公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)

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フェインゼロス帝国篇

皇帝ヴェラアズ

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無機質で無駄に広いそこで、硬質な床を何度も踏みしめる音が絶え間なく響いた。
まるで檻の中の虎のようなその動作は、3時間ほど続いている。

その人物に対して”落ち着け”などと指図できる者は存在しない。
仮にそれを言えるとしたらかなりの豪胆ものか、命知らずだろう。


全身に白を纏う姿は清廉な賢人にも見えるが、内包された強欲と冷酷さを知ればすべての人間は大いに後悔するだろう。
先刻の報せに立腹した彼は、超絶不機嫌な状態だ。

目につくもは全て鬱憤祓いの対象になり破壊尽くされたところだった。
豪奢だった居室は、荒れた廃墟のような有様である。



破壊された何かの礫が靴底でガリリと潰れた、その微かな音さえも彼を苛立たせるのだ。
破壊の限りを尽くして約5時間後、漸く頭の芯が冷えて闇雲に動いていた足を止めた。

冷静さを欠いた己の手足に、ベッタリと赤黒いものが付いているのを見て専属の執事を呼ぶ。
音もなく現れた執事とメイドは、指示される前に主が所望するであろう物をあっという間に用意して下がる。


乱れた衣服を剥ぎ取って、彼は湯船に身を沈めると傍らに用意されたグラスを取ってゆっくり嚥下した。
軽い酔いと心地良い温もりが心身を解してゆくのがわかった。


「あぁ……またやってしまった。アレは気に入っていたのに、まぁ良いまた誂えよう」
襤褸同然になった白い衣を一瞥して目を閉じた。

ダラダラと垂れていたワインのような赤はいつのまにか止まり瘡蓋になっている。
治癒力が異常に早い彼の身体は陶磁器のように美しかった。



「私のミューズ、おるか?」
愛しむような彼の声に静かに答える声がした。


「ここにおります、私の白き桂月の君」
能面顔の女性にょしょうが青い影にひっそり佇んでいた。
バシャバシャと水音を立てて立ち上がる主にバスローブをかけてやると、すすっと陰に戻る。


「つれないヤツだ、だがそこが良い」
「……恐れ入ります」


濡髪を滴らせて歩く主の後ろを付かず離れず付いてきて、素早く世話をする。
寝所に着く頃にはすっかり身支度が整っていた。

「おやすみなさいませ、ヴェラアズ様」
「うむ。青の天使のことは任せた、役立たずの荷の処理もな」

「御意」



***

月光を避けるように進む影はとある商家へ忍び込んで仕事にかかった。
ものの数分で終えると来た道を辿って主の元へ急ぐ。


だが途中で邪魔が入る。

「……久方だな、兄者」
「ほう、まだ兄と認識して貰えてたか」
両者は1mほどの距離を保ったまま邂逅した。

「月光の夜は避けるべきではないかな?」
「……私の勝手だ、主が望むまま遂行するまで」


さして関心しない声で「ふぅん」と兄と呼ばれた者が月を見上げた。
「月光を魔力に変えて悪さする種がいると聞いたがそれか?」
「……」

遠回しに主の正体を探られたが彼女は答えない。
「まぁいいや、俺が探してたものを壊されちゃったのは誤算だったけど、悪党の頭は知れたからね」
それを聞いた女は黒いニードルを放って攻撃した。


「おお怖い、意味なく攻撃するとは目が曇ったかい。クフッ惚れた腫れたは仕事の邪魔だよ、教えたよねェ?」
「ウルサイ!いまさら身内顔するな!」


「えぇ~、ついさっきは兄と呼んだくせに」
「ぐ……どっちにしろ引かないからね」


兄と呼ばれた黒い人影は「残念だ」と呟くと闇の中に溶けるように消えた。
そこを睨みつけ女は愚痴る。


「あぁ厄介なのが敵に回った、また荒れることになるだろうな」
ヒタヒタと猫のように歩いたかと思うと、突如白い皮膜を広げて夜空へ舞い上がった。


キィと一声鳴いて、それは城へと飛び去った。
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