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フェインゼロス帝国篇

燻ぶる激情

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密入国が露見してから、国境付近の警備が強化され帝国側からの侵入は容易にできなくなった。
せっかくみつけた宝の山を前にして、再び指を咥えることになった皇帝の機嫌は悪化する。


些細なことで爆発するものだから側近らは距離を置くようになる。
それがまた皇帝を苛立たせる原因になった。



「くそ!我自ら侵攻してやりたいくらいだ」
血気盛んなヴェラアズ皇帝はフヌケになりつつある大臣らに不満が募る。

大帝国フェインゼロスは、2世代前まで他国との小競り合いや戦果を競う偉丈夫が大勢いて湧いていた。
しかしヴェラアズが即位してからは安寧を望む声が増え、植民国との諍いさえ小康状態にある。


「気に入らん……また軍部予算が削られたではないか!」

総予算会議の議事録を目を通し激高する皇帝。

彼はその身が戦下にあってこそ価値ある生き方だと思い込んでいた。
強大な軍と揃えられた重火器の存在意義を、国の防衛として機能させるという思考がないのだ。

「攻めこそが優」という考えでしか動けない人種、それが現皇帝だ。

ゆえに国防省とそりが合わない。
定例会議で顔を合わせれば「力をもて余しているなら魔物狩りでもなされば良い」と嗤われた。

臣下たちは危険思想な皇帝に”破裂寸前の榴弾”と渾名を付け揶揄していた。
いくら皇帝であろうと独裁政権は許されていない、耳障りな諌言が飛んできてもむやみに断罪できないのだ。
そのような片鱗を見せれば逆に失脚させられる。


若き皇帝ヴェラアズの父がそうであったように……。

そんな現状を受け入れがたいヴェラアズは、皇帝一族の権威を不動のものにしたいのだ。
その都合の良い標的にして餌食に選んだ相手が、同じく若くして王になったガルディが治めるテトラビスだ。


恰好の餌食で宝の持ち腐れの鉱山を帝国のものにし、さらに切望していた戦の火種になればしめたものと愚皇帝は謀に酔っている。
そんな彼も孤軍ではない、帝国陸軍大将ルーザム・デリレイ公爵もまた行き場のない激情を抱えていた一人だった。


***

ルーザムが皇帝の居室を訪ねたのは、遅々として進まない新たな経路の確保に焦りを露わにしていた時だ。

「陛下、例の商人一家は経営が傾き夜逃げしたと世間に拡散しております」
「うむ、使えぬ駒だった……目利きが良いから任せたのだがな、少々欲が過ぎたようだ」

皇帝は壁に貼り付けた地図へナイフを投げた。
ちょうどテトラビスの王城に突き刺さり、振動音を立てた。


「頓挫するなんてことはないだろうな、ルーザム。これ以上は堪えられぬ、臆病な狸どもの頭を挿げ替えてでも計画を押し通すぞ」

「はい、ところでテトラビスの者と思われる間諜とミューズが接触したとか」
「うむ、先刻我も聞いて驚いた。奴の兄だというではないか使えそうか?」


ルーザムは少し思案した後に口を開く。
「変幻自在のバケモノだというではないですか、下手に刺激しては拙いと考えます」
「……厄介な、手の内に飼ってやろうと思ったが」

蝙蝠族は常に優位なほうへと渡り忠誠心にかけると知られている、ミューズもまたその習性を持つ。
現在は皇帝ヴェラアズに惚れこんでいるがいつ手の平を返すかわからない。


「ミューズは信用に足りるのですか?」
「我の手足となって良く働く、あれが裏切るとは考え難いぞ。なんせ我に命を握られているのだからな」

皇帝は不敵に嗤うと琥珀色の瓶を懐から取り出し、緩々と回した。

「ほう、それが霊瓶みたまびょうでございますか。恐ろしい」
瓶の内側から仄明るいなにかが蠢いている、ルーザム大将はそれが魂の欠片なのかと物珍しく眺めた。
青から赤、そして黄金に輝いて青に戻るを繰り返す。


「見飽きませんな、なんとも美しい煌きを放つ」
「フハハハハッそうだろう恐ろしく美しい、魂を自在に手にするわが皇帝家が御業よ。これが魅了してやまない、ある意味、我もまた囚われているのかもしれんな!」

「はは、御冗談を」


しばし軽口を言い合うふたりだったが、皇帝が2本目のワインを開けた時ふと思い出したようにつぶやく。


「そうだ、女といえば……アレがいたではないか。いやはや失念していたぞ」
ニタニタと嗤う皇帝の様子に不気味さを感じながらルーザムは伺う。


蜂蜜がけのカマンベールを鷲掴んで口にほおると咀嚼しながら皇帝は言った。

「むぐ、商人の取り引き相手、テトラの公爵がいただろう?名はなんだったか」
「グアニルズ将軍ですな、失脚して牢獄におりますが」

そうそれだ、と皇帝は満足そうに笑う。
口中をワインで流すと続ける。


「将軍の息子が我の愚妹と行動をともにしていると聞いた、どうでも良いと捨て置いたヤツだがどうにか使えると思わんか?」

残りのチーズをかぶりと食べ尽くして皇帝はルーザムの言葉を待った。

「私に一任していただけますかな?」
「……うむ、良かろう。」



流れる雲に青い月が隠れた瞬間、影が一つ動いたがそれを感づく者はいなかった。
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