たちを慰問していた。
魔力が尽きるギリギリまで治癒して回るその姿は、死地に降り立った女神と称された。
敵味方関係なく彼女は治療行為を続けた。
それは小さな波紋に過ぎなかったが、やがて内外に影響していく。
徐々に広がる戦争への疑問、そして王女ティリルの慈悲深い行為は人々の心を動かした。
悪魔のような皇帝と聖女ティリルの対立のように変化していった。
当然気に入らないのは帝国側中枢だ。中でも義憤に猛り咆えたのは彼女の兄だった。
「くそ!ティリルは何を考えている!?我らの邪魔をする気か!国の父にして神である皇帝への反逆行為だ!」
皇太子ヴェラアズは皇帝によく似た気質で、脚を引っ張る妹を罵倒していた。
だが唯我独尊を貫く皇帝親子に、反発する一派がとうとう反旗を翻した。
高位貴族で固められた反皇族派はとても脅威な存在だ。
戦を継続したい一方で、危機感を覚えた皇太子は父をあっさりと捨てた。
次期皇帝におさまるためには身内すら無慈悲に扱う、それがヴェラアスの生き方だ。
「皇帝の身勝手さで勃発した愚かな戦だ」と、さも自分は蚊帳の外とばかりに宣ったのだ。
ヴェラアスの謀りで皇帝は失脚し次第に終戦へと動く、帝国とカルムソル国は終戦協定を結び攻めた帝国側が賠償することで締結された。
だがしかし、戦火中に活躍した王女ティリルの処遇を巡って帝国内は揺れた。
国側からすれば彼女は裏切り者だったからだ、しかし恩赦を願う声も同時にあがっていた。
次期皇帝となったヴェラアズは表向き王女を賞賛したが、不問にする体で皇族籍から排除した。
後の憂いになりかねない存在の妹を側に置くことを良しとしなかった。
剣先を妹の喉元に突き付けて新皇帝は冷淡な言葉を吐く。
「お前が愛してやまない平民になったのだ、喜べ。遠慮せずにその慈悲の手を存分に使うが良い」
「……兄上のご配慮感謝いたします」
ティリルはそれだけ述べると帝国城を後にしたのだった。
「兄上の言い方では国内には居場所はないわね」
着の身着のままに外に出た彼女は「さてどうしましょう」と呟く。
まだ13歳の彼女は途方に暮れた。
とにかく国境を目指そうとトボトボ歩いた。
彼女に好意的なカルムソルを経由すれば、なんとかなるだろうと世間知らずな頭はそう考えていた。
「生活の基本は衣食住ですよ、お嬢さん」
背後から元気な声がした、振り向けば見知った笑顔があった。
「バリラ!?」
「たったひとりで何処へ行くんだよ!野垂れ死ぬっつーの!」
狼狽える元王女をガン無視して、バリラという少女はその細い腕を取って歩き出した。
「まずは身分証の確保だよ!ギルドに行くよ!」
「ぎ、ギルド?」
「そ!困った時のギルド!貧乏人も金持ちも元王女だって受け入れるんだ」
「……便利な組織があるのですね」
巻き添えにするわけにはいかないと、一度は別れを告げたティリルだったがバリラは受け入れない。
「うっせぇ、私が勝手に付いて行くだけだし!あんたが足元を掬われて転げたら勝手に助けるだけだよ!」
悪態のような言葉を紡ぐ、身勝手な少女を見てティリルは肩を竦めた。
「バリラ……あなた本当に勝手ですわね、昔から自己中ですけど」
「幼馴染に相談もなく出て行くティルのが自分勝手だわ!」
暴言を言い合う二人は南へ向けて歩く。
「バカ!」
「うっさい、アホ姫」
次第に馬鹿らしくなって大笑いしながら移動した。
辻馬車を乗り継いで辿り着いたのは国境を越えてすぐの田舎町だった。
安宿を求めて二人は小さな町を歩いた、やがて喧騒が耳に届く。
「いったいなにかしら?」
「こらこら、無闇に首つっこむなよ!」
お人好しなティリルを窘めたバリラだったが、つい騒ぎの方を向いてしまった。
騒ぎの元は屋台だった、金払いのことで揉めているようだ。
「だーからね狐のお嬢ちゃん、金の粒では買えないの!両替か質屋にいってきな」
「だってぇ、ここには質屋がないんだもん!ならこの石でどう?」
「おいおい、宝石だされても困るよ!」
「えぇー!?」
一向に改善しない押し問答がずっと続いているようだった。
「バリラ……」
「あーもう……お人好しめ!」
帝国と小国カルムソルとの国境、そこは戦火の渦中にあった。
疲弊しつつも最後の抵抗にうつったカルムソルは帝国兵を翻弄していた。
帝国から南東に位置する南国は規模は小さくも豊かな地であった、そこに目をつけた皇帝は是が非にも掌握したいと願った。
無理に植民地化せずとも、国交があったカルムソルからは輸出入は十分されていた。
『なんの為の戦いか』と帝国側の重鎮からも疑問の声があがっていたが、当時の皇帝ザインドが戦いをゴリ押した。
要するに皇帝の我儘によって無理矢理起こされた戦争だったのだ。
損害を被る民のことなど捨て置けというのが彼のやり方だ。
愚行を咎める派閥と皇帝派に内部分裂を始めていた頃である。
「父上はなにを考えておられるのかしら……何一つ光明が見えない戦いですわ」
第一王女ティリルは、お忍びで向かった戦地で怪我に苦しむ兵たちを慰問していた。
魔力が尽きるギリギリまで治癒して回るその姿は、死地に降り立った女神と称された。
敵味方関係なく彼女は治療行為を続けた。
それは小さな波紋に過ぎなかったが、やがて内外に影響していく。
徐々に広がる戦争への疑問、そして王女ティリルの慈悲深い行為は人々の心を動かした。
悪魔のような皇帝と聖女ティリルの対立のように変化していった。
当然気に入らないのは帝国側中枢だ。中でも義憤に猛り咆えたのは彼女の兄だった。
「くそ!ティリルは何を考えている!?我らの邪魔をする気か!国の父にして神である皇帝への反逆行為だ!」
皇太子ヴェラアズは皇帝によく似た気質で、脚を引っ張る妹を罵倒していた。
だが唯我独尊を貫く皇帝親子に、反発する一派がとうとう反旗を翻した。
高位貴族で固められた反皇族派はとても脅威な存在だ。
戦を継続したい一方で、危機感を覚えた皇太子は父をあっさりと捨てた。
次期皇帝におさまるためには身内すら無慈悲に扱う、それがヴェラアスの生き方だ。
「皇帝の身勝手さで勃発した愚かな戦だ」と、さも自分は蚊帳の外とばかりに宣ったのだ。
ヴェラアスの謀りで皇帝は失脚し次第に終戦へと動く、帝国とカルムソル国は終戦協定を結び攻めた帝国側が賠償することで締結された。
だがしかし、戦火中に活躍した王女ティリルの処遇を巡って帝国内は揺れた。
国側からすれば彼女は裏切り者だったからだ、しかし恩赦を願う声も同時にあがっていた。
次期皇帝となったヴェラアズは表向き王女を賞賛したが、不問にする体で皇族籍から排除した。
後の憂いになりかねない存在の妹を側に置くことを良しとしなかった。
剣先を妹の喉元に突き付けて新皇帝は冷淡な言葉を吐く。
「お前が愛してやまない平民になったのだ、喜べ。遠慮せずにその慈悲の手を存分に使うが良い」
「……兄上のご配慮感謝いたします」
ティリルはそれだけ述べると帝国城を後にしたのだった。
「兄上の言い方では国内には居場所はないわね」
着の身着のままに外に出た彼女は「さてどうしましょう」と呟く。
まだ13歳の彼女は途方に暮れた。
とにかく国境を目指そうとトボトボ歩いた。
彼女に好意的なカルムソルを経由すれば、なんとかなるだろうと世間知らずな頭はそう考えていた。
「生活の基本は衣食住ですよ、お嬢さん」
背後から元気な声がした、振り向けば見知った笑顔があった。
「バリラ!?」
「たったひとりで何処へ行くんだよ!野垂れ死ぬっつーの!」
狼狽える元王女をガン無視して、バリラという少女はその細い腕を取って歩き出した。
「まずは身分証の確保だよ!ギルドに行くよ!」
「ぎ、ギルド?」
「そ!困った時のギルド!貧乏人も金持ちも元王女だって受け入れるんだ」
「……便利な組織があるのですね」
巻き添えにするわけにはいかないと、一度は別れを告げたティリルだったがバリラは受け入れない。
「うっせぇ、私が勝手に付いて行くだけだし!あんたが足元を掬われて転げたら勝手に助けるだけだよ!」
悪態のような言葉を紡ぐ、身勝手な少女を見てティリルは肩を竦めた。
「バリラ……あなた本当に勝手ですわね、昔から自己中ですけど」
「幼馴染に相談もなく出て行くティルのが自分勝手だわ!」
暴言を言い合う二人は南へ向けて歩く。
「バカ!」
「うっさい、アホ姫」
次第に馬鹿らしくなって大笑いしながら移動した。
辻馬車を乗り継いで辿り着いたのは国境を越えてすぐの田舎町だった。
安宿を求めて二人は小さな町を歩いた、やがて喧騒が耳に届く。
「いったいなにかしら?」
「こらこら、無闇に首つっこむなよ!」
お人好しなティリルを窘めたバリラだったが、つい騒ぎの方を向いてしまった。
騒ぎの元は屋台だった、金払いのことで揉めているようだ。
「だーからね狐のお嬢ちゃん、金の粒では買えないの!両替か質屋にいってきな」
「だってぇ、ここには質屋がないんだもん!ならこの石でどう?」
「おいおい、宝石だされても困るよ!」
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